case3-6:漆黒
コンコン――
翌日、早朝に僕は院長室の扉を叩いた。
中から、院長が扉を開け「ああ、君か。」と言うなり僕を部屋に招きいれた。
昨晩と同じようにソファーに腰を下ろす。
「さて、返事の方は…」
僕の心は決まっていた。
僕は小さな声で院長に答えを告げると、彼は満足そうに笑った。
「ただし、条件があるんです。」
僕が提案した条件も彼は快く受け入れてくれた。
僕はその後、院長室を後にして彼女の病室に向った。
彼女の病室の前で軽く深呼吸をし、扉を開ける。
キィ――
扉の開く音は、院長室の扉に比べて軽い音だが、僕にとってはその音も何処か重みのあるものに聞こえていた。
一歩、また一歩と彼女に歩み寄る。
「どうしたの?」
彼女は僕の顔を見てそう言った。
僕はそんなに具合の悪そうな顔をしているのだろうか?
「何でもないよ、大丈夫。」
僕は微笑んで、彼女の頭を撫でた。
彼女は何時もと変わらぬ様子で僕を見詰めてくる。
これから何もかもが変わると言うのに。
何の穢れも知らないまま死ぬのならそのほうが良い。
僕は白衣のポケットにある薬を取り出した。
何故か手が震える。
「今日から薬を一つ追加するんだ。これは今飲んでくれるかい?」
その薬とコップに入った水を、僕も何時もと変わらぬ様子で彼女に渡す。
彼女は促されるままに薬を飲んだ。
そして暫くして意識を失った。
これから彼女は人の命となる為に自分の命を落とす。
彼女の体は、臓器は、もう彼女だけのものではない。
もちろん、僕のものでもなくなるのだ。
それだけが悲しくて、僕は彼女に口付けをした。
この瞬間から、彼女は僕のものではなくなった。
彼女をストレッチャーに乗せ、怪しまれないように白い布をかぶせ、カラカラと音を立て、朝早いため人気の無い廊下を左に、右にと曲がりエレベーターに乗り、地下の解剖室へ。
――と、
その部屋の前に何故か院長が立っていた。
「もう始めてしまうのかね?」
僕は静かに頷いた。
臓器を取り出すなら文句は無いはずなのに院長の顔はどこか不満そうだった。
「残念ながら、うちには取り出した臓器を保存しとくような道具は無いんだよ。だからもう少し遅く…引き取り先が来る直前に事を進めて欲しいんだがね。」
「やってみます…麻酔も夜まではもつでしょうし。」
僕は院長の脇を通り過ぎ、彼女と一緒に解剖室へ入っていった。
解剖室…その中はとても殺風景だった。
しかし、その部屋はどこか異様な雰囲気に包まれていた。
壁には血痕が飛び散り、そのまま放置され、床にも赤い染みが広がっている。
手術を行う台の上には、何時のものだか分からない錆びた鎖が置いてあった。
僕は彼女にかけてあった白い布を取り、そっと抱え上げて台の上に移した。
先程は気付かなかったが、彼女は僕のあげたワンピースを着ていた。
僕が想像したとおり彼女にそのワンピースはとても似合っていた。
僕は嬉しくなった。
だって彼女の最期に着ている物がこのワンピースなんて!!
しかも、この姿を目に焼き付けることが出来る!
彼女はこの姿で僕の中で永遠に生き続けるんだ!!!
僕は時間になるまで此処に彼女と一緒に居ることにした。




