ルルの一声
「ねえ、ルルはどう思う?」
周りには聞こえないくらいの声でルルに聞いてみる。街道に背を向けて机に座るルルは、いいんじゃない? とあっけらかんと答えた。
「さっきのお婆さんの言ってたことでしょ? アタシはいいと思うわ。あの家は広いから、お店をやっても問題ないと思う」
「うん、私もそう思うんだけど……」
「んもぅ、なら何をウジウジと悩んでるのよ?」
ハッキリしないわね! と痺れを切らしたルルに、だって、と瑞希はもごもごと口ごもる。
瑞希も、開業については悪くないと思っている。この世界の人間も妖精たちとは違って魔法なんて便利な物は使えない。しかも元の世界ほど科学の発展していないこちらでは主な移動手段は徒歩か馬らしい。車の一台も見かけないのだ。自然環境にはいいがその分人体には負担がかかる。荷物の運搬もそうだから、職業によってはもっと辛いだろう。
薬を売る度に寄せられるお客さんたちの声は全て感謝のもので、「ありがとう」と聞く度に瑞希も嬉しくなった。しかしその一方で、心苦しくもあった。
瑞希自身には薬草についての知識など全くない。感謝の言葉を向けられるべきは、瑞希に薬効や薬の作り方を教えてくれる妖精たちなのだ。なのに自分以外には妖精たちの姿は見えないから、その言葉は瑞希に向かってやってくる。
「ミズキって馬鹿なの?」
ルルはバッサリと切り捨てた。歯に衣着せないその言葉は容赦なく瑞希の心を抉る。可愛らしい見た目に反してルルはストイックだった。
「そんなちっちゃなことを悩むなんて、馬鹿以外の何物でもないわ。妖精が見えるミズキがちょっと変わってるだけで人間がアタシたちを認識できないのは普通のことなの、当たり前のことなの。なのに何をぐちぐち悩むのよ」
ずびしっ! と指差して指摘されて瑞希は言葉に詰まった。
ルルの言葉は間違っていない。しかし、だからと言って素直に飲み下したくもない。けれど世の中には、そうとわかっていても理解しがたいことがある。瑞希にとってそれが今だった。
「ミズキがグダグダと踏ん切りつけられないならアタシが決めてあげる。お店を持ちなさい!」
「で、でも…」
「でもも桃もないの!」
持てって言ったら持ちなさい! ついに怒り出したルルはポカポカと瑞希を叩き出した。小さい手で叩かれたところで痛くも何ともないが戸惑いは生まれる。
「わ、わかったから!」
勢いに負けて口から飛び出した言葉は、意外にもすんなりと腑に落ちた。
ぱちくりと瞬く瑞希とは反対にルルはやっと頷いたかとご満悦で、ふんっとやり切った感満載だ。
「さあ、そうと決まったら早速準備するわよ。今日は集落に行く日でしょ? みんなにも報告しなきゃね」
「………うん、そうね」
待ちきれないと飛び回るルルを尻目に、瑞希は今日の手土産は少し奮発しようと決めた。