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⑭ 君にはまだ打ち明けないけれど 【第二部・完】

 王の寝床に辿り着いた第二夫人ラーンは、ゆっくりと歩み寄ったら、彼の傍らに膝を落としその手を取る。しかし彼は目を開けることもなく、温もりを感じるだけである。


「エール様……」


 アリアンロッドはそれを、扉に背をつけた立ち位置にて見守っている。


 ラーンは彼の手を自らの頬に寄せ、ささやいた。

「それほどお待たせいたしませんので……あちらの世でもまた、宜しくお願い申し上げます」

 アリアンロッドとしては、今度はもう突っぱねないでよ、と説教したい気分だ。しかし彼女は今ですら彼に恋をしているようで、そんな相手と番えた人生が羨ましくも思えた。



 別れの時を心ゆくまで過ごした(のち)、自宅に戻る彼女を、アリアンロッドは王宮を出たところまで見送っている。

「長らく会っていないとしても、同じ世にいるというだけでまだ……。これからは寂しくなるわね」

「ええ、寂しいですわ。……あまりに、寂しくて」


 彼女は振り向きざまにこう零した。

「遠い処にいる娘たちに、会いたくなりました……」


 彼女の目線は虚ろで、その表情に生気の欠片も浮かばない。

 彼女の代わりに、なのだろうか、アリアンロッドの目から涙がこぼれ落ちる。イナンナをここに連れてこられれば良かった。この気持ちを届ける術があったなら、と、そう夢みずにはいられなかった。





 翌日の昼頃、病床の王がふと、わずかに瞼を開けた。そのまま遠く見つめているだけで、声を発することもなかったが、アリアンロッドは嬉しかった。ディオニソスに一応連絡を入れてみるが、忙しい彼であるので、間に合うかは分からない。

「エールさん……」

 彼の手を取り、世話になったと伝える。そして──


「ディオニソス殿下とイナンナ姫と、また、他のお子様たちを、この世に生んでくれて、ありがとうございました」


 これは本来、母親に伝える言葉なのだろう。それでもアリアンロッドは溢れる感謝の気持ちを、そのような言葉にしたかった。


 その晩、王は眠りゆくままに旅立った。国を統べる王とて、いつの時世にもありふれる、ただひたすら仕事に明け暮れた、というだけの男。その男の、新たな出発である。



 しめやかに国葬が行われ、アリアンロッドの指令どおり、彼の棺は大聖女の棺の隣に納められた。

 彼は家族を愛していた。とりわけ妻を愛していただろう。それでも死後の世で、その家族ではなく、再び、同志であった大聖女の傍らにあろうとする事実に、アリアンロッドはふしぎと胸を熱くしたのだった。



 その夜、父も見送ったディオニソスが、アンヴァルを従えて酒を酌み交わしていた。

 王と王太子はほぼ初めから国を司る同士といった間柄であったが、この一時だけは、父を偲ぶただの息子でありたいディオニソスだった。


「え~~? ふたりで何やってるの~~?」

 そこに空気をまったく読まず、大聖女のおでましだ。

「私も仲間に入れてよおおお」

 実はこの大聖女も調理場からくすねて、ひとり酒を煽ってみたのだが、どうやら下戸で、妙な感じにデキ上がってしまった。


 アリアンロッドのこういった痴態も愛でてやりたいディオニソスであったが、いくら人間のできた彼でも今この時は、彼女を接待できる気分ではない。

「アリア、即位記念の周遊が3日後に迫っているが、準備は整ったかな?」

 それとなくお開きの方向に仕向ける彼だった。


「できてるよ~~! 周遊、ディオ様が一緒に行かないなんてつまらな~~い!」

「殿下も戴冠式と諸行事で忙しいんだ、仕方ないだろう」

 眉間に皺を寄せてアンヴァルがたしなめる。

「そんなことより、私にも思い出話聞かせてよ~~」

 アンヴァルはこのような彼女に、“そこらの酔っぱらいより面倒くさい…”と即刻お手上げ状態だ。そしてこの面倒な酔っぱらいは、ぞんざいに扱われて悔しくなる頃合いである。


「もう! 私を仲間外れにするんだったら、ディオ様のちょっとした秘密、ばらしちゃうわよお」

「ディオ様がご自身の秘密をお前にまで知られるような取り扱い、するわけないだろ!」

「ちょっとした秘密? なんだいそれは?」

 ディオニソスはてんで余裕そうだが──。


「あれぇ―? 聞いちゃう―? あのねぇ~~」

 アリアンロッドは立てた人差し指をくるくる回し、得意げに言い放った。


「ディオ様ってね、おへその真下にホクロがあるの! 茶色でちっちゃいボタンみたい。かわいいの!! きゃはははっ」


「…………」

「…………」


 場はいったん静まり返り────


 アンヴァルはディオニソスをバッと振り返り、その顔色を見た。

 アンヴァルの目に映るディオニソスは石化していた。

 そこでアリアンロッドはハッとする。


―――あれ? 私、どうして私がそんなこと知ってるかって話を、してないよね?


 ディオニソスがただの石になっているので、アンヴァルは正面を向き直し、またちびちびと呑み始めた。


────ってことは、もしかしてもしかするともしかしなくても、なんだか私、“痴女”じゃない……?


 当のアリアンロッドはもう少し考えてみることに。そこに誰一人として「それ外で言わない方がいいよ」と教えてくれる親切な人がいないので、彼女は自分で気付かなくてはならない。


―――つまり、ひょっとしてひょっとするとひょっとしなくてもコレ、自分で痴女だって言ってるようなものじゃない!?


