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② 初めての一人旅

 なんとかディオニソスを言いくるめた末に、アリアンロッドはアンヴァルを連れ、まずは馬車に乗って薬師マクリールの住む山へ出かけた。麓からは自身で騎乗し、山頂へアプローチする予定だ。


「で、今回は何を買おうと思っているんだ?」

「近々紛争が起こることを踏まえて、兵士たちの心身に良い影響を与える薬とか、あの館でイナンナの負う傷害に対応する薬とか。他にも、いろいろと必要な物があるよね、これから」


「イナンナに関しては、あの時の俺にクロスボウを撃たせなければいいんじゃないか?」

「運命は変えられない、もう分かってるでしょ。私たちが未来で、この目で見たことは確実に起こること。私たちにできるのはそれを見て、未知の部分がより良い結果になるよう動くことだけ」

「そうだな。予言って本来そういうものだよな」



 そして馬でなだらかな山道(コース)を駆け、マクリールの屋敷に着いた。

 奥に通された途端、マクリールが不遜な表情で、

「幸せになる薬を開発改良した」

と豪語してきたので、アリアンロッドは

「買います! 買います!! 私だって幸せになりたいの!!」

と予算のコイン全てを持ち出して即決だった。


 アンヴァルは、いろいろ必要だと言っていたのはなんだったんだ……、と絶句した。


 マクリールは茶を出しながら問う。

「時に、人にとっての幸せとはなんだと思う?」

「うーん。家族円満、子孫繁栄かしら」

 ここでマクリールは、そのあどけない顔立ちに造詣深さを讃え、アリアンロッドに彼の研究のテーマを発表する。

「それももちろん大事なことだが、私はやはり、個人の幸せとは健康長寿だと思う」

「そうね。だけど今のところそれは当たり前だから、あまり実感はないわね」

「その若さならそうだろうな。しかし失って初めて気付くのだ、健康の有難さというものは」

「って、マクリール、あなたはいくつなのよ?」


 ともかく、マクリールの“幸せになれる薬”とは、そこに重点を置いたものだという。

「心も身体も健やかでいられる薬、なんてあったらいいと思って作ってみたんだ」

「いいと思う!」

 アリアンロッドはうんうんと頷いている。


「なぁ、兵士に良い影響の薬は……」

 アンヴァルはアリアンロッドの口からそれを聞いた時、彼女が兵士たちを気にかけてくれるのかと少々嬉しかったというのに。どうもアリアンロッドはすっかり忘れていた。

「ああ、そうそう。ねえ、マクリール。戦場などで、緊張状態にある兵士が精神を安らげる薬ってないかしら?」


「それなら、この“幸せになる薬”がちょうどいい。これは2種類あってな、ひとつが、徐々に幸せになる薬」

 彼はふたつの瓶を差し出した。片方が茶色の瓶、もう片方が濃紺色の瓶だ。


「もうひとつは?」

「すぐに幸せになる薬」

 アリアンロッドは眉をひそめた。すぐに効果のある方がいいのでは、と疑問に思ったからだ。

 彼女の不思議がる仕草を横目に入れ、マクリールは更に説明を続けた。

「効果の強い薬ほど、副作用も強い。代償もあるということだ。だが兵士が戦場で使うというなら、強い薬の方だろうな」

「代償……?」

 アリアンロッドは少し物怖じした。


「そりゃ薬と毒は表裏一体さ。だから用法を守って正しく使おう、薬は」


 マクリールの表情は、なに当然のことを言わせるのだ、といった様子だ。薬の使用法の細かな説明を受け、また他の薬の相談、注文をしたら、軽食をいただき、そこを発った。




「この薬、煎じて飲むのがいいらしいのだけど、戦場で使うなら、葉巻にして吸うのが便利よね」

 ふたりは会話を交わしながら、馬で緩やかに山を下っている。


「ああぁ……」

 たった今、アリアンロッドは自分の身体の妙な異変に気付いた。


「ん、どうかしたか?」

「あれが、きちゃった……」

「神隠しか!?」

 馬上でアンヴァルがアリアンロッドの表情かおを覗き込む。強風を感じる時のような慌てぶりはない。表情がやたらげんなりしている。

