育ての親
―――レミか・・・?
一瞬そんな考えが横切ったが、違った場合の考えの方が、レイの中で勝った。
「サナ、電話取っておいてくれ!」
「はーい」
サナの返事を聞くと、レイは外へと駆けだしていった。
サナは電話に出た。すると、聞き慣れた声が耳の中で響いた。
「サナ・・・?」
「お母さん!どこへ行ったの?本当に王宮に行ったの?」
「王宮・・・貴方には、ちゃんといっておくわ。お父さんは?」
サナは、家じゅうを見渡した。しかし、レイの姿は見当たらなかった。そして、少し前に玄関のあく音がしたのを思い出した。
「お父さん・・・どっかに行っちゃったみたい」
「そんな・・・お母さん、少し帰れないかもしれないわ」
「えっ・・・どういうこと?お母さん、今どこ?」
「港よ。今からモリアート共和国へ行くわ。お父さんにも伝えておいて」
どういうこと!?―――そう聞こうとして、レミからの電話は途切れた。
レミは、電話を切った。レイはいなかった。
「伝えるな、ってことかしらね」
家のある方をもう1度見て、船の来る方を見た。―――レミの幼いころの冒険は、ここから始まったのだ。
ここで船を降り、ネオンの輝く街を歩いた。そして、カヘンヘンカを見つけ、ショウやレイと会った。
「変わったわね」
数年前にきれいに整備された港を眺める。そんなとき、何度か見たことのある影を見つけた。
「あれは、法務省大臣・・・?」
―――その影は、グラス王国法務省大臣の松風京一だった。
「レミ・レナルドか」
「それは旧姓です。今はレミ・スパイスです。それで、一体大臣が何の御用で?」
京一と向かい合ったレミは、首をかしげた。京一は、厳しい顔をしていたが、急に優しい顔になってレミに言った。
「久々だな。確か・・・7歳以来かな」
「覚えていらっしゃったのですね、私のこと」
レミも京一が自分のことを覚えていてくれたのが嬉しくて、笑みがこぼれた。
「実は、7歳以前にも君に会っているのだが・・・もっとも、君は覚えていないようだな」
「え・・・あの、どういう・・・?」
すると京一は、驚きの真実を告げた。
「私は、君が5歳になるまで君を育てていたんだ。
改めて自己紹介させてもらう。グラス王国法務省大臣の松風京一だ。君の母・こうめ・レナルドこと小野こうめと、スカイ一族族長のミツ・ランドとは、旧友でね。こうめが亡くなってから、5年間は私が育てていたんだ」
レミは、頭の中がこんがらがるのがわかった。自分の人生の中で、誰に育ててもらったのか分からない空白の5年間。その5年間、まさか法務省大臣に育ててもらっていたとは。
「・・・そうでしたか。すいません、何しろ幼かったもので・・・」
「無理もない。本来なら、7歳で偶然会って以来、一生会うことはなかっただろう。しかし、君は20年ほど前に有名人になった。それ以来、私は君に会うタイミングをうかがっていた。その間に、ずいぶん素敵な女性になったな」
「そんなことありません。ですが、ありがとうございます。・・・して、今日はどんなご用件でしょうか?大変失礼ですが、それほどの理由で私に会いに来るとは思えないのですが」
すると、京一はまた真面目な顔になって、はっきりと言い放った。
「君は、いったい何をしようとしている?」
「何・・・とは」
「クラーク国王を殺した相手を、捕まえようとしているのか」
「・・・だとしたら、私をどうしますか?」
「今すぐやめるんだ。君の夫や子供も心配しているだろう」
レミの動きが、一瞬固まった。―――ただ1つ、気がかりがあるとすれば家族のことだった。
家族を放っておいてまで、探しに行くことなのだろうか。決意したはずなのに、またそんな思いがレミの中を廻った。
「それは百も承知です。ですが、私はやめる気はありません。失礼ですが、私を5年間育てたのなら、性格もある程度分かっているのではないでしょうか?」
「・・・それを承知で、警告している。それでもか」
一瞬の空白の後、レミは京一の目をはっきりと見据えた。美しい茶色の瞳に、京一は目が離せなかった。
「はい。私は行きます。Messiah―――救世主としての勘が、そう言っているのです」
