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⑥ 離れても、どうも引き合うエトセトラ

 翌朝、先に目覚めたのはアリアンロッドだった。隣でまだ眠っている彼の上着の裾から、何か小さい板のようなものが転がり落ちているのを見つけた。

「なんだろう…?」

 手に取ってみると、それは鉱石のようだ。

「ちょっと重みあるし、この触感は……」


 色は鉄と変わらないが、それではない鉱物だ。アリアンロッドは書籍で学習した程度で鉱物に詳しくないが、「これ、なんか見覚えある」と感じた。

「あっ、方位針!」

 まだ隣の彼が寝ているので、気を遣って小声を上げた。

医師(せんせい)のところで、使わせてもらったあれの針と、同じ色・質感だわ」

 これを少し高く掲げて見上げたら、なにやら持つ手が引き付けられる。その力に反発せず任せてみると、板は(くわ)の刃にくっついた。


「??」

 離そうとすれば離れる。しかしどうも謎の力で引き寄せられる。


「でもこの鍬だけ? これは鉄?」

 周りの他の農具は木でできていた。そんなところで彼が目を覚ました。


「おはよう。ねぇ、これ、あなたの袖から落ちたんだけど、何?」

 彼は寝ぼけ(まなこ)で答える。

「ん~~……。ああ、それ昨日もらったんだ」

「もらった?」

「俺のところには珍しい物が集まってくるからな。欲しけりゃやるよ」

 あくびをしながら言った。さほど大事なものでもないらしい。

 アリアンロッドは、「ああ商人だからか」と、もらっておくことにした。


 背伸びをしてようやく頭が冴えたらしい男は、立ち上がりアリアンロッドにさくっと告げる。

「じゃ、俺が先に出て囮になるから、お前はしばらく潜んでいろ」

「え? 一緒に行っちゃだめ?」

 アリアンロッドは、「ヴァルだったら“絶対俺から離れるな”って言うのに」と考えてしまった。彼に気を許したのも大きい。


「一緒に行く利点がないだろう?」

「そうだけど……」

「囮になって、どこかへ逃げながら敵を捲く。お前はしばらくここで待ってから、日が高くなった頃に帰れ」


「……待ち合わせは?」

 その問いにアリアンロッドの心細さが混じり、それをしっかり見通している彼はまたニヤける。

「お前、また俺と会いたいのか?」

「こ、こんなふうに別れたら、むずむずするでしょう?」

「なら夕方までに、あの特設舞台があった周辺の民家か小屋で落ち合おう。入り口に目印として布を巻くってことで。同時にやったら互いに待ちぼうけになるけどな」

「それでいいわ。ところで囮といっても、ひとりで出るんじゃ」

「ふたりでいるように偽装する」

 そこで小屋にある農具や折れ木、布類を使って、彼が人を負ぶっているように見せかけることにした。少々小さいが、素早く動いていたら誤魔化せるだろう。

「じゃあ行く。また会えたらいいな」

「え、ええ」


 彼は疾風のように行ってしまった。

 やはりひとりでいると心細くなる。アリアンロッドはしばらくその倉庫で、早くアンヴァルのところへ帰れるようにと祈っていた。



 それから体感1時間ほど待った後、アリアンロッドは外に出た。人々が畑で作業を進めている。

 倉庫の物を勝手に拝借してしまった負い目もあり、そこで働く者に、自分はここらの新参者で親しくなりたいので、少しの間手伝わせてほしいと申し出た。彼らはアリアンロッドの良い身なりを見て不思議に思ったが、手伝いたいというものを断る理由もなし、そこでの作業を説明した。


 しばらく手伝いに精を出していたら、農民から噂話が聞こえてきた。なにやらユング王の重臣がこの地に入ったというのだ。アリアンロッドはその人物について尋ねてみたが、それを一般の民がよく知るわけもない。

 統率者を決める催しが明日あるから、その関係者かと彼女は考えた。あまり為政者についての話をしたいとも思わなかった。


(ここはもう私たちがいなくなった世界だもの……。この地の民が変わらず暮らせているならそれでいいわ)



