三-2・私達の今(A) ――高校二年
「……しばらく君はピアノから離れるべきかも、知れないと思ったんだよ。お父様にもそうお話ししている。けど、もし戻れるのなら、君がちゃんと演奏出来る状態になれそうならば、また私も戻ってくるよ」
せんせい、と呼んでも師匠として敬え。父の教えだ。師と敬っているはずの人が目の前で述べた言葉は、一種の敗北宣言とも取れて、一層私の落胆は深まっていった。
師匠が家を出て行って、母がそれを見送った。父は門下生の指導をしていたからそこに同席する事はできなかった。
「…………」
母は何も私に言わなかった。言えなかった、なのかも知れない。昨日の今日で、言えばまた私から責められると思ったかもしれない。思わせている私は、何も言わないでいて、それでなお私と目が合った時に微笑もうとする母のその姿に、またイライラを募らせていた。流石に、自分勝手だ。そう思ったが、だからどうしろというのか。ため息だけ小さく吐いた私は、ピアノの部屋、ピアノに触れる事も出来ずにただ、そこにごろんと横になることしか出来なかった。ピアノに触れる、ということすらも、今の私には許されないような気がして、許されないっていうのがどういうことなのか、それは全くわからないままで。
「姉貴! 風邪引くぜ姉貴!」
という貫太の声に起こされるまで、眠りこけてしまっているばかりだった。