「・・・そうか。ならば、私に言えることはない。だが、くれぐれも周りのものを悲しませないように。家族はもちろん、私やユウ様もそうだ。ユウ様は、お父上を亡くされたばかりだ。君までなくすようなことになったら・・・」
「・・・わかっています。危険は冒しません。では」
深々と頭を下げて、レミは船に乗り込んだ。
息を切らしたレイが図書館に着いた時、すでにレミはいなかった。個室を1つ1つ見て回ったが、どこにもいなかった。
「クソ・・・ッ」
壁にこぶしをぶつけ、うつむく。―――自分の妻のことなのに、俺はどうしてわかってやれないんだろう。
そういえば、あの電話は誰からだったのだろうか。レイは急に気になり、また全速力で家へと帰った。
レイが家に着くと、玄関の前にサナの姿があった。
「あっ、お父さん!お母さんから伝言、モリアート共和国に行ってくるって言ってた」
「なんだと?クソ、なんで・・・ッ」
レイは後悔に襲われた。あの電話を取っておけば、レミと入れ違いになることはなかったのだ。それに、モリアート共和国だなんて・・・。
「船で1日半だ・・・」
「お父さん・・・行くの?」
「サナ・・・いや、俺は残る」
サナのことを抱きしめつつ、レイは苦悩していた。しかし、レミが伝言を残したということは、レイはここに残れということだ。
何よりも、レイは子供を置いていくことはできなかった。
「いいの、お父さん?後悔しない?私たちは大丈夫だよ?」
「いや、お前たちを置いていったら、それこそ後悔する」
サナと一緒に家の中に入ると、3人の子供たちもいた。レイは皆に笑いかけて、家の中へと入った。
夜になった。レミは今、何をしているのだろう。
レイはそんな気持ちを押し殺して、1日の家事を終えた。今まで1度も家事を怠ったことのないレミだった。だから、レイはレミのわがままを受け入れた。
「お父さん」
「ん?サナか。どうしたんだ?」
「ううん、ちょっと話そうと思って」
皿洗いを終えたレイは、サナの座るテーブルの向かいに座った。そして、サナを見つめた。
―――当然だが、サナはレイには全く似ていない。血は全くつながっていないからだ。それでも、レイはサナも他の3人と同じように愛していた。
「私、前、お母さんに聞いたの。―――私は、お父さんの本当の子供じゃないって。俗に言う、育ての親だって」
唐突に告げられたその言葉は、レイの心を揺さぶった。
「それ・・・なら、なぜ俺のことを、お父さんと・・・?」
「だって・・・私のお父さんは、レイ・スパイスだと思ってるから。血はつながっていなくても、お父さんには変わりないから」
「サナ・・・」
レイは正直、驚いていた。その話を知っていたのだ。でも、よくよく思い出すと心当たりはあった。わきから生える金髪のことで、サナが悩んでいることをレミは知っていた。どうすればいいのか悩んでいたのも知っていた。
―――そうか。話していたのか。
「正直言えば、本当のお父さんに会ってみたいって気持ちも、少しはあるの。でも、お母さんは全部話してくれた。今までお母さんが、どんな人生を歩んでいたかってことも。Messiahだったってことも、全部。だから、私はもう会わなくてもいいと思うの。だって、さっき言ったように、お父さんはレイ・スパイスだから。私は、サナ・スパイスだから」
優しく笑いながら言うサナを見て、レイは思わずはっとした。―――その姿は、鏡にうつしたように幼いころのレミそっくりだった。
その姿を見ていると、本当に自分の娘なのだと思った。
「そうだな。サナは、正真正銘俺の娘だ。でも、1つ教えておこう。サナのもとの名前だ」
「それって、生まれた時の名前ってこと?」
「あぁ。それと、お父さんの名前も教えておく」
サナは、驚いたように目を見開いたが、やがて静かにうなずいた。
「教えて」
「あぁ。サナのもとの名前は、サナ・トライトン。お父さんの名前は、コウ・トライトンというそうだ。レミが言っていた。お互いに政略結婚に近かったから、愛していなかったが・・・サナが生まれたから、少しだけ好きになれたといっていた」
「私が・・・お父さん、嫉妬する?」
「あぁ。すごく嫉妬する。でも、それ以上に、レミの幸せを願う」
「ふふっ、やっぱりお父さんってかっこいいね」
サナと笑いあうレイは、幸せを感じていた。
―――早くこの場に、レミが加わればいいのにと思いながら。




