3日違いの姉弟
レミの双子の出産は、3回目というのもあり、比較的安産だったと言えるものだった。それでも、一度に2人産むことは容易ではなく、数日間続いた鈍い痛みに、レミは幾度となく苦しめられた。
それに安産だったのは、あくまでサクラの時よりは、ということで、どちらかといえば難産だったといえただろう。
ようやく頭が見えてきたのも、すでに夜中のことで、レイがサナとサクラを家にいったん連れて帰っていた時のことだった。
レミとレイの子供の不思議なところは、普通の双子とは違うところだ。
普通は、1人目が生まれたら、長くても数十分間隔で、2人目が生まれるものだ。しかし、レミの場合、それに当てはまらなかった。
頭が見えてきて、レイが連絡を受けたものの、病院に着いた時には、すでに三女―――リラは生まれていた。
しかし、2人目はなかなか出てこなかった。
さらに続く鈍い痛みに、レミは何とあと3日も耐えたのだった。
3日目の丑三つ時、3日前に感じた強い痛みで、レミは目を覚ました。
幸い、サナとサクラはショウに預かってもらっていたため、レイはレミの病室に泊まり込んでいた。
そのため、対応は早くでき、分娩台に移るのも早かった。
そして生まれたのが長男―――ヒカルだった。
「お疲れ」
ヒカルをレミが出産したのは、今からほんの1時間ほど前のことだ。
およそ1週間続いた陣痛と、2度にわたる間隔を開けない出産により、レミはベットの上で、ぐったりとしていた。
「ふふ・・・疲れたわ・・・」
「ゆっくり休むといい。リラもヒカルも、俺に任せておけばいいさ」
レミの柔らかな髪をなでつつ、レイは微笑んだ。その微笑みにこたえるように、レミは優しく微笑んで、そしてゆっくりと眠りに落ちて行った。
―――チュンチュン
そんなスズメの鳴き声でレミが再び目覚めたのは、丸1日たった時だった。
レミのいる部屋は、一般家庭にある一室のようで、床はフローリングだった。その床に座り込んで、積み木で遊んでいる子供が、レミの目にうっすらと映った。
もう1人、ソファに座り、うとうとしている影も見えた。
「サナ、サクラ・・・」
弱々しく、小さな声で呼んだものの、母の声は確実に、娘の耳まで届いた。
積み木に夢中になっていたサナも、うとうとしていたサクラも、飛ぶ勢いでレミのもとにやってきた。
『おかあさん!』
レイが戻ってきたのは、それから10分ほどしてからだった。
娘たちとは違い、レイはレミと視線を合わせて、静かに微笑んで、そのままレミのもとへと歩み寄った。
「レミ、おはよう。そして、本当にありがとう」
「レイ・・・ありがとう。リラもヒカルも、素敵な名前よ。リラは植物という意味・・・大きく育ってくれそうな名前。ヒカルも、輝けそうな名前ね」
瞳を潤ませるレミに、レイは腕に抱えていたリラを見せる。
「ヒカルはまだだが、リラは4日目だからな」
「双子なのに、まさか日にちが違うなんてね。おかしな話よね」
「こういうことも、稀にあるそうだ。でも、きっとそれぞれが、いい子に育つだろう」
「そうね」
レイの腕からレミの腕へと、リラが移った。その瞬間、サナとサクラはレイを押しのけ、自分たちの妹の顔を、一刻でも早く見ようとした。
「私が先!」
「サクラだよぉ!」
とにかく早く見ようとして喧嘩になりつつある2人に苦笑しつつ、レミは笑いかけた。
「ほら、2人とも。大丈夫よ、赤ちゃんは逃げないもの」
すると2人は顔を見合わせ笑い、レミの腕に抱かれるリラを見つめた。
「わぁ~・・・!かわい~っ!」
「サクラ・・・おねーちゃんだねぇ!」
嬉しそうにはしゃぐ2人を見ながら、レミとレイはまた微笑みあった。
それから3日たってから、レミはヒカルと会うことができた。
それでもまだ、動くのは少し辛かったため、レイが抱いて病室にやってきて、会えた感じだった。
2人の子供では、ヒカルは初めての男の子だったため、リラとは違う感動を覚えた。
「おとうとかぁー」
「リラもかわいーけどぉ、ヒカルもかわいー!」
レミは、リラの時同様はしゃぐ2人を見て、嬉しそうに頭をなでた。
「よかったわね」
すると、サナがレミの体に抱きついた。
レミが不思議に思って、サナに尋ねる。
「どうしたの?」
「おかーさん!」
サナはそういうと、レミの顔を笑顔で見つめた。
「リラとね、ヒカルをうんでくれて、ありがとう!」
「ッ!」
その瞬間、レミはサナがとても愛おしく感じた。
―――なんだかんだ言っても、サナとほかの子供たちはちがうとレミは思っていたのだろう。
それは―――父親のことだろうか。
