アーサーの怒り
キキィッ!という音と共に空気を揺らす音が止んだ。
地球でも聞き慣れた音に瑞希の心臓が早鐘を打って、人垣を掻き分けたくなるのを懸命に堪えた。
「おや? これはいったい何事かね?」
ほけほけとした、呑気そうな老人の声が場違いに響く。
巨漢の男は、先ほどはあれほど高圧的に阻害する相手を押しやったというのに、今は動く素振りはない。呆然と、老人がいるのだろうところを凝視していた。
「何事だ、と聞いている」
ひやりと底冷えする声音に、瑞希は僅かに目を見張った。
「あーさー……?」
唇を無理やり動かして震えた声で呼ぶと、騒めく人垣が左右に割れて、思った通りの人が姿を現した。
アーサーは瑞希の両腕に嵌められた手枷を認めると、ひどく不快そうに顔を顰め、傍に棒立ちする領兵を睨みつける。
「何故、彼女を拘束している」
突き刺すようなアーサーの怒りに、屈強な男が青ざめて身震いした。男の恐怖に呼応するかのように、腰に佩かれた剣ががちゃがちゃと音を立てる。
それさえも癪に障ると、アーサーは眉間のしわをより深く刻んだ。
「アーサー、お願い、落ち着いて」
瑞希が恐る恐ると声を掛けると、アーサーはゆっくりと目線を戻した。男に向けた者ほど恐ろしくはないが、それでも強張った面持ちをしている。
「お願い、子供達が泣いてるの。突き飛ばされて……怪我をしてるかもしれない。傍に行ってあげて」
瑞希の懇願に、アーサーは鬼のような形相で領兵を睨んだ。それを受けた男が、完全に怯えきって無様に腰を抜かしたが、誰も声を掛けようとしない。誰も彼もが、自身の正気を保つので精一杯だった。
アーサー、ともう一度呼びかける。
「お前も一緒だ。お前がいなければ、安心するわけないだろう」
そっと瑞希の腰を抱いてアーサーが促す。傍に感じた彼の温もりに、ようやく血の気が戻る心地がした。
領兵の群れはアーサーの前で左右に割れ、行く先を阻む事はない。
アーサーに支えられながら店内に戻ると、大人の腕を振り切った双子が必死に走って二人に抱きついた。
わんわんと全身で泣く子供達を、よく頑張ったなとアーサーが抱きしめながら何度も頭を撫でる。瑞希も、抱きしめてあげたいと強く思うのに両手にかかる枷が邪魔で、せめてと体を擦り寄せた。
「っぅ、ぁあ……っ!」
「大丈夫、もう大丈夫よ。怖かったわね」
同じ言葉しか浮かばないけれど、それを何度も繰り返した。少しでも安心してほしかった。
困惑していた周囲もゆるゆると我に返りだし、ようやく肩の力が抜けると瑞希達の周りに集まってきた。
無事でよかった、動けなくて悪かったと四方から謝られ、瑞希は目を丸く瞠る。
ふるりと体の震えが蘇る。喉が引き攣ってうまく声が出せない。
アーサーはその胸に力強く瑞希を抱きしめた。
(本物だ……本当に、アーサーがいてくれてるんだ……)
厚く逞しい胸も、伝わる温もりも、何もかもが瑞希の胸に言い表しようのない物を湧かせる。
「よく頑張ったな」
瑞希は声も上げられず、ただ涙を滲ませた。
掛けられた言葉が、何よりも胸に沁みた。




