第1話 最強探索者
「これで300体目〜」
そんなおちゃらけた声と共に真横にいたオークの首に赤い線が走る。
そして――
「グガッ?!」
情けない悲鳴を最後にその首が吹き飛んだ。
それが何回も何回も繰り返されていく。
もちろん、倒すモンスターは多種多様だ。
低・中級のモンスターはもちろん、上級のモンスターの首も熱したナイフでバターを切るように刎ねていく。
「あっ、オークキングいるじゃん!!!」
すると、今度は新しいおもちゃを見つけた子供のように嬉々としてA級モンスターであるオークキングへ向かっていった。
「ブモォォォォ!!!」
それに対して、オークキングは嬉々として向かってきた人間を捕まえようと手を伸ばすが――
「おっ、丁度よかった。どうやって首を攻撃しようか悩んでたんだよね」
「ブモォ?!」
その伸ばした手が届く前に、大きくジャンプしてオークキングの腕に乗った。
そしてそのまま、オークキングの首元まで駆け上がり――
「はいどーん!」
どこからか取り出したハンマーでオークキングの頭を殴った。
「ブモォォォ!?!?」
頭を殴られたオークキングは興奮し、腕をブンブン振り回す。
「おっとっと……危ないなぁ」
頭を低くし攻撃を避けると、もう一度、オークキングに向かって駆ける。
オークキングの強さの一つはその巨大な体躯……しかし、懐に入ってしまえばその巨大な体躯が逆に弱点になる。
《《彼女》》は懐に入り込むと、大きく跳躍し――
「隙あり〜」
頭に向かってハンマーをさっきより力強く振り下ろした。
「ぶもっ?!」
オークキングはそのまま、地面に倒れ、光の粒子となって消えていった。
〈コメント欄〉
:相変わらずえげつないな〜
:やっば、速すぎてほとんど見えなかった
:ハンマーどっから出てきたんww?
:最速! 最強! 最カワ!
スマホに写っているコメント欄の流れがどっと速くなる。
これは女性最強とも呼ばれているダンジョン配信者――『ヒバナ』の配信であり、俺が《《撮っている》》配信だ。
そう……俺、日野蓮は『ヒバナ』こと、錦花火の専属カメラマンなのだ。
俺の仕事は大きく3つ。
まず、1つ目が――
「っ?!」
カラカラ、という骨の音と共に背後から剣が振り下ろされる。
こいつは多分、B級のモンスターであるスケルトンナイトだな。
背後から剣が迫っているのだが、カメラがブレてしまうため振り返ることはできない。
では、どうするのか。
「空間魔法――〈空間認識〉」
俺は俺が授かった《《ギフト》》の《《空間魔法》》を小声で唱えた。
中級空間魔法……空間認識。これによって俺は全方向の状況を見なくても理解することができる。
スケルトンナイトの位置がわかった俺は、片手だけで剣を抜き、後ろに向かって突き出す。
すると、カラカラという音と共にスケルトンナイトは崩れ落ちた。
そう、1つ目は俺を狙ってくるモンスターを片手で視聴者に気づかれずに倒すことだ。
これが慣れるまで難しかった。
「〈アトラクト・アイテム〉」
彼女は地面に手を当てて、そう言うと落ちていた魔石やドロップアイテムが一点に集まっていく。
おっと、今度は俺の番だな。
「〈ストレージ〉」
俺はカメラの死角から魔石たちの山に触れると、空間魔法でそれらを全て収納した。
これが2つ目の仕事、アイテムの回収である。
「あれって……」
立ち上がると、視界に大きな扉が映った。
確かあれはボス部屋だったっけ?
どうやら、戦っている間にボス部屋の近くまで来ていたようだ。
すると、花火は俺に目配せしてきた。
あれをまたやるのか?! ちょっと待て待て待て!
「じゃあ、ボス倒しにいくね。もちろん、縛りプレイでね」
花火はスタスタとボス部屋の扉まで歩いていくと、持っていた武器を全て地面に放り投げた。
〈コメント欄〉
:は?
:おっ、今回は武器縛りか
:下層のボスで武器無しは無謀すぎん?
:流石に死ぬよ?
俺はコメント欄を一瞥する。
ダンジョンは10階層ごとに上層、中層、下層、深層の大きく4つに区分される。
そして、それぞれの区分の間に存在するのがボスである。
今、俺たちが挑戦しようとしているのは下層と深層の間にある下層ボス。
熟練の探索者でも苦戦するようなモンスターが出てくる場所である。
しかし、花火はそんなこと気にしていないようで、扉を開けると軽い足取りで中へ入っていく。
だが、それを許す俺ではない。
「〈転移〉」
俺は配信のカメラとマイクをオフにすると、空間魔法の転移で花火の目の前に移動し――
「あだっ?!」
彼女の額にデコピンした。
「ちょ、ちょっとぉ……痛いよぉ、蓮君! どうしたのさ!?」
「いや、危ないでしょうが! この前、それで痛い目見たのを忘れたのか?!」
これが3つ目の仕事――このクソバーサーカーの手綱を握ること。
「な、なんのことかなぁ……」
おい、めちゃくちゃ目が泳いでるぞ。
絶対に自覚あるだろ……。
「とにかく、武器縛りは禁止」
「えぇー! でも、私すでに視聴者のみんなに武器縛りするって言っちゃったんだよ? ここでやっぱなしって言うのは蓮君が許してもエンターテイナーとしての私が許さないよ!」
名言を自分の狂人プレイを正当化するためだけに使うなよ……!
