プレゼント
一番早起きのレミが目覚めたのは、まだ日が昇る前だった。
当然地下にあるため、いつ日が昇ったかは分からないが、時計を見ればまだ4時前で、5時をすぎないと日が昇らいないのは知っていた。
横を見れば、レイとショウが、ベットに身を放りだし、重い思いの寝相で寝ていた。
ドアを静かに開け、レミは下に降りた。そこに広がっていたのは、すでに明るい大通りだった。Zeusendは太陽が届かない。そのため、朝夕関係なく、年中電気で過ごしている。
「あら、お姉さん、早起きだね」
「おはようございます。まだ4時前ですよね?みなさん、早起きですよね」
「あら、外界の人だったの。なら、知らなくて当然ね。ここには、時間というものがないも当然なのよ。一応時計はあるけれど、皆時計を立ち止まってみたりはしないかな。だから、朝寝て深夜に起きて行動する人も、少なくないのよね」
レミと話していた女性は、リンゴをレミに投げ、そのまま去って行った。
もらったリンゴをかじり、レミは街灯を見つめた。
「今日はグラス王国へ戻らないと・・・」
そう呟くと、レミはリンゴをかじりながら、ホテルへとはいって行った。
一番遅く起きたショウの起床時刻は、8時だった。
身支度を整えて、3人はまた街へと出て行った。レミの瞳には、4時前も8時過ぎも同じように見えた。
「ここには時間がないも同然、って言っていたけれど・・・本当のようね」
「確かにな。皆自由に生きているな」
「でもさ、活気はあるんだけど、なんか、俺は嫌だな。時間がないなんて」
「・・・そうだな。俺も嫌だ」
3人の横をすぎていく光景は、確かに3人には“違和感”を覚えさせた。
その後、レミはとある雑貨屋へと寄った。そこでレミは、きれいなゴールドのラインの入ったピンク色のリボンと、シルバーのラインの入った紫のリボンを買ってきた。
また、生地屋で青と黄色の布地を買ってきた。それらをレミは、大事そうに鞄の中へとしまいこんだ。
「なんでリボンと生地を・・・?」
「・・・子供たちに、何か作ろうと思ったの。こんなこと、言いたくないけれど・・・あとどれくらい、一緒に入れるのかわからないから」
切ないまなざしで3人は、レミの持つ鞄を見つめた。
「・・・無責任なことは言えねぇけど、きっと・・・大丈夫だ。きっと、な」
「・・・ふふっ、ショウが言っても、なんか説得力無いわね」
「同感だ」
「あっ、ひどい!励ましたのに!」
するとレミは黙りこみ、ショウのことを見据え、優しいまなざしになった。
「・・・ありがとう、ショウ」
その言葉さえ、今のショウには切なかった。親というものは、これほど美しく、脆いものだと感じた。
Zeusendから出て、再び地上、モリアート共和国へと戻ってきた。やはり空気は汚く、マスクがないと息もできないほどだった。
「早く帰ろう」
「あぁ」
「そうね。船がもうすぐ来るわ」
もうすぐ家族や愛しい人に会えるからか、3人の足取りは軽く、あっという間に港に着いた。
そこそこいい部屋を取ることができ、3人はそこに1泊することになった。
キラキラ光る海。太陽の光があることが、素晴らしいことだと改めて感じた。すべてがサンゴ礁でできたclearworld。その名にふさわしい美しい景色が、3人の目の前に広がっていた。
「この景色を、できることなら壊したくないな」
「あぁ。でも、その一方で、あんなに幸せそうだったけど・・・Zeusendの人たちに、地上を知ってもらいたいと思うんだ。つまり、地下に穴を開けたいと思うんだ」
「ショウらしいわね。でも、同感よ。太陽の光も時間も、やっぱりないといけないものだと思ったわ」
その時、風が吹いた。レミの長い髪が、さらさらと揺れた。明るい茶髪にかすかに交じる金髪が、美しさを醸し出していた。
レイの漆黒の髪もさらさらと揺れる。
「俺の髪だけ揺れないなぁ」
