第5話 地下層のマリア
地下層の最初にあるO級都市は、プログラムから放棄された階級で、
プログラムからは、完全に放置されている。監視しない代わりに管理もしない。
つまり、食事の面倒も住まいの面倒も、何一つ世話をしないという事だ。
上層の都市から排出される生ゴミをあさり食にありつく者ばかりの世界だった。
過去形なのは、それを変えた一人の少女がいたからだ。
幼い頃に、母親を無くしたM級市民だった少女は、ここへ送られて愕然とした。
なんて酷い街があるのか?と、不安と恐怖におののき、毎日涙に暮れた。
だが、、、花が好きだった母の趣味のガーデニングを思い出し、
上層の都市から排出される生ゴミの中から食べ物と一緒に種を探しては、
土の豊富な場所に埋めては、育ててみた。どれが何の種かわからなかったが、
とにかく夢中になって育て続けた。生きる事に必死だった。
そして、母が好きだった花を、せめてもう一度だけでも見せてほしいと胸の内で願った。
驚いた事に、年中一定の気温に調整されているタワーポリス内のこの世界では、
作物を育てるのもそう難しくもなく、いつしかどれが何の種か?も、見分けられるようになり、
周りの人々にも「野菜を育てれば食べる物に苦労しなくなるから」
と、手伝ってもらい、気づけば、立派な農園の創設者となっていた。
いつしか、地上層で手に入るありとあらゆる作物を育てられるようになってもいた。
太陽の紫外線は、あたらず、地上層から漏れる人口の光で作物を育ててる為、
畑仕事をしているのに、住民全てが色白なのは、少し不思議な感じだ。
最初からここの住民だった者達と違い、ある程度の教育も受けていた少女は、
次々と生活を改善する提案を出し続け、数年の年月をかけて、
誰もが住まいを持ち、人間らしい生活ができるほどに、この世界を変えた。
一定量の作物を育てると長期の休暇も取れるようになり、肉体疲労以外の苦痛を除けば、
もしかしたら上層の階級の都市よりも過ごし安い世界を創れたかも知れない。
ここの住民の女性達は、皆、菜食主義に変わった事や、生活も改善されて清潔に暮らせるようになった事もあって美人が増えた。
一定量の作物を育て終えたここの住民達は、今日から休暇に入る。
と、そこへ、一人の若い女性の元へ幼い少年少女達が駆け寄って集まって来た。
「マリア姉ちゃあ〜ん、今日は、おしごとおわり〜?」
マリア姉ちゃんと呼ばれた女性は、優しい笑みを浮かべて子供達に口を開いた。
「そうよ、お姉さん今日からね〜〜〜〜〜〜〜、」
もったいぶるマリアに子供達は何?何?と目を輝かせている。
「3ヶ月くらいお休みなのよ〜〜〜〜〜。」
「わあああああああああ、すっげ〜〜〜〜、やったあ〜〜〜〜〜。」
子供達は、歓声をあげた。
「じゃあ〜ああ、毎日お歌をおしえてもらえるのお?」
一人の少女が聞いた。
「いいわよブレンダ。」そう言いながら微笑みかけると、また子供達が歓声をあげた。
ここの全ての人々がマリアの姿を微笑ましく眺めている。
「マリア様は、可愛くて優しくて働き者で、、、そしてここにたくさんの農園を作ってくれて、
私達は、マリア様に出会えなかったらと思うと、、、」
年配の女性は、そう言い、あふれ出る涙をぬぐった。
その横で同じ年配の男性がにんまりと笑った。
「俺がもう少し若かったらプロポーズするんだがなあ。」
「マリア様と一緒になったら罰があたるよ?いや、、その時は、あたしが罰を与えてあげるよ」
「だな、、、恐れ多い事だよ。」
聞いてた別の男がそう言うと、周りのみんなが大笑いした。
そんな中、彼女が子供達に歌を歌いだした。
途端にこの世界の全住民が唇をぎゅっと閉じてマリアの歌に聞き入った。
幼い頃、、、今は亡き母親に教わったオペラを、学校さえないこの階級の世界では、誰も教えてくれない。
それだけにマリアの歌は、ここの街に住む者にとってすごく貴重な歌になっている。
誰もがうっとりした顔でその歌に聞き入っている。
普段ここへ足を踏み入れる事のないNo1デリーターのダイが姿を現したのは、そんな時だった。
何に対しても興味も関心も持たないダイの目がマリアからそらせずにいる。
ダイ自身それに気づかないまま、その歌に聞き入った。
マリアが歌い終えて、全ての人々が拍手喝采を送ってる時に、ダイも同じように感動の拍手をしていた。
マリアと目が合ったその時に、自分のしている行為にダイが気づいて、ハッとなった。
俺は、何をしてるんだ?ダイは、経験のない出来事にとまどいその場を後にした。
自分じゃない自分に驚き、何をどうしていいのか?わからなかった。
「あの人は、誰だろう?ここじゃ見かけないけど、、、」
マリアが言うが、周りの誰も気にもとめなかった。