しかし、もうすでに視聴者に宣言してしまった以上、ここで引くのは申し訳ないのも確かだ。
「ぐぬぬ……じゃあ、一応、この短剣だけは持って行ってくれ」
俺はそう言って一振りの短剣を花火に差し出した。
「おっ、これってあれじゃん、クロノテクノ社の新作の武器じゃん! 蓮君、いいもの持ってんねぇ」
俺から短剣を受け取った花火は、短剣を眺めながら小さく笑みを浮かべた。
「何でそこでニヤニヤする? ……後で死んでも返せよ?!」
「うん、考えておくね!」
「ちょっとぉ?!」
あれ、だいぶ高かったんだけど……!
そんな俺の悲痛な叫びを無視して、花火はボス部屋へと歩いていく。
俺は絶対に取り返すことを決意して、またカメラを花火に向ける。
:どうした?
:機材トラブルか?
:直ったっぽいな
:おっ、再開したぞ!
「ごめんねー、みんな! ちょっと機材トラブルがあってさ。でももう大丈夫だからさっき言った通り武器縛りでボス倒していくよー!」
そう言って、花火はボス部屋に続く扉を押し開けた。
「あれは……ジュエリーウルフ?」
中には宝石の狼がいた。
比喩なんかではなく、目も牙も頭も体も全て宝石で作られた狼。
こいつがこのダンジョンの下層ボス――S級モンスターのジュエリーウルフだ。
「なんか殴ったら凄く痛そうなんだけど……」
花火はジュエリーウルフを見るやいなや面倒臭そうな顔をする。
そりゃあ、宝石殴ったら痛いだろうな。
「まあいいや、先手必勝!」
花火はジュエリーウルフに、向かって駆けていくと拳を思いっきり振りかぶった。
いや、結局殴るんかい。
しかし、次に聞こえてきたのは花火の悲鳴だった。
「痛ぁぁぁ……硬すぎるよ、このモンスター!」
:当たり前だろw
:モンスター相手に素手で殴る探索者が居てたまるか
:怪我しないうちにこの縛りやめた方がいいんじゃないの?
:大丈夫そ?
痛そうに拳をさする花火だが、その隙をジュエリーウルフは見逃さなかった。
攻撃をされた事に気づいたジュエリーウルフは噛みついて反撃しようと口を大きく開ける。
「ちょっと〜、じゃれるならもっと可愛くじゃれてよ〜」
そう言いながら上顎を肘打ちして、開いた口を無理やり閉じさせる花火。
あれ? 俺の撮ってる人ってこんなサイコパスだっけ?
「あっ、いい事思いついた! 外が硬いなら中から倒せばいいじゃん」
すると、ジュエリーウルフの上顎と下顎を持つとその口をこじ開け
「〈ミニブラックホール〉」
手を口内にぶち込むとそのまま重力魔法を発動した。
〈ミニブラックホール〉……それは周辺の物を無作為に吸い込んで消滅させる重力魔法の中でもトップレベルで発動難易度の高い魔法だ。
それをモンスターの体内で発動するとどうなるか……そんなのやらなくたってわかる。
「ギャオオオオオオオン?!?!」
体内の異変に驚き、ジュエリーウルフは困惑したように鳴き、すぐに力尽きたように地面に倒れた。
「うーん、武器縛りだけだと簡単すぎたかな?」
:は?
:それを思いつくのはまだいいとして、実行するのはサイコパスすぎる……
:この女、本当に人間か?
:色んな意味で強すぎるw
「ちょっとみんな、好き勝手言いすぎじゃない? それで言ったら探索者なんてみんなサイコパスだよ」
:それはそう
:だが、お前はトップオブサイコパスや
:探索者やってくれてるだけで、俺たち一般人にとっては感謝しかないんだけど……あまりに容赦が無さすぎるww
もうジュエリーウルフは動かなくなって場の雰囲気はすっかり緩みきっていた。
だからこそ、誰も気づかなかった。
ジュエリーウルフの体がいつまで経っても消えないことに。
「ガゥ……」
ジュエリーウルフの瞳は静かに復讐の炎で燃えていたのだ。
「よし、それじゃあ、今日の配信はこれで――」
――刹那、ジュエリーウルフの瞳が妖しげに光ると
「あがッ?!」
次の瞬間、俺の背中に鋭い痛みが走った。