「短いものね」
「こげ茶の髪、きれいだけどな」
3人で笑いあいながら、悲しいことに3人とも、同じことを考えていた。―――あとどれくらい、こんな楽しい日々が続くのだろう、と。
一晩明けて、汽笛の音で3人は目覚めた。はっとして甲板へ出ると、そこに広がっていたのは、見慣れたカヘンシティの風景だった。レミは思わず、涙ぐみそうになっていた。
「帰ってきたのね・・・。危険な旅じゃなかったけれど、不安だったのよ」
「それは俺たちも一緒だ。でも、こうして帰ってこられた。それだけで、今は十分だろう?」
「・・・えぇ、そうね」
頬を伝う涙を拭き取り、3人は笑顔で船から降りた。そして、その先に立つ人物を見て、目を輝かせたのはショウだった。
「アイ!来てたのか!」
「当り前やん、ショウってば・・・いつの間にか旅に出て、こんな美人さん2人と一緒やなんて」
「2人は俺の最高の仲間だ。それに、2人は夫婦なんだ」
楽しそうに会話をするショウと、さっき呼ばれた名前から、レイとレミはすぐに、彼女がアイ・ガラシャだとわかった。
「はじめまして。アイ・ガラシャや。エッタタウンの出身なんや。せやから、方言がまじっとるんやけど、勘忍な」
魅力的なかわいらしい笑みを浮かべ、アイは2人に握手を求めた。2人とも、快くアイの手を取った。
「エッタタウンか。俺も出身はそこなんだ。まぁ、物心つくころには、カヘンシティにいたんだけどな」
「そうなんや!うちは、大人になってからやからなぁ」
「でも、アイさんとってもかわいいわ」
「アイでええで、レミさん」
「じゃあ、私もレミで」
アイはとても人懐っこく、誰とでもすぐに打ち解ける性格だった。そんなところにショウがひかれたのも、2人には納得がついた。
「じゃあ、俺たちはここで」
レイとレミが住むのは北部、ショウやアイが住むのは西部だった。そのため、4人はそれぞれの家に戻るため、別れることになった。
「またなぁ、レミ、レイ」
「えぇ、またね」
元気よく手を振るアイと、そんなアイを見て笑うショウ。そんな2人を見てレイもレミも、自然と笑顔になっていた。
「幸せそうね」
「あぁ。俺たちには、ああいうのはなかったよな」
「でも、とても幸せだったわ。そして、今も幸せ」
2人は手をつなぎ、家から近い大通りに出た。そして、レミの軽やかな指笛が響き渡った。
その音に反応するのは、ただ1人。
「レミちゃん、レイ君、おかえり!」
「マサキさん、ありがとうございました」
「いやいや、いい双子だね。いうことちゃんと聞くし。こっちも楽しかったよ」
3人が話しているそばで、もう1つ楽しそうな会話が聞こえた。それを聞いて、レイはそっと馬車の中を覗き込んだ。
「いい子にしていたか、リラ、ヒカル」
「パパっ!」
「ママもいるーっ!」
元気よく飛び出してきたのは、幼い双子のリラとヒカルだった。2人とも、満面の笑みを浮かべて、レイに抱きついた。そんな2人を、レイは優しく抱きしめた。
「パパ、ママ、おかえりっ!」
「あぁ、ただいま」
優しく微笑むレイに誘われて、レミとマサキも笑顔になった。
家に着くと、レミはZeusendで買ってきた布地を出して、ミシンを出した。
そして、あっという間に作り上げたものは・・・。
「ポシェット?」
「えぇ。使えるかと思ったの。リラが黄色でヒカルが青よ」
「なるほどな」
レミの幸せそうな笑顔をみて、レイは気付いていた。―――幸せそうな笑顔の中に、つらそうな泣き顔が混じっていることに。
「じゃあ、リボンはサナとサクラか?」
「えぇ。2人とも髪が伸びていたから。短くしてしまっても、カチューシャにできるでしょう?紫がサナで、ピンクがサクラよ」
ポシェットをもらってうれしそうな双子を見ながら、またレミは同じ顔をした。
―――彼女たちが、この時間を過ごせるのは、もうそう長くない。




