⑦ 今、私はグラマラス女戦士!
ダリスの館付近に着いた頃──。
「ずいぶん好戦的な気配があるな」
「やっぱり?」
予想のとおり、ここでふたりは不穏な空気に包まれる。
「仕方ない。戦うか」
彼は腰の鞘から銅剣を引き抜いた。
「戦うって……」
「殺しはしない。こういう時期だからな、騒ぎになったら面倒だ」
そう聞いてアリアンロッドは多少安心した。
「敵が攻撃を仕掛けてきたら俺がいなす。お前は今から回り道して館に入れ」
(この人はきっと強い)
手を貸すまでもないと、アリアンロッドにも分かる。
「いいか? 裏口が見つからなければ抜け穴を探すんだ。柵だって飛び越せるだろ?」
アリアンロッドはしっかり目線を合わせ、うなずいた。
そして、館の門前が見えてきた時、顔を布で覆った、ふたりの小柄な人間が姿を現した。
「とうとう出てきたな」
「飛び道具だけじゃないみたいね」
片方の敵の手に剣を見つけた彼は、アリアンロッドを押しのけるように前へ出た。そして彼女の方を振り向き、一言。
「さぁ、走って行け」
「…………」
アリアンロッドはその場を彼に任せ、道を戻った。
(でも、任せきりなんて気が引けるから……!)
ここで彼の指示通り、館に入る方法を探すのが安牌のはずだが、周囲を確かめることもせず、キュッと顎を引いて前を向いた。
アリアンロッドが向かうのは、昨日訪れた、赤い実の一家の処だった。
◇◆
「失礼するわ!」
「大聖女様!?」
「どうかなされたのですか?」
一家の者々が、彼女の急な来訪に慌てふためくが。
息せき切ったアリアンロッドは、挨拶もなしに声を張り上げた。
「至急、用意してもらいたいものがっ……、まず長い布をたくさん! それと、あの赤い実の汁を!」
指示を終えたら、なぜか彼女は、異性の目も気にせず上衣を脱ぎだしたのだった。
一方、アリアンロッドを逃がしたこちらの男は、襲撃者と互いに命までは取らない意識でじりじりとやり合っていた。
小半時もたっただろうか、彼が、暗くなってきたしそろそろ片を付けるか、と考えた頃。
「はぁ、はぁ。間に合った……?」
「!? お前っ……」
その目に狙われている張本人、アリアンロッドが飛び込んできた。
せっかく逃がしたのに舞い戻ってきた彼女を二度見して、彼は唖然とする。
「なんで戻ってきたんだ!」
「あなたばかりに任せておけないと思って」
「いやお前が来たところで」
「さすがにもう疲れたでしょ! 1対2だし、近接武器と飛び道具使われてるし」
そこで彼は妙な気分になった。彼女の見た目に、どうにも違和感があるのだ。
それはどの辺にかというと、たぶん、胸のあたりだ。
「お前、ちょっと見ない間に女度が増したか?」
「私はいつも女度高いわよ!」
アリアンロッドはなぜか自信家になっていた。
好戦的な気分のまま彼女は、飛び道具を持たない方の敵相手に、町で借りてきた槍を振るった。
「ああもうっ、槍がいつもより振りづらいわ!」
などと叫びながら。
そして男は飛んでくる鉄鏃から彼女を守るように銅剣を振るう。当分はそれでやり合っていたが、蓄積する疲労においては、仲間を盾にしながら物陰に潜む、飛び道具の使用者が有利であり、敵は両者とも男を目掛けて撃ち込むようになった。体力が減って動きが鈍くなった女の方は後で、といった作戦のようだ。
その頃。彼が何かを踏んで滑り、隙を見せた一瞬だった。
「危ない!!」
鉄鏃が飛んでくる。アリアンロッドは彼の盾になろうと、槍を投げ捨て両腕をバッと広げて、彼の前に飛び込んだ。
「「!!」」
