第10話 私のカメラマンにこれ以上、近づかないで
「つまり、君は配信中のダンジョン配信者を助けてしまったことで、ネットでバズって……その上、声から私のカメラマンであることもバレたわけね……」
花火はため息をつきながら、そう言った。
「うぐっ……」
俺たちはあの後、急遽合流し、ファミレスで話し合っていた。
「はあ……どうしよう」
俺はSNSの反応を見ながら、ぼやく。
『ヒバナのカメラマンらしき男が登録者100万人超えの配信者を窮地から助けたらしい』
『ヒバナのカメラマンの顔と名前が判明ww』
『え、この人、高校生なの?』
『唯たむからお礼を言われた上に、ヒバナみたいな美少女と一緒に仕事できる高校生とか羨ましすぎるんだが? 毎日、タンスの角に小指ぶつければいいのに』
良い反応も多かったが……中には俺へ嫉妬するコメントや、殺害予告じみたコメントまであった。
しかし、コメントの中でも最も多かったのは――
『カメラマンも配信に出て欲しい』
『カメラマンさん、配信してくれない?』
『配信求む……カメラマンにお礼の投げ銭させてくれ』
俺がヒバナの配信に映ることを望む声だった。
「どう? いっそのこと配信に出てみる? もう存在バレちゃったわけだし!」
「……いや、遠慮しておくよ。俺は話すのは得意じゃないし」
俺が配信に出たら、変なギャグで場を凍り付かせる自信しかない。
「別に話さなくてもいいんじゃない? 蓮君って普通に強いじゃん……それを見せつけるだけで視聴者は満足すると思うよ?」
「そ、そうか……?」
「なんというか……蓮君って実力を驚くほど周りに見せないじゃん?」
「まあな」
そりゃあ、必要がない限り、実力なんか見せない。
名誉、名声に興味がないわけではないが……自分から見せつけるのは、なんだかダサいじゃないか。
「私としては、もっと君は世間から評価されていいと思うんだよね……高校生でS級モンスターを瞬殺にする探索者なんて早々いないよ?」
そういう、あんたも高校生だろ……。
嬉々として上級のモンスターを瞬殺して駆け回る女子高生も中々居ないぞ?
「そもそもさ……俺が配信に出たら、誰がカメラマンやるんだ?」
「あっ……」
ドローンカメラでは花火の速度に追いつけないため、やはり、俺がカメラマンをするしかないのだ。
「……わかった! 蓮君がカメラマンをしながら配信に映ればいいんだよ!」
「うーん、アホか? それ……俺は常に自撮り状態なんだけど?!」
その状態でどうやって戦えっていうんだよ……。
「でもさ……配信に映らなくても声だけでも配信に乗っけたら?」
「声……?」
「うん。今まで通りカメラマンはするけど……リアクションとか、私との会話を配信に乗っけるというか……」
そっか……今までは、配信中に花火と話す時は一々マイクをミュートして、配信に俺の声が乗らないようにしていた。
しかし、もう俺の存在がバレてしまった以上、堂々と会話できるということか。
「それくらいならいっか……」
「――よし! なら早速、明日、ダンジョン配信しに行こっか!」
「あ、明日?!」
「鉄は熱いうちに打てって言うじゃん? ……それに、どうせ明日は祝日だしさ? てなわけで、決定ね」
まだ、良いとも悪いとも言ってないんですけど?
まあ……実際に、明日の予定はないからいいか……。
「じゃあ、今日はこれで解散しよっか」
「そうだな……流石に疲れた」
突然、突きつけられた早川からの勝負。謎の弱点がないロックゴーレム。助けた相手が配信者だったことによるバズり。
……今日は、1日にしては濃すぎた。
「会計は私がしておくね? ……蓮君にはこれからもっと私を楽しませてもらわないといけないからね」
「あはは……どうも」
そんな話もあったなぁ……。
その後、花火に会計をして貰い、俺たちはファミレスを出た。
「あーあ、なんか私も疲れたなぁ……あの配信者ちゃんみたいに抱っこしてくれないかなー?」
そう言いながら、チラチラとこちらを見てくる花火。
「酔ってんのか? それなら、法律違反で、送り届けるのは警察署でいいな?」
「ひっどい! 初対面のあの配信者ちゃんは抱っこするのに、私だとダメなの?」
「いや、あれは緊急だったからだし……」
「……今日、会計払ったのって誰だっけ?」
ニコッと笑いながら花火はそう言ってくる。
「か、勘弁してくれ……」
こんな街中で抱っことか、公開処刑以外の何物でもないだろ!
