⑩ なにもしてないのに?
翌朝、アリアンロッドとアンヴァルは寝坊した。
朝から精力的に働くフレイヤのところに顔を出したら、ユンは昨夜主従の約束を交わした男に誘われ、散歩に行ったと話す。
「本当にあの人は信頼できるの……?」
「ちょっと見にいくか」
しばらくそこらを周ってみたら、林を抜けたところで丸太に座り揚々と語り合う彼らを見つけた。
「ヴァル、あそこあそこ」
邪魔をするのもなんなので、林の奥からひそかに様子を窺うことに。
「明るい声……ずいぶん楽しそうね」
「意気投合しているようだな」
「ということは……」
彼を連れてユンは旅立つのだろうかと思いを馳せる。
そして彼らは腰をあげ、山への道を行き始めた。
「あ、山へ行くのかな。フレイのところ?」
アリアンロッドがそれを追うため林を出ようとした。
「へっ!?」
そこで何を踏んだのか、つるっと滑ってすっ転んだ。
「おい、お前本当によく転ぶな」
アンヴァルは呆れながら彼女に歩み寄る。そして起き上がろうと仰向けになった彼女の、
「あ、そこ、滑……」
この言葉を聞くと同時にやはりつるっと滑り、彼女に覆いかぶさるように転げるのだった。
「「いっっった!!」」
同じところに着地するのだから、思いっきり頭と頭をぶつけるわけだ。互いに火花が散った瞬間だった。
「「~~~~~~」」
しばらくふたりは重なり倒れたまま、声にならない声を上げる。
「わ、悪い、大丈夫か?」
まずアンヴァルがなんとか正気に戻り、肩だけ起こしたら彼女を気遣う言葉をかけた。
「だい、じょう……ぶ……おもい……」
アリアンロッドは目を開けつつ返事をする。痛みが少し和らいだら、今度は自分に乗っかっている彼の重さがツラい。
そこでふたりは目をぱっと開けた。
「「!」」
アリアンロッドのごく目の前にアンヴァルの顔が。
アンヴァルのごく目の前にアリアンロッドの顔が。
アリアンロッドが逃げようにもアンヴァルに組み敷かれているせいで退路がない。
それ以前にアリアンロッドの思考回路が停止していて逃げるなんて考えも及ばない。
もちろんアンヴァルも思考停止しているのでそこをどこうなんて考えも及ばない。
「…………」
「…………」
それはどのくらいの間だっただろうか。
「あっ」
ふやけた声を上げたのはアリアンロッドだった。
「えっ?」
このアンヴァルの上擦った「えっ?」の後に続く言葉は、「俺、まだ何もしてない……」だが、声にならず。
なぜなら、同時にアリアンロッドが彼の両肩を両手でがしっと掴んだから。
「あれが……きた!」
「あれ?」
アリアンロッドは固く目を閉じて彼の背中に手を回し、しがみついた。
「!!」
こうしてふたりは、誰に挨拶することもなく、そこから飛び去ることになったのだった。
◇◆◇
アリアンロッドはゆっくりと目を開けた。するとそこには天蓋がある。
「……あっ」
自分の状況に気付き、アンヴァルにしがみついていた手を勢いよく離した。
「ヴァル、重い」
そこで彼も我に返り、ふかふかのベッドに二の腕を立てて、起き上がろうとすると。
「あ、ごめ……。!」
再び至近距離で目が合って、またもや彼は固まってしまう。
アリアンロッドも言葉が出ない。この短時間で2度も汗が大量噴出する衝撃を受けたふたりだった。
その時、扉を開き入ってくる人の気配がしたので、そのまま両人揃って、ばっと振り向いた。
「私の寝床で何をしているんだ、そこの狼藉者ふたり組?」
ふたりは目を見張る。
「ディオ様……。まさかここは」
「殿下の寝室?」
「しかもディオ様のベッド?」
ほどなくこの事態に気付いてしまったアリアンロッドは、
「うおっ」
とっさにアンヴァルを突きとばし、ディオニソスの元へ駆け寄った。
「な、なにもしてないっ。なんっにもやましいことはっ」
手を振り首を振り、弁解に力を注ぐ。
なぜだろう、本当のことを言っているのに、アリアンロッドのそれはものすごく嘘っぽい。
ディオニソスはその様子を、冷たい目でじっと見つめた。
「やはり君は王宮から出ないほうがいい。きっとろくなことをしない」
「そんなぁ!」
突きとばされたアンヴァルは、それを横目に見ながら起き上がった。
「ディオ様、私ほんとうにあなたを裏切るようなことしてないのっ。あっちで話しましょう!」
「別に君がどこの男とどんな遊びに興じていようと神に背く行為でなければ私に気兼ねすることはない。だが、君が危なっかしすぎて私の目の届かないところに向かわせるのは金輪際……」
「なんでそんな言い方をするのディオ様! やっぱり私の不貞行為だって言いたいの!?」
痴話げんかしながらふたりは出ていった。
それをぼーっと眺める巻き込まれ体質のアンヴァルは、また大きな溜め息をつくのであった。
第3章、お読みくださりありがとうございました。
章ゲストヒーロー・ユンに挨拶もせず、アリアは国に帰ってしまいましたが…
ユン少年の再登場を楽しみにしていただけましたら幸いです。