常連客のお婆さん曰く
異世界ライフ開幕から早くも半月が経った。あの日からの瑞希の努力は目を見張るものがあった。
木の実や薬草を採集しては街で売ってお金に変えて、そうして少しずつ必要な物を集めていった。暇を見つけてはこちらの文字も覚えたし、ニワトリとヤギを1匹ずつ買って食料確保の足がかりにした。たまに果実酒やお菓子を買って、それを手土産に妖精の集落にも定期的に通っている。
ルルは、あの日からずっと瑞希と一緒に暮らしている。どこに木の実がなっているとか、どれが薬草だとかは全てルルが教えてくれたことだ。
植物に精通していると自負するルルたちは、薬作りを日課としているだけあって効能にも詳しかった。薬草のまま売るよりも薬に加工して売った方が何倍も高値で売れるとわかってからはそうするようになった。
よく効くという噂が人から人へと伝わって顧客もリピーターも増えていき、評判の薬屋として瑞希の名前と顔が売れ出すのに時間はかからなかった。
もちろん、商売を始めて良いことばかりということはない。若すぎると不審な目を向けられたことは一度や二度ではないし、年齢を伝えても信じてもらえなかった。これは元の世界でもよくあることだったから慣れたものだが、それとは違って瑞希はこちらではやたらと言い寄られた。恋愛対象として見てくれるのは嬉しいことだが、人目を憚らずに堂々とアプローチを仕掛けてくるのだから困ったものだ。
そんなある日のことだ。
「そういえば、ミズキは自分でお店を持つ気はないのかい?」
「お店?」
塗り薬の入った壺を袋詰めしていると、腰痛が悩みだという常連の老婆に尋ねられた。
できないことはないと思う。あのログハウスは広いから、調剤室と販売スペースを確保してもまだまだ余裕はある。
だがしかし、開業したとしても交通の便が悪いのではないだろうか。ゆっくり歩いても三十分もあれば着くが、お年寄りだとかには辛い道のりになりそうだ。
「家でできないこともないですけど、街からは遠いもので」
「あら、そうなの? 残念ねぇ……」
「残念、ですか?」
店を持たないことで何か不利益になるようなことはあるだろうか。思いつかない瑞希は老婆の意見を聞いてみた。
「だって、お店があればいつでも薬を買いに行けるだろう? ミズキはずいぶん頻繁に来てくれるけど、次はいつ来てくれるのかわからないからねぇ」
「ああ、なるほど」
そう言われてみれば確かにそうだ。瑞希は納得した。
瑞希は三日と開けずに街で露天商を営んでいるが、一度に持っていける量には限りがある。なによりその日の客が何の薬を求めているのかは行ってみなければわからないのだ。 行ってみても供給量が足りないことはザラにあるし、その日持っていかなかった物を求められることだって少なくない。
あまりに雨が酷い日には街へ行くこともできないから、その分のロスを考えると確かに個店を持った方が安定した供給が可能になるだろう。
「高望みしちゃって悪かったね。でも、ミズキならとも思うんだよ。よかったら考えてみておくれ」
「はい、ありがとうございます」
また来るわね、とお釣りの銅貨を受け取って、老婆は杖をつきながら人混みの中に消えていった。