 作業の後、アリアンロッドは約束の場に向かった。

 街に入ったら、農婦から渡された汗拭き布を頭から被り、例の特設会場周辺を、こそこそと回っていた。


 その時、さっと前を横切る、長く綺麗な髪の紳士が、アリアンロッドの目に留まる。彼女はその後ろ姿を、見えなくなるまで見つめていた。

 通行人など普段は気に留めるものでもないが、なぜか気にかかった。その男性は、白髪の混じる髪から若者には見えなかったが、去りゆく足取りが颯爽としていて、目を引いたのである。


 そこでふと、戸口に布切れの結んである家屋が目に飛び込んできた。あの男が待っていると期待して走った。

 注意深く戸を開いてみたら、期待どおり、そこの居間のテーブルにて彼がくつろいでいる。コップで飲み干しているのは酒だろうか。

「失礼するわ」

「おお。うまく出てこれたようだな」

「おかげさまで……」

「こちらは、さっきこの辺で輩が待ち伏せていて、また追ってきたんだ。まだ近くにいるかもしれねえな」


 アリアンロッドは不毛な揉め事に疲れを感じ、うつむいた。


「あと少し日が落ちたら出るか」

「ここに居座っていいの?」

「これは空き家だ。追い立てられることもない」


 促され、彼女もそこに落ち着いたら、リンゴを1個まるごと渡される。


「ずっと倉庫に隠れていたのか?」

「少し農家の人たちの手伝いをしたわ。勝手に頂いた物の分を返せたとは思わないけど」

「そうか」


 彼がそばにいると、つい甘えたくなる自分がいる。アリアンロッドは、何でもいいから話をしていたくなった。


「明日の、統率者選出のためかしら。ユング王の配下がこの街に入ったっていう噂を聞いたのだけど、どうして王本人がここまで来て、対面して決めないのかな」


「代理で済むなら、それでいいんじゃねえか」

「とても大事なことじゃない。一地域とはいえ、権限を持つ人を決めるのよ?」


「今は動乱の時だからな。上に立つ者はてんやわんやだ。なすべきことが多くあるなら、より重要なことを自身の手足で実行する。下にやらせて済むことは下にやらせておく、理にかなってるぞ」


 彼はなかなか知った風な言い方をする。


(ああ、王というものは忙しい存在(もの)だったわね)

 国では、大聖女はあくまで国の象徴で、男系の王族と官僚が主となり政を執り行うので、多忙とは無縁なアリアンロッドである。


「じゃあユング王は今どんな重要なことをしているのかしら?」

「なんでお前がそんなこと考えるんだよ。変な女だな」

「案外自分は王宮でふんぞり返っていて、ちっとも動いていなかったりして」

 アリアンロッドは両てのひらを上にして、やれやれといった仕草をした。

「それじゃうまいとこ取りできないだろ」


 意外にも彼は、彼女の軽口に乗ってきた。


「うまいとこ取り?」

「たとえばさ、普段は下を使っていても、何かを成し遂げる瞬間や、築いた建設物の完成する瞬間は、自分の目に収めたいだろ? そこに一番乗りしたくないか?」


「したい!」

「したいよなぁ。いち早く乗り込むと、思わぬ拾い物をしたりするんだよ」

「拾い物?」


 その辺りで彼は、四方山話(よもやまばなし)も小娘相手に乗り過ぎたと気付き、喋りの調子を落とした。


「まぁ王は案外、地道な仕事を人知れず繰り返してるかもしれないぜ」

「ええ? 大胆なのか慎重なのかどっちよ」


 アリアンロッドは案外この男と話しているのが楽しかった。飄々として掴みどころのないところも、年長ならではの寛容さも気に入ったのだ。


「そろそろ外に出るか」


 うなずいて彼女は彼に付いていく。夕暮れ時になり、家路につく人々の群れに紛れ、注意深く見渡しながら滞在先に戻ることにした。人のいない場では建物の陰に隠れつつ進んでみたが、とりあえず追っ手の気配はない。


「てんで諦めそうにない奴らだったし、これはお前の目的地の前で待ち伏せしてやがるな」

「そういうことね。無事に帰らないと……」


 昨夜帰らなかったせいで、館の主ダリスは心配しているだろう。

(約束したのに歌い手(わたし)がいなくなって、落胆しているかもしれない……)


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『子爵令嬢ですが、おひとりさまの準備してます! ……お見合いですか?まぁ一度だけなら……』

 こちら商業作品公式ページへのリンクとなっております。↓ 


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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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