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case3-5:潤色

院長に呼び止められて向かった先は院長室。


「まぁ、そこに座りなさい。」


院長は僕に向かって威厳をもった声でそう言った。

僕は言われるがままに院長の座っている椅子の向いにあるソファーに腰を下ろした。

暫し沈黙。

とても居心地が悪かった。


「さて…私が君を呼び止めた理由はだな――」


院長が重々しく口を開いた。

きっと言われるのはあの事だろう。

しかし、院長の言葉は意外なものだった。


「当病院の院長の跡継ぎについてなんだがね。見ての通り私はもう歳だ。そろそろ院長を若い者に継がせたいと思うんだが、私は独身だし跡を継がせるような息子も当然の事ながら居ない。」


「はぁ…」


「そこでだな、当病院に見習いとして入った頃から良い働きぶりだった君に院長を任せようと思う。」


別に僕だって好きで一生懸命働いていたわけではない。

コネを持った人たちを越したくて、自分を周りの医師達と同じ目で見て欲しくて人の倍働いていたのだ。

多分、院長や其の他の医師達は、僕を目の上のたんこぶ扱いした事を少なからず悪いと思っていて、あるいは僕がそのことに対して事を大きくする前に、ここで恩を着せたいのだろう。

それともただ罪滅ぼし的なことがしたいだけなのか…?


「しかし、だな。この病院は問題がある。それは私の落ち度が原因だ。だが、この病院の問題と同じように、君にも少し問題があるようだが――」


僕はドキりとした。

やっぱり院長はあの事を咎めるつもりで僕を此処に呼んだのだ。


「はい、言われずとも…分かっています。」


僕は腹を括った。

もうこの先に何を言われても動揺しない、そう決心した。


「まぁ、次期院長候補の君にそれは問題の気がするがまあいい。先も言ったとおりこの病院は医師の数に対して患者の数が少ないために、苦しい状況にある。それを立て直したら全てを水に流そう。」


またもや意に反した言葉。

動揺しないと決心した僕ではあったが、彼女との関係を認め、そのことを水に流すというのであれば、僕は何でもしようという気になった。


「きっと立て直して見せます。ですから――」


「その覚悟は本物だな?」


「はい!!」


院長は満足そうににやりと笑った。


「さて、では立て直す方法を話そう。これは君にしか出来ない事だ、良く聞きたまえ。」


院長の声が急に小さくなった。


「立て直すために当病院は裏世界と手を組む事にした。この病院のスタッフ全員を失業させるわけにはいかないからな。裏もこちらが病院だと知ると快く手を差し伸べてくれた。何故だか分かるか?」


僕は首を横に振った。


「人の臓器はドナーが始まって以来、高額で取引される。裏はそれを期待したのだ。臓器さえくれれば相当な額の現金を用意すると。しかし、我が病院の入院患者にはドナーに適した者は居ないし、居たとしても家族は了承してくれないだろう。」


「何が言いたいんですか…?」


嫌な予感がした。


「ただ、こんな病院でもドナーに適した患者が一人だけ居る。記憶も無ければ、身寄りもなし。どうだ、打って付けだと思わんかね?203号室の患者は。」


院長は意地の悪い笑みを浮かべ僕を見詰めた。

そんな事出来る筈がない。

彼女を、水沢正美をドナーになんて!!


「貴方は、この病院の為に彼女を犠牲にしろというのか!?」


「ふふん、それは君のエゴだよ。では君はドナーを待っている何千人もの人たちを見捨てて彼女を生かしておくというのかね?彼女一人から幾つの臓器が取れると思っている?腎臓、肝臓、心臓、肺……細かいことを言うなら目の角膜だってそうだ。それによって助かる人が何人もいるのだぞ?」


「そのために生きている人を殺せというのですか!?」


「今更何を言っている?本来ドナーとなる人は脳死状態の人が多いが、脳死とは言え、生きているのだよ?生きている患者を殺し、ドナーにするということは――たとえ意識の有無があるにせよ、やっていることは一緒なんだよ。それに……」


院長は僕の肩にポンと手を置くと耳元で、


「君には分かると思うのだけどね。ドナーが見つからずに死んでゆく者の気持ち、遺された者の気持ちが。」


と言った。

それは悪魔の囁きのように僕の心を(とら)えた。

死を目の前になす術も無く死んでいった母の姿が蘇る。

その体は以前の面影が無いほどに痩せ細り、苦しそうに呼吸をし、「死」というナイフを突きつけられたかのような状態の母の姿。

大好きだった花にその手は二度と届く事は無かった。

医者と言う立場でありながら何もしてやれなかった自分への苛立ち。

自分の無力さへの絶望。

様々な感情が僕の心を雁字搦(がんじがら)めにした。

その為か、院長の提案に対し自分の意思を伝える事は困難となった。

『自分はどうしたいのか?』

今ではそれが分からない。

以前だったら簡単に答えを出せたものが、今となってはその逆になっていた。

彼女の姿と、母の姿が不規則に走馬灯のように浮かぶ。

眩暈、吐き気、僕はその場にしゃがみこんだ。体に力が入らない。


「答えは明日の早朝までに頼むよ。明日の夜遅くに臓器を受け取る人が来るからな、早ければ早い方がいい。結論が出た時点で決行してもらう。まぁ、良い返事を期待しているよ。杉村次期院長(・・・・・・)?」


嫌味ったらしくそう言うと、院長は部屋から出て行った。

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