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吐露


 「…………ミズキ、少し、話がしたい」


 子供達が寝静まった後、アーサーが感情の読めない顔で静かに言った。

 瑞希は不安そうにアーサーを見上げたが、ややあってゆっくりと首肯した。

 ここでは子供達を起こしてしまうからと、寄り添われてリビングに降りる。

 椅子に腰掛けながら、瑞希はぼんやりと手元を見つめていた。


 (きっと、呆れられたんだわ……)


 親として子供達を守らなければならなかったのに、逆に怖い思いをさせてしまった。

 申し訳ないという気持ちが溢れるばかりで、どうしていいのかも思い浮かばなかった。


 「……口に合うかは、わからないが」


 瑞希の前にマグカップが差し出された。湯気とともに漂うココアの甘い香りに、ゆるりと視線が動く。

 促されるまま口をつけると、香り通りの甘い味が口一杯に広がった。


 「おい、しい……」

 「それならよかった」


 アーサーがほっとしたような顔をした。一口、また一口とココアが瑞希の胃の中に消えていく。

 けれど、瑞希の憂いは消えてくれない。何の言葉も交わされない沈黙がひどく息苦しい。


 「ごめん、なさい……」


 ぽつり、瑞希が呟いた。

 視界の端でアーサーが身じろぎしたのを捉えたが、顔を上げることはできなかった。


 「私、何もできなかった。あの子達に怖い思いさせて……なのに、自分のことばっかりになって……」


 子供達を引き取ると決めた時、後悔しないと決めたのに。その決意さえ、今は揺らいでしまっていた。

 じわりと涙の滲んだ目尻を、アーサーの指がそっと撫でる。


 「ミズキ、ありがとう」


 もう十分だと、震える細い肩に手を添えた。

 ぴくりと体が揺れて、瑞希の頰を涙が一雫滑り落ちた。ひとつ、またひとつと涙が弧を描いていく。

 あ、と小さな声がした。自分が泣いているのだと遅れて気づいたらしい。

 それは、騒動から初めて流せた涙だった。

 泣いているのだと気づいた途端込み上げてきた嗚咽に、零すまいと瑞希が口元を覆う。

 素直に泣いてしまえば良いのに、あくまで気丈に振舞おうとする姿がアーサーにはいじらしく見えた。


 「怖い思いをしたのはミズキも同じだろう。なのに、よく頑張ってくれた。子供達を守ってくれて、本当にありがとう」


 感謝しても足りない心の内が、少しでも伝わるようにと言葉を尽くして打ち明けた。

 この華奢な体で、どれほどの重荷を背負っていたのかと、思うだけで胸が痛む。

 怖い思いをしたのは瑞希も同じなのだ。

 ようやく緊張の糸が緩んだらしい瑞希が、止め処なく流れる涙に困惑している。もう大丈夫だと、少しでも心を休めてほしくて声をかけるが、瑞希はそれは違うと震える声で訴えてきた。

 

 「違うものか。あの子達がお前を頼りにした、それが全ての答えだろう」


 傍にいられなかったのは鍛えた男に引き摺られたからだ。女の身、しかもとりわけ小柄な瑞希では、どう足掻いても敵うまい。それに、もしその場で抵抗していたら、子供達にもっと被害がいったかもしれない。

 瑞希は、ちゃんと子供達を守っていた。それは事実なのだ。

 切切と訴えるアーサーに、瑞希はそれでも首を縦に振ろうとはしない。頑として聞き入れず、違うのだと弱々しく首を振る。


 「違う、違うわ。私、どうにかしなきゃってわかってたのに、……何か方法はあったはずなのに……っ。貴方に助けを求めるばかりで、何にもできなかったの……」


 瑞希が苦しい胸の内を吐露すると、アーサーは切れ長の目を大きく見開いていた。

 瑞希が涙声で謝り続けている。止めなければ、声をかけなければと頭では考えていたのに、口を突いて出たのは違う言葉だった。


 「頼って、くれたんだな……」


 呆然と呟いた声には、隠しきれない歓喜の色が滲んでいた。

 聞いてしまえば、居ても立っても居られなくなった。

 熱い衝動に突き動かされるまま、アーサーは瑞希の手を握った。

 突然のことに瑞希はびくりと体を震えさせる。

 怖気付くように体を後ろに下げたその足元に、アーサーは跪いた。逃さないと言わんばかりにもう片方の手も取ってしかと握り、真っ直ぐに瑞希を見上げる。


 「言葉を変えよう。ミズキ、ありがとう。頼ってくれて。子供達を守ろうとしてくれて」


 瑞希はまた体を震えさせた。

 アーサーの声はとても優しいのに、それが途轍もなく恐ろしい物のようだった。

 目も碌に合わせられず、逃げ出したいと思う心を読んだかのように、アーサーは瑞希の手を握る力を強めた。

 慣れないことも、知らないことも星の数はある。だからこそ、その空白を子供達と埋めていかなければならない。

 二人を引き取った日、そう言った瑞希の表情を、アーサーは今でも忘れられないでいる。


 「俺は瑞希の力になりたい。そう言ったのを覚えているか?」


 問われ、瑞希は恐る恐ると首を動かした。忘れるはずがない。あの時のことも、──その後のことも。


 「ずっと、言いたかったことがある。いつか、ミズキが自分から頼ってくれたら言おうと決めていた」


 やっと言える。アーサーは微笑んだ。


 「好きだ。俺は、ミズキのことが好きなんだ」

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