同級生だって居るかもしれないのに……。
「普通に帰るぞ――」
「――っ! 日野ォ! テメェ、こんなところに居やがったのかッ!」
その時、そんな怒号が背後から聞こえた。
振り返ると、そこには――
「早川?」
あの早川がいた。
なんだなんだ? 突然、勝負を取りやめてきたかと思ったから急用でも出来たのかと思ったんだが……。
「日野ォ! 俺のことを散々、コケにしやがって! どんな小細工を使ったのか知らねえけど、ネットでお前がヒバナのカメラマンってことになってるんだけど?!」
いや、トリックも何も、俺がヒバナのカメラマンなんだけど……。
「いや……事実だけど」
「う、嘘つけッ! お前なんかが、あのヒバナのカメラマンなわけがねえだろ!」
「いや、だから、事実だって――」
「……あの配信者と一緒に俺のことをハメたんだろッ! ふざけんな! そのせいで俺はネットで『人殺し』だとか、『偽物』だとか散々言われてんだよ!」
言葉の意味が全く理解できない。
本当に俺はヒバナのカメラマンだし、配信者を助けたのはただの偶然だ。
「本当に意味がわからない……本当に俺はヒバナのカメラマンだぞ?」
「なわけねえだろ! お前みたいな学校のインキャが、ヒバナと同じ速さで走れる『影の最強』だなんて、信じるわけねえだろッ!」
早川は語気を荒げ、鬼のような形相をし、ずんずんとこちらに近づいてくる。
今にでも暴力を振るってきそうな雰囲気だった。
「――蓮君にあんまり、近づかないで貰ってもいいかな」
その時、誰かの手が早川を制した。
「は? 誰だよお前! 邪魔だ、どけよッ!」
早川は手を掴み、退けようとするが……いつまで経っても手がその位置から動くことはなかった。
「お、お前……! なんなんだよ――って、ヒバナ?!」
早川は驚愕のあまり、尻餅をつく。
「うん……私がヒバナ本人だよ? もう一度言うね? ……蓮君に――私のカメラマンにこれ以上、近づかないで」
「っ!? なんで……ここにヒバナが……」
早川はわけがわからないといった様子だった。
「なんでって……そんなの、蓮君が私の専属のカメラマンだからに決まってるじゃん! 仲間……いや、友達と一緒にいることの何がおかしいの?」
「嘘だッ! 日野が……ヒバナの専属のカメラマンなわけがない!」
「嘘じゃないよ、本人である私が言うんだよ?」
花火はさらに早川を追い詰めていくと――
「嘘だ嘘だ嘘だ……! そ、そんなわけない……あり得ない、あり得ないんだッ!」
すると、早川は背を向けて突然、走り出した。
「ちょっと?! ……ありゃ、逃げられちゃったか……」
花火は追いかけずに早川の背中をじっと見つめていた。
まるで、次は許さない……といった雰囲気で。
「花火……助かったよ」
あのままだと、俺は殴られていたかもしれない。
クラスメイトと、こんな街中で殴り合いなんて絶対に嫌だ。
「私は蓮君がカメラマンだって言っただけだよ……でも、残念」
「残念?」
「うん……逃げ出しちゃったなんて……本当に残念だなーって」
花火は今まで見たことのないような、不思議な目つきをしていた。
どう言う意味だろうか?
「さっ、それはそうと、早く帰ろうよ……もうこんな時間だしさ!」
「そ、そうだな!」
もう時計の針は9時を過ぎていた。
俺たちは住宅街に向かって歩いていく。
「あっ、そうだ! お礼はおんぶでいいよ?」
「拒否――って、おい!」
俺の返事を待たずに、花火は俺の背中に飛びついてきた。
「じゃ、このまま私の家までよろしくねー!」
「はあ……」
稀にかっこいいけど……やっぱり、花火は花火だな。
結局、俺はこのまま、花火を家まで送るのであった。




