【2巻発売記念】先手必勝
2巻の発売記念小話です。第118部「お祭り情報」直後のお話となっております。
薬屋《フェアリー・ファーマシー》からの帰り道、マリッサは満足げな笑みを浮かべていた。あの店の客が笑顔で定期馬車に乗るのはいつものことだが、彼女の今日の笑みは質が違うのだ。
「やあ、マリッサ。何かいいことでもあったのかい?」
「ああ、あったとも。それも、とびっきりのいいことがね」
そうは言っても何があったのかは教えてくれないマリッサに、尋ねた男はいっそう興味をそそられた。
「もったいぶらないで、教えてくれないか」
「ふっふっふっ、堪え性のない男だねえ。まあいいさ、すぐに知れることだからね」
マリッサが皺くちゃの顔に笑い皺を刻む。
これは、よほどのことがあったに違いない。
男は焦れったい思いをしながらマリッサの言葉を待った。
「もうすぐ、フェスティバルだろう?」
「ああ。……まさか、コンテストに出る気か?」
「馬鹿をお言いでないよ。アンタもルールくらい知ってるだろう」
コンテストといえば、春の象徴『蕾』選びを指すが、あれは年齢制限こそないものの、参加者は未婚の女性に限られる。
とうの昔に結婚し、息子も得たマリッサには参加できるはずがないのだ。
それは分かりきっているのに、男は不躾にも胸を撫で下ろしてみせるので、マリッサはふんと鼻を鳴らした。
正直、気分はよろしくない。けれど、こいつの度肝を抜いてやれるのかと思えば、多少は胸もすっきりする気がした。
「あたしじゃないよ、ミズキとライラさ。あの二人が、ウチからの推薦でコンテストに出るんだよ」
マリッサはしたり顔の上に、さらに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
対して、男はぽかんと間の抜けた顔を晒し、それから目をこれでもかというほどに見開く。
そして話を聞いていたのだろう、他の乗客からも、してやられたと嘆く声が多く上がった。
結局みんな、考えることは同じなのだ。彼女たちに、自分の推薦でコンテストに出て貰いたかった。
だからどう手を打ったものかと策を講じていたところに、この不意打ち。
悔しさを込めて睨んでも、マリッサはやはり余裕綽々と笑んでいた。
「さあ、帰ったら早速準備しなきゃねぇ。フェスティバルに『蕾』に……いやあ、腕が鳴るねぇ」
取らぬ狸の皮算用。そうは言っても、彼女たちならどんなコンテストでも『蕾』になれると、街の人間なら誰でも知っている。ただ本人たちだけが知らないだけで。
「ああ、あの子たちが『蕾』になる姿が目に浮かぶようだよ。まったく、フェスティバルが楽しみだねぇ」
ふっふっふっ。嘆き呻きの声の中、マリッサは心底楽しそうに笑い声を上げた。