レイは、父親がだれであろうと、わけ隔てなく愛してくれている。それは、レミだってちゃんとわかっている。
それでも・・・何かが違う気がしていた。
「ありがとう、サナ」
「えへへー」
照れくさそうに笑うサナに、サクラは嫉妬したのか、頬を膨らませる。
「おねーちゃんだけずるいーっ!」
「へっへー!いーでしょーっ!」
「ぶぅ!」
喧嘩を始めそうな勢いだったため、レイがレミの代わりに2人を制止した。
そしてレミは、ヒカルをレイに預けて、サクラとサナを抱きしめた。
「ありがとう、2人とも。大好きよ」
『えへへー』
嬉しそうに笑いあう2人を見て、レイとレミも微笑みあった。
その2日後、ようやくレミと双子は退院した。
馬車で迎えに来たのは、マサキだった。
「よっ!おめでとう!」
「あぁ、ありがとうございます!」
マサキは、レイにきれいな花束を渡した。レミは、両手に双子を抱えている。
「かわいいなー、子供っていうのは。俺の息子は、もう巣立ってるからなー」
「マサキさん、お子さんがいらっしゃったんですか?」
「初耳ですね」
マサキは、ハハハッと笑う。
「そうだっけ?俺は、もう50超えてるからなー」
「じゃあ、お子さんは?」
「巣立ってから、もう数年だから・・・俺が今、52で、息子はえーっと・・・30だな。って言っても、ここ何年か会ってないけどな」
ちょっと遠くを見つめ、マサキは2人に向き合った。
「名前、なんて言うんだ?」
「リラとヒカルです。2人は、誕生日が3日違うんですよ」
「ほぅ!そりゃあ驚いた!つまり、二卵性双生児だが、生まれた日が違う、ということか!」
「はい。俺たちが、一番びっくりしてますよ」
マサキは、馬車を操りつつ、何度か立ち止まって休憩を取ってくれた。
そんな休憩中、レイはマサキのところへやってきた。
「おう、レイくんだな。おめでとう!」
「ありがとうございます。あの、息子さんの話、聞かせていただけますか?ヒカルで、初めての男の子なんで・・・」
するとマサキは、嬉しそうに笑った。
「いいよいいよー!あ、でも、奥さんの扱い方は無理だからな?」
珍しく悲しげな瞳になったマサキを、レイは不思議そうな顔で見つめた。
「―――俺な、2人目の出産のとき、その子供も奥さんも失ったんだよ」
その言葉は、レイにとって大きなものだった。そして、自分の過去を思い出した。
「あの、すいません・・・」
「いや、良いんだよ。1人目が14歳の時だったんだよなー。ようやく出来た2人目でさ、すごくうれしくってさー。同じころに、かわいらしい10歳の少年少女に会って・・・」
それがレイたちのことだと、レイはすぐに気付いた。
「待ち望んだよー。俺は、必死になって働いた。馬車の運転手なんて、お得意様を作れたって、そんなにもうかる仕事じゃないしな。でも・・・それが、間違いだったんだろうな」
「マサキさん・・・」
「妻の体は、どんどん衰弱していてな・・・でも、気付けなかったんだよ。バカだったなぁ」
マサキの話を語るトーンが、一気に低くなった。
「妻が―――サヤに陣痛が来たのに、俺は仕事しててさー・・・破水して、出血して、やばかったのに・・・息子もいなかったのに、俺がちゃんと気遣えばよかったのに・・・。結局、俺が帰った時には、吐瀉物を撒き散らして、顔を真っ青にして、痛みでうずくまるサヤがいるだけだった・・・。急いで病院に連れて行ったけどさ、医者に言われたんだよ―――“もう、奥さんも子供もあきらめてください”ってな」
「そんな・・・」
「今でも、時々思い出すんだよな。そして、思うんだよ。“あと1分でも早かったら、何か変わったかもしれない”なんてな」
マサキは、手に持っていた紅茶を飲み干すと、ベンチから立ち上がった。
「ようし、行くか!」
無理をしていることが、レイにはまるわかりだった。
「マサキさん」
レイは、マサキを呼び止めた。マサキは、怪訝な顔でレイを見た。
「どうしたんだい?」
「俺とマサキさん、似てます。―――サクラの出産のとき、俺、まったく同じことしたんですよ。切迫流産にレミはなって、不安で仕方がなかったのに、外国に行ったんですよ。それで、レミも死にかけました」
「ほう・・・初耳だな」
レイは、力なく微笑んで見せた。
「バカだったと、本当に思います。・・・偉そうなこと言って、本当に申し訳ないんですけど・・・俺、マサキさんの分も、人を愛して見せます」
「ッ!偉そうだなぁ!でも、とても頼もしい!頼んだ!」
レイとマサキは、顔を見合わせて笑いあった。




