秋山瑞希
秋山瑞希は先月三十歳の誕生日を迎えた。教師としての職務にも多少は慣れてきて、ベテランとまではいかないまでも、新任の頃のような手探り状態からは抜け出した。依然として学ぶことは多いが、充実した日々を過ごしていると胸を張って言える。
社会人としての自分は嫌いではない。けれど、瑞希には悩みがあった。
というのも、瑞希は非常に童顔なのだ。どうみても中学生ぐらいにしか見えない童顔とぱっちりとした目鼻立ちも相俟って、周囲からは妹か娘のように可愛がられてきた。
生徒たちからはお姉ちゃんみたいでいいと好評だが、瑞希自身は自身の容姿がどうしても好ましくは思えなかった。好意的に見てもらえるのはとても嬉しいことなのだが、これに関しては余りにも弊害が大きすぎた。
まず一つ目は、やはり年相応に見てもらえないこと。
成人を迎えてからしばらく経つというのに未だに年齢確認無しでは酒類を売ってもらえないし、テストの採点を終えた帰りにヘロヘロと夜道を歩いていたら未成年者の深夜徘徊と間違われて補導されそうになったこともある。慌てて免許証を見せても偽造じゃないかと疑われて本気で泣いたのは忘れようにも忘れられない。何度も何度も説明して、いろんな人に連絡して、証言してもらって、どうにか理解を得られたから事無きに済んだけれど、それでもだめだったらどうなっていたのかと考えると今でもゾッとしてしまう。
そして二つ目は、異性に恋愛対象に見てもらえないこと。
瑞希の容姿は悪いものではない。特別可愛いというわけではないが愛嬌があると言ってもらえる顔だ。なのに、誰かに好意を持っても相手は自分を恋愛対象とは見てくれない。誰も彼もが口を揃えて「妹としか見れない」と言ってくるのだ。
その中の一握りはさらに「自分に幼児趣味の気は無い」とまで言ってくるのだから、これまた泣きたくなるのも無理のないことだろう。
だというのに、それに反して瑞希はその幼児趣味とまでは言わないまでも、思春期程度の年頃の少女を好む人種にはモテる。非常にモテる。援交なんてものを声かけられたことも数え切れないほどある。仮にも教師という身分なのに、やっていられないと何度思ったことか。
電車やバスなどの公共交通機関を利用すれば痴漢被害に遭うのは当たり前。現行犯として痴漢を捕まえたら、年齢を知った相手に「紛らわしい顔してんじゃねえよ!」と逆ギレされたこともある。好きでこの顔に生まれたわけじゃないのに。
夜道を歩いていてもそうだ。ちょっと人気が無くて薄暗い小道に入ってしまったが最後、さらに奥まった路地裏に連れ込まれそうになった。勿論、そういった馬鹿者どもには情け容赦など一切かけず急所に渾身の一撃をお見舞いしたことは言うまでもない。
とにかく、これらの要因から瑞希には恋人というものがいた例はない。二十五を過ぎた頃にはあまりに男の気配がないから親によく心配されたが、その頃には瑞希は「学校と結婚するからいいの」とまで開き直っていた。二人には悪いとは思うがどうしようもないと結婚を諦めていた。
三十の誕生日を迎えてからもやはり周りからの扱いは変わらず、瑞希はより一層自分の容姿が嫌いになった。