本心
それから1週間後、子供もなんとか持ちこたえ、レミは退院した。
一方のレイは、迷いを捨てきれていなかった。あんなことがあった後なのだから、迷って当然だ。そのことに、レミは薄々気づいていた。
―――此処1週間のレイは、レミと一緒にいても、どこか遠くにいるようで、抜け殻のようだった。
「レイ・・・?」
「・・・」
呼んでも返事はない。レミは、心配だった。
家へと帰り、サナも寝て、レイとレミは、2人で話をすることになった。
「レイ」
「なんだ・・・」
レイのテンションの低さに、レミは驚きつつも、まっすぐに瞳を見つめ、唐突に告げた。
「レイは、ウィルパレに行ってね」
「ッ!」
信じられない、と言わんばかりのレイ。レミは、それでもいたって普通に、微笑したまま話を続けた。
「私は、私のせいでレイが、仕事をこなせなくなるのは嫌。昔からそう。レイは、私がピンチの時・・・いつだって助けてくれたわ。カヘン団との戦いの時だって、そうだった・・・。この子が流産しかけた時も、貴方がいたから・・・。貴方の人生は、貴方のもの。だから、ウィルパレに行って。レイが、やっと決めた道でしょ?だったら・・・ね」
「レミ・・・。でも、俺は・・・父親なんだ・・・。生まれるとき、一緒にいてやれないかもしれない。それでも・・・か?」
レミは、笑顔でうなずいた。その笑顔は、儚いものだった。
「・・・やっと決めたみたいね。それでこそ、レイ」
「レミと、まさかこんな話をするなんて・・・10年前は、考えなかったな」
―――それは、離れて暮らすことの決定だった。
あっと言う間の1か月だった。レミのつわりがひどく、どこへも行けなかったし、レイも、やはり仕事が忙しかったため、ゆっくりはしていられなかった。
「頑張ってね」
「あぁ・・・予定日の1週間くらい前に、1度帰ってくるよ」
「そう・・・ありがとう」
そういい、レミはレイに抱きついた。胸に顔をうずめ、か細い声で言う。
「無理はしないでね・・・」
「あぁ」
「1度でいいから・・・子供にも会いに来てね・・・」
レイは知っていた。―――どんなにカッコよくったって、強くったって、レミはやっぱり“女の子”だ。
今まで散々辛いことがあって、大変だった。レイと離れれば、間違いなく不安になるのは分かっていた。あんなことを言っても、やっぱり不安なものだ。
しかも、妊婦だ。2人目とはいえ、怖いのは変わらない。
「・・・じゃあね」
「あぁ」
レミとレイは離れ、お互いにもう1度、どちらからでもなく抱き合い、そして別れた。
それから、レイは仕事に追われていた。ついてすぐ、ゆっくりする暇なんてない。与えられた部屋、与えられた仕事場で、日々繰り返されるサイクル。
余談なんかする暇もなければ、街へ出る時間もない。
さらに、リヴァインドという補佐の奴は、ザ・ワールド学園の出身者で、在学中に1度だけあった“天使のような子”の話ばかりする。
―――リヴァインドの話によれば、そのこは茶髪で、金髪も生えている、茶色の瞳をもった美少女、というものだった。歳は、10~14歳くらい。レイは、すぐに気付いた。
・・・絶対レミのことだ。レミはそれくらいの年の頃、よくザ・ワールド学園に行っていた。リヴァインドは、レイたちと年が近いため、尚更だ。
「そうか・・・今は、結婚しているんじゃないのか?」
「いいえ!まだ、俺のことを待っているはずです!!」
―――レイは思う。どんな自信だ・・・。
自分の妻のことを言われ、なんだか腹の立ったレイは、いじわるのつもりで聞いてみた。
「そのこの名前とか、わかるのか?」
リヴァインドは、自信たっぷりに言う。
「えぇ!レミ、って言ってました」
もはやレイは、あきれてしまった。最後に、こう付け足した。
「今度、俺の家族とあってほしい。妻と子供だ。今、妻は妊娠中だが、一時帰国するころには、生まれるだろう。俺とは、とても仲がいい」
するとリヴァインドは、笑顔でうなずいた。
「レイさんのこと、大好きなんですね!あ、大丈夫です!どんなに美人でも、奪ったりは絶対、しませんから!」
「クシュン・・・風邪かなぁ?」
悪阻も落ち着き、レミはサナとともに、ショウの家へと向かった。
「ショウに会いに行くわよ」
「やったぁ」
まだ舌はまわっていないが、大分話せるようになったサナ。娘の成長が、レミには嬉しかった。親になることのよさを改めて痛感していた。
ピンポーン・・・。
チャイムを鳴らせば、笑顔のショウが出てきた。玄関には、男用と女用の靴が、それぞれ1組ずつ置いてあった。ほかにも、小さな靴が置いてあった。
「今日はサプライズだ!」
「え・・・?」
リビングにいたのは、ユウキとユウキの奥さんの、ミホ。そして、子供が2人いた。
「紹介するな、レミ。俺たちの子供の、レオとメイだ。両方女の子で、5歳と4歳だよ」
昔とは違い、一番年下だったくせに、とても大人びたユウキ―――父親の顔のユウキがいた。
「お父さん、って感じだね」
「そうかな?でも、レミもお母さん、って感じだよ」
レミはおなかをなでながら、ふふっとほほ笑んだ。
平凡で、それでいて、とても楽しい日々が続いた・・・。
レイはレイで、リヴァインドとの仕事は楽しく、大変ではあったものの、いやではなかった。
季節は巡り、やがてレミは臨月となった。
「ママ、きょー、パパかえる?」
「えぇ」
今日は、数カ月ぶりにレイが帰ってくる日。まだ子供も生まれておらず、でももうすぐで生まれそうだという、なんともいいタイミングだった。
レミは、嬉しさを隠しきれなかった。
―――その反面、最近はおなかが張る、とレミは思っていた。時々腹は痛む。要するに、今日明日には、絶対に生まれるだろう。
ピンポーン・・・
チャイムが鳴った。ゆっくりと歩いて、レミは玄関へと向かう。
ドアを開ける。―――瞬間、前から抱きつかれる。
「―――ッ!」
「久しぶりだな」
「・・・レイぃ・・・」
お互いに腕をからめあい、玄関で抱き合う。―――久々の、お互いの再会だった。
「パパーっ!」
「サナ!元気だったか?」
「うん!」
すぐにサナもやってきて、3人はリビングへ行く。
椅子に座って、しばらくたって、レイがかばんを開けた。
「そうだ」
「何・・・?」
かばんから取り出したのは、1枚の色紙だった。そこには、筆文字が書いてあった。
「名前」
「えっ・・・?」
レミが、紙を受け取り読む。
「サクラ・・・?」
「あぁ。昔―――戦いが終わった時、レミがユウ様からもらっていただろ?俺がおんぶした時に、見て感動したとも言っていた。そんな“桜”から、名前を取ったんだ。男だったら、桜を別の読み方で、“オウ”と読むから、オウにしようと思うんだが・・・」
レミは、その色紙を抱きしめ、笑顔で言った。
「えぇ・・・すっごく、いい名前ね!」




