第六話
一九四一年十二月十三日。
南シナ海。
空は鉛色の雲に覆われ、波は重くうねっていた。
東洋艦隊。
ついに日本海軍索敵網の中心へ捕捉された敵主力。
だが、有馬中将は理解していた。
一度の攻撃では沈まない。
敵は英国海軍。
歴戦の艦隊だった。
ならば必要なのは、“途切れない攻撃”だった。
◇
第三艦隊旗艦《天城》。
艦橋。
通信参謀が受信紙を抱えて駆け込む。
「第三機動部隊より接触継続電!」
「敵艦隊、南西方向へ二十ノット!」
有馬は静かに頷く。
その隣で黒瀬参謀長が低く言った。
「そろそろですな」
「ああ」
有馬は海図へ視線を落とした。
第一機動部隊。
第二機動部隊。
第三機動部隊。
第四艦隊。
さらに陸上航空隊。
全ての位置が書き込まれている。
敵艦隊を中心に、巨大な輪が形成されつつあった。
「連合艦隊司令部へ打電」
有馬が命じる。
「東洋艦隊完全捕捉。総攻撃許可を請う」
通信兵が一斉に動き始める。
暗号。
送信。
確認。
南シナ海から、呉へ。
電波が海を越えて飛んでいく。
◇
呉。
戦艦《大和》艦内。
連合艦隊司令部。
山本五十六は静かに電文を読んでいた。
『東洋艦隊完全捕捉』
『攻撃開始可能』
参謀たちが沈黙する。
山本はゆっくり窓外を見た。
瀬戸内海は静かだった。
だが、その遥か南では、日本海軍の新しい戦い方が試されようとしている。
「……始めるか」
低い声。
山本は振り返った。
「全艦隊へ打電」
参謀が姿勢を正す。
「東洋艦隊撃滅を厳命する」
空気が変わった。
「第一、第二、第三機動部隊」
「陸上攻撃隊」
「第三、第四艦隊」
「全攻撃を統制」
山本の指が海図をなぞる。
「敵に休む間を与えるな」
さらに。
「各部隊、時間差連続攻撃を実施」
「無線連携を最優先」
「攻撃隊は敵上空滞空時間を重複させるな」
参謀たちが一斉に動く。
それは単なる総攻撃命令ではなかった。
空母。
陸上機。
艦隊。
それら全てを、一つの巨大な槌として振り下ろす命令だった。
◇
第一機動部隊。
空母《赤城》。
飛行甲板。
「第一次攻撃隊発艦始め!」
艦攻《流星》。
艦爆。
直掩零戦。
エンジン音が甲板を震わせる。
第一機動部隊は最初の槌だった。
敵艦隊へ最初の混乱を与える。
司令官は海図を見ながら言った。
「第二機動部隊との攻撃時間差は二十分」
「第三機動部隊とはさらに十五分」
「重複するな」
参謀が頷く。
全ては無線で繋がっていた。
攻撃隊位置。
敵変針。
天候。
それらがリアルタイムで更新され続ける。
◇
東洋艦隊。
見張員が叫ぶ。
「敵機!」
雲間。
無数の黒点。
第一機動部隊攻撃隊だった。
「対空戦闘用意!」
英戦艦高角砲が火を噴く。
黒煙が空を埋める。
だが、日本艦載機は散開しながら突っ込んでくる。
「雷撃進入!」
魚雷投下。
白い航跡。
敵艦隊が回避を始める。
その直後。
急降下爆撃。
爆弾が艦隊中央へ叩き込まれる。
「右舷被弾!」
「巡洋艦炎上!」
英艦隊は混乱した。
しかし。
それで終わらなかった。
◇
二十分後。
第二機動部隊。
《飛龍》《蒼龍》隊。
「敵艦隊位置更新!」
第一機動部隊攻撃隊からの無線が飛び込む。
『敵右回避中』
『対空砲火集中、南側薄い』
司令官が即座に命じた。
「南側から雷撃!」
「第一波の回避運動直後を叩け!」
艦攻隊が海面すれすれへ降りる。
英艦隊はまだ第一波の被害処理中だった。
そこへ第二波。
「また来たぞ!」
英艦内で悲鳴のような声。
休む暇がない。
高角砲員たちは既に疲弊し始めていた。
さらに魚雷。
さらに爆弾。
回避運動を続ける英艦隊の隊形が崩れていく。
◇
第三機動部隊。
《翔鶴》《瑞鶴》。
攻撃隊はまだ待機していた。
参謀が時計を見る。
「第二機動部隊攻撃開始確認」
司令官は静かに頷く。
「予定通り十五分後」
艦橋内には無線が飛び交う。
『敵戦艦速度低下』
『巡洋艦一隻落伍』
『敵対空砲火弱化傾向』
第三波。
それは“止め”だった。
「攻撃隊発艦」
翔鶴飛行甲板から、流星隊が飛び立つ。
搭乗員たちは理解していた。
既に敵は疲弊している。
ならば、ここで逃がさない。
◇
そして。
昼過ぎ。
ルソン基地。
海軍陸上攻撃機隊。
「艦隊攻撃隊より敵位置更新!」
飛行長が叫ぶ。
「水平爆撃準備!」
一式陸攻改。
長距離。
大搭載量。
だが今回は雷撃ではない。
高高度水平爆撃。
既に混乱した敵艦隊へ、更なる圧力を加える。
「発進!」
双発機群が滑走路を飛び立つ。
◇
東洋艦隊。
空は地獄だった。
第一波。
第二波。
第三波。
ようやく空が静かになったと思った瞬間。
「高高度敵機!」
見張員の絶叫。
今度は陸攻隊だった。
高高度から爆弾が降る。
回避。
警戒。
対空砲火。
英艦隊はもはや休む暇がない。
「機関部浸水!」
「操舵遅延!」
「弾薬庫火災!」
艦隊全体が崩れ始めていた。
◇
午後。
第三艦隊《天城》。
有馬は静かに無線を聞いていた。
『敵速度低下』
『落伍艦あり』
『敵隊形崩壊』
その時。
「第四艦隊より入電!」
「攻撃隊発進完了!」
有馬は頷く。
最後は第四艦隊。
龍鳳隊。
そして新造高速艦隊群。
疲弊し切った敵へ、さらに圧力をかける。
終わらせるために。
「……山本長官は正しかったな」
黒瀬が呟く。
「一撃ではない」
「連撃だ」
有馬は静かに海を見つめた。
索敵。
無線。
航空機。
艦隊。
全てが繋がり、一つの巨大な波となって東洋艦隊へ叩きつけられている。
敵に休息を与えない。
修復する暇を与えない。
逃げる時間を与えない。
それが、新しい海戦だった。
そして夕暮れの海の向こうで、炎を上げる東洋艦隊が、ゆっくりと沈み始めていた。




