ロバート
翌朝、瑞希は手早く張り紙を出して、子供達の傍にいた。
瑞希の予想通り、昨日の事件は街に知れ渡っているらしく、馬車がくることもなかった。
瑞希は改めて、アーサーに渡された二枚の紙を見つめた。
一枚は瑞希の戸籍を認める証明書、もう一枚は双子との養子縁組の承認証明書だ。
昨日、アーサーと共にやってきた老人が持ってきてくれた。アーサーの用事とはこのことだったのだ。
「昨日、すごく懐かしい音がしたの。地球で毎日聞いていた、車の音」
「ああ、ダグラス老……昨日のご老体が、待たせた詫びにと出してくれたんだ」
こちらには無いものだと思い込んでいたと言う瑞希に、希少なものだから普及率は低いとアーサーが答えた。
地球のものとは違い蒸気力で動く、蒸気自動車というらしい。価格も維持費も莫大にかかるため、所有者は少ないのだという。つまり、あのダグラス氏はそれを保持できるだけの財産を所有しているということだ。
「そんな貴重な物をわざわざ動かしてくれるなんて、随分とできた人なのねぇ」
いたく感心した口振りに、アーサーは苦笑いして明言を控えた。世の中には、知らない方がいい事もあるのだ。
一夜が明けると子供達は多少は落ち着いたようで、瑞希やアーサーにしがみつかずとも愚図らなくなっていた。表情も微かにだが変えられるようになっていて、良かったと二人で安堵の息を吐いた。
けれど、所詮は多少、でしかない。
姿が見えなくなれば酷く狼狽えて、パニックを起こして泣いてしまう。もう誰も瑞希を連れて行こうとしないと何度言い聞かせても、昨日の光景が灼きついてしまっているのだ。
瑞希とアーサーが話し合っている今も、子供達は少し離れたところでモチと戯れながら、何度も二人の姿を確認している。傷の深さが伺えた。
玄関から、カンカンと来客を報せる音がした。
馬車すら来ていないのにとアーサーが訝しむ。
アーサーと瑞希は頷き合って、子供達を呼んだ。しっかりと手を繋いで、ぞろぞろとアーサーの後をついていく。
「誰だ?」
「アーサー!ミズキは!? みんな無事なのか!?」
ドア越しの問いかけに答えたのは、よく聞き知った声だった。
ドアを開ければやはりロバートがいて、瑞希達の姿を認めると良かったと諸手を挙げて喜んだ。
「ああ、よかった。話を聞いて、肝が冷えたぞ。全く、あいつらは碌なことをせん!」
喜んだり怒ったりと忙しない様子のロバートに、立ち話もなんだからと中へ誘う。
ロバートは瑞希にひっつく子供達を見ると、膝をついて目線を合わせた。
「いきなり騒ぎ立ててすまんかったな。びっくりしただろう」
穏やかな声音のロバートに、子供達はふるふると首を振った。
「……いらっしゃい」
ぽそりと、本当に小さな声だった。それでもロバートは嬉しそうに相好を崩し、「お邪魔します」と丁寧に返した。




