⑥ 探すのをやめたとき見つかることもよくある話で
──ガチャリ。
アリアンロッドが厨房の扉を開けようとしたら、向こう側からそれは開いた。
「あら、失礼」
メイドがひとり、そそくさと出ていったのだった。中では侍女・クローバーが片付けを始めている。アリアンロッドはまず使用人らの状況を尋ねた。
「何かあったの?」
「なんかねー、あたしたちもうあんまり仕事ないみたいで、休んでていいって」
「そうなの?」
「ご主人様とイナ様がケンカしたんだってよ。もうイナ様からの指令が出ないんだとか。客人も来てないみたいだし」
「ケンカ、ねぇ……うん」
今イナンナはあちら側の切り札として、書斎に軟禁されている頃だ。
クローバーは洗濯も終えたので、あとは主の夕食さえ用意しておけば良いと言う。ふたりはつまみ食いを始めた。
「ねぇ、ミツバは伝説の武器のこと知ってる?」
「ああ、離れに飾ってあるやつ?」
「そうそう、武器が3種あるってことは?」
「知ってるよ。うちらの誰かが飾っておけって言いつけられてたの見てたもん」
「上からの指示? 誰がやったの?」
誰だったかなぁ、と記憶を辿りながら彼女はクルミを頬張った。
「今、離れにいる同僚の誰かだけど、3か所に分けて飾っておくように言われてて。言い伝えでさ、3つを一緒に置いておくと武器が夜な夜なケンカするんだって」
「へぇっ?」
武器に宿る悪霊を想像した、アリアンロッドの身の毛がよだつ。
「で、クローバーはどこにあるか知ってる!?」
「ええと、書斎でしょ? あぁ、離れには2室しかないから、ひとつはこちら側か」
こんなことでやたら真顔なアリアンロッドに、クローバーは困惑している様子だ。
「ところで、もうひとつって何の武器?」
「あたしも知らない。見てないし。……あ、思い出した! その武器ね、他のより綺麗だから、人目に付かない処に持っていこうって話してた。飾り物なのに変なのって、あたし思ったから……」
「まぁ、芸術品としてなら綺麗なほうがいいけど、本来は武器だものね?」
「下手に手に取って壊そうものなら、屋敷中が呪われて大変なことに、って話だった!」
鎌もおたくの主に振り回されていたけど……。とアリアンロッドは思った。
「ちょっと私、行ってくるね」
まずまずの手応えを感じたアリアンロッドは、アンヴァルのところへ向かった。クローバーはここでやっと、「あれ? あの子、もしかして全然仕事してない……?」と気付く。しかし、まぁいっか。と見逃すことにした。
アリアンロッドは上階でアンヴァルを捕まえると、直ちに「人目に付かない処」について報告する。
「どういうことだ、それは?」
「最初から探し直しかな。あ、人目に付かないって、もしかして屋敷の外側に飾られてるんじゃ? 天井に張り付けてあるとか」
胡坐を掻いて考え込むアンヴァルに、アリアンロッドは身を乗り出して、期待の目線を向ける。
「外側だと野ざらしと同じじゃないか。他には、天井から吊るされる飾り方なら、ないとは言えないな」
アリアンロッドが真剣に迫ってくるので、アンヴァルは照れくさくて身を捩り、彼女から顔を背けた。
「地道にまた全部見てまわろう。暗くなったら制限時間だ、諦めろよ。俺は早朝からやることがあるんだからな」
「夜は寝たいしね。暗くなったら、また拠点で」
アリアンロッドは屋敷の外周を見て回り、1、2階も隅々まで、隠し扉がないかも確かめた。棚のある部屋は置かれている物すべてを確認し、室内、廊下の天井も見上げた。
くまなく探したはずだが収穫はなし、といった頃、辺りは暗くなり始める。西日の強い夕暮れ時だ。
(そういえば、厨房はそれほど見てないか……)
最後のチェックへ向かう。
「あら、どうしたの?」
調理場に入ったら、今回のクローバーは小さい灯りを持ち、机の周囲をうろうろしていた。
「塩の入った袋が見つからないんだ。どこにしまったっけなぁ。明るいうちに探しておけば良かったな」
「一緒に探すわ」
アリアンロッドは「もう、探しものばっかり」と苦笑いをする。その時、何かむにゃっとしたものを踏んだ。
「やだ、落ちてたわよ。塩袋」
拾ったら埃を払い、手渡した。
「えっ。もう、ロウソク付けたのに見えてなかったよ」
「足元は照らしてくれないのよね」
くすくすと笑うアリアンロッドに、彼女はもう休むと言った。
「じゃあ、その灯りちょうだい」
「何かやることあるの?」
「うん、ちょっと」
しかし結局ここでも何も見つからず、アリアンロッドは拠点に戻った。
入室したらアンヴァルが既に寝ていた。彼は翌朝早いので、寝るのも準備だ。その隣にアリアンロッドも寝転んで、
「燈台元暗し、か……」
まだ自分たちの気付いていない、どこかがあるのだろうと考えを巡らすが、すぐに寝入ってしまった。
夜明け前、アリアンロッドがむにゃ…と目を覚ますと、アンヴァルは暗がりの中で活動を始めていた。
ランプの細い明かりに照らされるアンヴァルは、すでに女官服を着込み、髪も結ってある。鏡台の前に腰掛けて、これから化粧を施すというところだ。
彼は元がやや女顔であるので、それほど塗りこまなくても女性用の装着だけで、女官であると言って差し支えない。
「起きたか? 金庫はさっき、あちら側に行く扉の手前に堂々と置いてきた」
「ああ、ありがとう……」
寝ぼけ眼のアリアンロッドはぼうっと、アンヴァルの手作業を眺めていたのだが、少しして気が付いた。アンヴァルの化粧をする手が機敏なことに。
「あれ? ヴァル、自分でお化粧してるの?」
「? ああ。自分じゃなきゃ誰がしてるんだ? 精霊か、亡霊か?」
「だって……え、その女用のお化粧、どうして……」
彼は手際よく自らの顔に紅を差していく。
「ああ……アマリリスに習った」
「歌姫に? そうなの? ……なんで? わざわざ?」
「だってお前、できないだろ?」
「…………」
アリアンロッドはしばし固まった。
そうなのだ。彼女は自分で化粧をしたことがない。聖女が駆り出される儀式の時は、侍女がささっとやってしまうのだ。
これにはもう、女としてとことん無能で役立たずな気がして、情けなさでアリアンロッドは身悶えた。
「そんなのいつの間に……聞いてないよ? 彼女、話題にしそうなものなのに」
「あいつの滞在最後の夜だったからな、王宮の誰にも知られてないはずだ」
彼が彼女に頼むことを思いついたのは、その最後の日だったわけだが、ちょうど良かった。こんな事を言いふらされて周知の事実となったら、ろくなことがない。
「夜?」
「ああ、一晩かけてみっちりと。そうでなきゃ衣服を着るのはともかく、髪結い化粧まで覚えられない」
「朝まで、ふたりきりで?」
「……なんだその言い方。朝まで教わってたし、ちゃんと報酬も出したぞ」
「彼女を買ったの?」
「だから何なんだその言い方は!」
アリアンロッドは化粧も完成しつつあるアンヴァルに膝で歩み寄った。
「だって、名目は化粧指導だとしても、ローズはこんなこと言いそうじゃない」
そして彼の、紅の乗った女顔を両手で、自身へと振り向かせて。
「夜明けまでまだしばらくありますから、それまで私のこと好きにして?」
「…………」
「とかなんとか──」