「え、えっと……」

 相変わらずディオニソスは石だし、アンヴァルは「なんか詩でも詠んでみようかなぁ」なんて窓際にスタスタと寄り、外の風景を眺め出した。

 アリアンロッドが、ちゃんと最初から説明しなくては、と気付いたところで、彼らに話を聞き入れる余地はないようだ。


「あ、あの、違うの! 私、無抵抗のディオ様のそれを見たわけじゃなくて! あっ、無抵抗だったけど、見たのも本当だけど、で、でも違うの!」


 彼女は真っ赤になっているが、ようやく酔いから醒めた。醒めたのが正解かは誰にも分からない。


「違うんだってば! 聞いてっ、ねえ、聞いてよ──!!」


 ディオニソスはずっと石化したままなので、その弁明が聞き入れられたのは翌朝となった。





◇◆◇



「アリア、こっちだ」

 明後日の朝には周遊に出るというこの日の夕方、アンヴァルがアリアンロッドを庭園の奥に、呼び出していた。


「……だからね、今のディオ様に対して私が痴女行為に及んだ、というのは誤解であって……」

 王宮庭園の中でもめったに人の立ち入らない、小路を進むアンヴァルについていく彼女は、いまだ弁解中だ。


「言い訳はもういいよ」

「言い訳って! やってないってば!」

「ここだ」

 そこは大聖女の住まいの裏庭にしては、簡素な植え込み囲まれた、小屋の戸の前であった。

 アリアンロッドは少々、“けもの”の匂いを感じた。


「この中には、何が?」


 その小屋の戸を開けるという時、アンヴァルはアリアンロッドの方を見ずに言った。

「お前に渡したいものがあるんだ」

「?」



 扉が開き、アリアンロッドの目に飛び込んできたのは、格子窓から差す細い光の模様を、滑らかな身体に浮かばせた、凛々しい一頭の白馬であった。

「…………」

 アリアンロッドは言葉もなしに、前進した。


「この子……」

「先代大聖女から賜ったんだが……。俺は、馬にそんなこだわりはないし、だから以前の、医師を連れてきてくれた礼ってことでさ。お前、欲しいものいつまでたっても言わないし、もう忘れてんだと思って、だから、この馬を……」


 大きく見開いた瞳で、アリアンロッドは優しい目をしたその馬を、じっと見つめる。


「大聖女の位に就いたお前に、ふさわしい美馬だろう?」

「あり、が、とう……」

「まぁ大聖女になったんだから、もう気軽に外へは出られないけどな。……って、え、あっ……!」


 アンヴァルが言葉を掛けた瞬間、アリアンロッドは彼に思い切り飛びつき、ふたりして倒れ込んだ。

 干し草の敷かれた地面とは言え、アンヴァルは突然身体を打ち付けられ、まったく災難であった。


「痛って……っあっのなぁ……お前いつも急……」

 後ろ頭を撫でながら彼は起き上がろうとするが、

「!??」

上に乗っかったアリアンロッドに、今度は肩まで押し倒された。


「ありがとう……!!」

 アンヴァルの目に映る彼女の顔は、期待していたよりずっとほころんでいる。


「私、すっかり失念してた。侍従も侍女も大聖女の道連れにしてはいけないって、人間(ひと)の話だけで、動物のこと忘れてたの!」

 彼の脇の間に腕を立て、アリアンロッドは馬を見上げた。

「この子はきっと連れていかれてた。だってお母様の宝だもの。ヴァルの子にしておいてくれてありがとう!!」

 はちきれんばかりの笑顔を彼女は、彼に向ける。それを受けて、

「もうお前の子だよ」

 彼の指がとても自然に、彼女の頬をむにゅっと摘まむ。


 アリアンロッドは心の底から嬉しくて、仰向けの彼の肩で泣き始めた。

「おい、離れないと。こんなとこ誰かに見られたら、また誤解される……」

「誰も来ないって言ったじゃない。馬には見られてるけど……だめ?」

「……さぁ?」


 このところ掻き集めた様々な思いが混ざり合い、それが胸を駆け巡り、まだまだ泣き足りないアリアンロッドは、しばらくアンヴァルの上を陣取ることにした。





 ひとまず涙がおさまった頃、彼女は彼の肩に頭を乗せたまま聞いた。

「お母様がタダでこんな大事なものくれるわけないよね。何か無茶苦茶な要求を、あなたに出したんじゃないの?」

「んー、まぁひとつ(めい)は下されたけど」

「何?」

 アリアンロッドは少し頭を上げて、興味深そうに尋ねる。


「通常業務に毛が生えたくらいのものだった」

「そうなの?」

 あのお母様が? と彼女は釈然としない様子。


「言われなくても自分からやりたいって思うことだから、タダでいただいたようなものだ」

 そう言いながら彼は、彼女の頭に手を添え、その輝く銀色の長い髪をぐしゃぐしゃっとする。


「ヴァル、仕事大好きだよね」

「まぁ、部屋でただ寝ていたいって思う時もあるけどな。それよりお前、いいかげん重いよ」

「私が重いんじゃなくて、この衣裳が重いのよ」


 重いアリアンロッドがいつになったらそこをどいたのか、当事者以外では、それを上から眺める白馬しか、知る由もない。



 あくる日、この大聖女と側近は久々の遠出、大聖女お披露目の周遊へと出立した。


 それが無事に終わるのかは、今のところやはり、神のみぞ知る、ということで────。



第七章、お読みくださいましてありがとうございました。

ここまでが第二部で、聖女編の幕が下ります。

どうぞ続けてお読みいただけますよう、切に祈りつつ…(。˘ㅅ˘)

ご感想、常時お待ちしております!


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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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