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① 軍師の手紙

 和議の館から帰還して一月が経とうとしていた。隣国に潜伏する密偵の報告によると、案の定、和議が決裂したことで、あちらの中央政権では、強襲の支度が始まっているということだ。王宮はその応戦のため紛糾した。





大聖女様(おかあさま)を次の戦場に!? 連れていくってなに!?」

「お、落ち着いてください。聖女アリアンロッド様……」


 この日、国の軍隊の総指揮を担う軍事官長の息子・イーグルが、アリアンロッドの元へアンヴァルと共に参じた。

 イーグルの報告の中身は、昨日、軍事官長が下した決定についてだ。

 決定から間を置かず、軍事官長のほうから大聖女に、戦場への名誉参戦をお願いに上がったという。

「実は、これは我が軍のストラテジストからの要望です。こたびの戦いは、こちらにとっては防衛戦、しかし勝率は十分に高いものです。なぜなら連戦続きの敵国(あちら)はまだ、戦力の補充が十分ではないから」


 つらつらと滑らかなイーグルの説明に区切りはついたが、アリアンロッドはどうも混乱している。


「ちょっと待って。順を追って聞きたいのだけど。まず、“ストラテジスト”って?」

「ああ、そこからですよね」

 指先で額を押さえた彼女に、彼は説明を続ける。


 歴代の軍事官長にはストラテジストと呼ばれる、いくつかに分けられた軍隊の長とはまた別の、副官のような人材が充てがわれる。今日日(きょうび)大きな戦はなかったので、それといえば官長付き事務官のようなものだった。


「そういう役目の人がいたんだ……知らなかった」

「現在のストラテジストはその役職に就いてからというもの、軍部の放つ密偵とはまた別に、彼の厳選した子飼いの者を更に遠くへと派遣していました」

「用意周到な人なのね」


 このストラテジストの言では、“こたびの勝利をより盤石にするため、神の加護を受けたい。大聖女には戦場にて兵士らを鼓舞して欲しい”、ということだ。

 かつて、この大地には権威を奪い合って争いを繰り返し、疲弊する男たちがいた。そこにひとりの聖女が降り立ち、男の無益な争いを収束させたと、国では言い伝えられている。それが初代大聖女となり王国が成り立った。聖女は戦場におわしてこそ真骨頂なのだと、この国の者は信じている。


 アリアンロッドは固唾を呑んだ。


「そんな、危ないわ。止めてください。勝てる戦なんでしょう?」

「王陛下もそうおっしゃいますが。大聖女様はご参戦なさるとのことです」

「ええ……?」


 大聖女はのたまった。国を安寧へと導くための大聖女なのだ。国を守ることを放棄し、我が身を守るため隠れているだけの大聖女に、何の意味があろうと。

 

「それはそうだけど……」

「勝てる戦であるのなら、陣営の最奥におられれば危険はございません。しかし大聖女様の鼓舞というものは、兵士にとって最強の武器なのですよ」

 そこでイーグルは手荷物から書簡を取り出した。どうやらアリアンロッド宛の手紙のようだ。

「ストラテジストから、あなた様へ」

「?」

 アリアンロッドはいったんそれを受け取るが、釈然としないことがある。


「待って。なんで手紙?」

「なんでと言いますと?」

「私に直接話しに来ればいいじゃない?」

「ああ……」

 彼は、そうだよね。といった顔だ。


「彼は我が父……軍事官長に、徹底して囲われているのです」

「……!」

 アリアンロッドの頭上に大きく「囲」という文字が浮かび上がった。


「まぁ、参謀とはおいそれと表舞台に出てこないもの……ではあるが」

 しばらく聞き役に徹していたアンヴァルがようやく口を開いた。なぜならアリアンロッドが不要な妄想を始めるだろうから。


「どういう人なの、ヴァル?」

「俺も実は会ったことがないんだよな」

「えっ? ディオ様の近衛なのに? 1度も? 徹底しすぎてない? その人、そんなに大事にされているの?」

「考えすぎるな」

「えっ何も考えてないわよ? 実は男女のコトでもよく分かってないのに、男と男のコトなんて考えられるわけないでしょう?」

 ずいぶんぺらぺらと早口なアリアンロッドだ。

 男ふたりは「やっぱり考えてる……」と表情無くして彼女を見た。


「私ですら、まれに顔を合わせる機会があるくらいです。今回のような」

 イーグルは彼女に手紙を読むことをさらりと勧める。

「ねぇ、やっぱり、その人……き、きれいな男の人なの?」

 顔を赤らめたアリアンロッドは分かりやすく何かを期待している。

「え、ええ……そうですね、きれいな男です」

「いいから読め」

 アンヴァルの表情は真剣に苦虫を噛み潰した様だ。アリアンロッドは大人しく余計な話題を終え、それに目を通し始めた。


 ストラテジストは今日までの隣国のユング王の戦歴や、密偵からの情報などを統合し、このたびの戦を先導しているのはユング王ではないとした。

 鷹揚自若なユング王は体面などよりも、もうしばらく戦力を整えることに注力すると考える(たち)である。今回に限り、首謀者は過激派の家臣の組だ。さすがの王も領土が大きくなり軍閥の幅が広がるにつれ、統率に苦心する面も出てきた模様。しかしどのような結果も、あの王は利用するだろう、などとストラテジストは手紙で語る。


「ヴァル、イーグル……私、これを自室で、ひとりで読んでいいかしら?」


 イーグルは構わないと即答した。アンヴァルは無言だった。それを彼女は強引に可とし、ふたりを置いて去っていった。




 自室に戻ったアリアンロッドはまたそれを開く。ストラテジストは手紙の上で続ける。


────今回においては勝てる戦いだ。しかし今後はそうもいかないだろう。何人(なんびと)とも逆らえない、時代の流れというものがある。


 その上で────


“あなた様はこれからのこの地を、いかようにされたいですか? あなた様のお望みの未来へと向かうよう、私に手助けできることはございますでしょうか。もし私を必要とされるのでしたら、いつ何時でも馳せ参じます”


 最後まで読み終えたアリアンロッドは奥歯を噛みしめ、手紙を閉じたら、少しのあいだ身動き取れずにいた。


(予言の力なんてなくても、分かる人には分かるんじゃない──……)


 しかし、まずは来たる戦いについて、考えなくてはならない。

 ひとつ気にかかっていたことがある。以前、未来の地に降り立った時、エルヴィラと医師見習いの娘はアリアンロッドを「大聖女」と呼んだ。

 会話の内容が衝撃的だったので、その時はそこに気を回している余裕がなかった。

 これはつまり、例の最終決戦の時点で代替わりしていたということだ。

 ということは────、ここでアリアンロッドは首を左右に振り、思考をかき消すのだった。

(自分の目で見たものでなければ真実とは決まっていない。民に事実を流布しているとも限らないのだし。)


 たいてい新大聖女の即位は先代の崩御と同時だが、国記上、大聖女が存命のまま代替わりした例もある。今は有事の際だ、情報の攪乱を目的とすることもあり得るだろう。


 しかし、今のアリアンロッドには虫の知らせが聴こえるのか、どうしても大聖女に従軍して欲しくなかった。


――――そうだ。私が代わりに行けばいいのだわ! だって、私にだって聖なる血が流れているのだし、私は最終決戦まで生きていることが確定してるのだもの。


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『子爵令嬢ですが、おひとりさまの準備してます! ……お見合いですか?まぁ一度だけなら……』

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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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