case1-1:純白
この世界だけで十分だったの。
この病室だけで私の世界は十分だった。
そう、貴方がいてくれるのなら、
外の世界なんて知りたくなかったのに…
私は病院の一室で目を覚ました。
何も思い出せない。
現実は今、目の前にあるこの光景だけ。
「良かった、気が付いたんですね。水沢さん。」
目の前には一人の少年が立っていた。
私より3歳〜5歳くらい年上だろうか?
「あ、貴方は?」
「僕は君の主治医の杉村です。」
そう言いながら私の手首を優しく掴み、脈を計る。
触れたられた瞬間、私はドキリとした。
彼の真剣な横顔に、胸が高鳴る。
一体私はどうしてしまったのだろうか?まさか…一目惚れ?
「うん、脈は正常だね。あとは検査の結果次第だよ。」
彼は私を見てニッコリと微笑んだ。
彼の笑顔が、とても嬉しかった。
「じゃあ、僕はこれで。何かあったら手元のナースコールで呼ぶといいよ。」
「あ、あの!」
彼が行ってしまうのが、何だか切ない気分になって私はとっさに彼を呼び止めてしまった。
どうしよう…話す事なんて何も無いのに。
「あの、此処って何号室なんですか?」
我ながら可笑しな質問だと思う。
どうせならトイレの場所とか、売店の場所とか聞けばよかったかな?
でも、それを聞いた彼はクスリと笑って
「ここは203号室ですよ。」
と、教えてくれた。
結局彼は出て行ってしまったけど、私と向き合ってくれる彼にどうやら私は恋をしてしまったらしい。
彼の一つ一つの仕草が私の胸をときめかせる。
胸が締め付けられるように苦しいけど、嫌な感じじゃない。
こんな気分…何年ぶりだろう?でも人を愛せるって素敵な事よね。
夜になると杉村先生は検査の結果を持ってやってきた。
正直、結果なんてどうでも良かったのだけど。
彼は私を見つめて深刻な表情でこう告げたわ。
「言いにくいんですが、肺尖カタルのようです。しばらく入院してもらう事になります。」
嬉しい!
どんなに重病でも彼が来てくれるなら死んだって構わないわ!
でも、こうして貴方に見つめられると顔を上げてられないの。
私は俯いたまま黙って話を聞くことしか出来ない。
そんな私を見て、落ち込んでいるとでも思ったのだろうか?
「大丈夫、きっと治りますよ。」
そう言って彼は私の頭を優しく撫でた。
人に頭を撫でてもらうなんて凄く久しぶり。しかもそれが彼の手なんて!
嗚呼、こんなに嬉しい事って今まであったかしら?
…そうだわ、私には過去が無いんだった。
でも、いいの。今が全てだから。
これから幸せな時間が毎日訪れるのだから過去なんて必要ないわ。
そう、過去なんて……。