敵は飛び道具が彼女の胸を射たのをはっきりと見た。アリアンロッドの背後の彼からは、飛び散る彼女の赤黒い血が見えた。
アリアンロッドはその衝撃で彼の胸元に崩れ落ちる。彼は即、彼女を受け止め腕に抱いた。それを以て敵は、任務遂行を確信し、足早に去ったのだった。
「おいッ! 目を開けろ!」
アリアンロッドの胸はどろどろに赤く染まっている。
彼は彼女の頬をはたくが、この出血量だ、目を開くことはないと、最悪を予期した。しかし再び違和感を覚える。
彼は鉄鏃が自身に飛んでくる瞬間を見ていた。それはあくまで腰を落とした自分の上半身を貫こうとしていた。なのに撃たれたのは彼女の胸。
あの瞬間、“弾道が不自然に反れた”のを、確かに見たのだった。
ここでちょうど、ぱちっと彼女が目を開けた。
「!?」
彼はぎょっとおののいた。彼女の瞳孔が、あまりに大きく見開いている。
「ああぁ……怖かったぁ……」
胸を出血で真っ赤にしたアリアンロッドは、彼の腕の中で復活した。
「ん? これは……」
彼は彼女の破れた衣服の胸元に、ぐいっと手を入れた。
「にゃあん!!」
「鉱物……」
胸元に例の鉱石の棒板が仕込まれていた。それに鉄鏃がくっついている。これのおかげで彼女は助かったと理解した。
「なら、この血は……?」
棒板が鉄鏃を弾いたとしたら、血が出ているのはおかしい。しかも相当量だ。
「血の臭いなんてしねえな。なんなんだこれは?」
「真っ赤な悪魔の実をすりつぶした汁よ。美味なの」
「悪魔の実?? ……美味なのか。舐めていいか?」
そう舌ねぶりする彼の腕の中から即行逃げるアリアンロッドであった。
ところで、彼女が戻ってきた時に彼の覚えた違和感の正体は、どこかに消え去っていた。
「普段から何か詰め込んでたらいいんじゃないか?」
「もう! これだから中年男って!」
◇◆◇
翌日、美しく着飾ったアリアンロッドは特設舞台の袖にいた。統率者候補の貢ぎ物として、裏手に用意されている。
この地の新たな統率者は、その貢ぎ物のクオリティで選ばれるらしい。とんでもない話だが、アリアンロッドには既に口を挟む権利もない。
この舞台は柵に囲まれていて、その向こうで大衆が見物に集まっていた。審査をするのは、高く作られた壇上に悠々と座する老官だ。彼がユング王に代理を任された補佐官ということで、すぐ後ろに控える大柄な警備兵数人に守られている。
しばらく待った後、アリアンロッドの臨時ご主人ダリスの番が来た。ダリスは補佐官の面前で膝をつき、「ここいちばんの歌姫を、王陛下に献上いたします」と申し出た。その合図で貢物アリアンロッドは壇上に出る。
観客はみな目を見張った。まこと美しく飾り立てられた、まるで女神のような娘が現れたのだから。
「なぜだ!!」
そこに激しい怒りの声が割り込んできた。
「そいつは死んだはず!」
ダリスの妨害をしてくる貴族の男だった。
「それは偽物だ! あそこで優勝した女はもっと地味だったぞ! それをあれだと言って王に差し出すなら、紛れもなく虚偽罪だ!」
(無茶苦茶なこと言ってるなぁ……)
死んだと理解しているなら、あの襲撃の黒幕だと自白してるようなものだ、と、アリアンロッドは呆れてしまった。
「彼女はあの時の歌手だが。今から歌を聴けば分かるさ」
ダリスは余裕の笑みを浮かべる。
「お前は私の用意した贈り物を潰すにはご執心だったが、私の持つ、女性を美しく着飾る衣裳も道具も、眼中の外だったからな」
「くっ」
妨害男は屈辱感で最早ぐうの音も出ない。
「さぁ、三国一の歌姫の歌唱で、みなみなさまを楽園へとご案内しましょう!」