「それじゃなくて。……月のもの、が……」

「へ?」


 この不測の事態に、山道からしばし外れ、アンヴァルは2頭の馬と休憩。アリアンロッドは藪の中に入り、摘んだ綿花を使って対処していた。

 しばらく時を費やしアリアンロッドがなんとか手当も終え、そばに置いておいた瓶を担いだ時だった。身震いするほど冷たい風に晒されて、彼女は呼び声を上げる。


「ヴァル――!!」

「!? アリア?」

「あれがっ、今度こそっあれっ……」


 アンヴァルは彼女に向かい駆け出した。そしてその手前の藪を突き抜けようとした瞬間、ぴたりと止まって叫ぶのだった。

「俺っ、今、そっちへ行っていいのか!?」

「いいから!! 早く!! 身体が動か……」


 返事を聞くや否や、さっと藪をかき分け、アンヴァルの半身が向こう側へ抜け出た。しかしその視界に、彼女の姿はもうなかった。

「あ、ああ……」

 腰を落として項垂れるアンヴァルを心配して、2頭の馬も藪の向こうから頭を突き出してきた。



 

◇◆◇

 

「ここは、どこ? 暗い……。水の匂い?」


 アリアンロッドが目を開けたら、そこはまだ薄明の川岸であった。

 だんだん白み始める東のほうを振り返ると、明けの明星が輝いている。

 まもなく徐々に明るくなってきて、周りを注意深く見渡したら、近くに人の気配を感じた。同時にそこにいる者も、アリアンロッドに気付いたようだ。


 ふたり、いや3人か、と認識し、アリアンロッドは彼らに接近する。

「お、お願いです……誰にも言わないでください!」

「えっ?」

「この子のことは……私たちのことは。お願いですから」

 目を凝らすと、若い男女がこの川沿いで、体格のほっそりした子どもの身体を拭いているようだ。

「えっと、私、旅の者で、ここに来たばかりで……」

 男女は顔を見合わせている。

「あの、ここで何を?」

 そうアリアンロッドが問いかけた時、ろくに衣服を纏わない、その子どもの様子が一変した。

「うっ、ううっ」

 呼吸が苦しくなったようで、悶え始めたのだった。

 彼らは焦り、女のほうが子どもを抱きしめ背中をさするのだが、どうにもならない。

 アリアンロッドもこの切迫した事態に唾を呑み込み、声を張り上げた。

「あ、あの、私、薬を持ってるから湯を用意して!」



 彼らの家屋に案内されたアリアンロッドは、即効性のある濃紺色の瓶の薬を使おうかと迷ったが、考えた末に、もう片方の瓶のものを煎じた。

 マクリールに、これは朝日を浴びながら飲むと良いと聞いたので、指示通りにやってみる。

 悶える少女には「とても良く効く薬だから」と何度も言って聞かせたが、アリアンロッドにとっては祈る気持ちでもあった。

 その場はそれで、少女の呼吸もなんとか落ち着いたのだった。


「これは、一度飲んだだけではダメなの。続けて毎朝、日の光を浴びながら飲めば、身体が丈夫になるから。とても評判のいい薬師の調合薬なのよ」

「ありがとうございます……。あの、親切にしていただいて……」


 彼女はその子の母にしては若すぎる、アリアンロッドと同じ年頃の娘だった。とりあえず子どもが落ち着いたことには安心したが、どうやらまだ戸惑っている様子で、そこにアリアンロッドは頼み込む。

「あの、代わりと言ってはなんなのだけど、麻布を、できるだけもらえないかしら……。お古で構わないので……」

「?」


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『子爵令嬢ですが、おひとりさまの準備してます! ……お見合いですか?まぁ一度だけなら……』

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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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