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⑥ 作戦会議

 フレイヤの動悸が落ち着いてきた頃、微かな呼び声が聞こえてきて、アリアンロッドも居場所を知らせるために大声を上げた。


「フレイヤ!」

 最初に飛び込んできたのはユンだった。

「大丈夫か!? 何があった?」

 彼はアリアンロッドからフレイヤをさっと取り上げる。


「えっと、熊に襲われかけて……」

「熊?」

 ユンは苛立ちを隠さない。


「こいつフレイヤの声が聞こえるって、ここらで駆け回ってたんだ。俺には聞こえてこなかったんだが。信じられない地獄耳だよ」

と、アンヴァルもユンの後を追いかけて、戻ってきた。


「大丈夫よ……アリーが助けてくれたの」

「変だな、この辺は獣が出ることはまずないのに」

「そうなのか?」

「ああ、獣の苦手な匂いがあっちにあってな。そこを飛び越えてくるとは、よっぽど目当ての何かがない限り、ない」


 この会話を聞いて、アリアンロッドは何かを察した。

 そんな彼女の、におい? あれ、もしかして? という表情を見つけ、アンヴァルは問いただす。


「お前、その肩にかけてる、たすきで運んでた瓶?だったよな、あれどうした?」

「あれは、(カラ)になったのであっちに置いてある……」

「まさかそれをフレイヤに食わせたんじゃないだろうな?」

「そんな、食わせてない。……飲ませたけど」

「…………」


 アンヴァルは怒った。どうしてこうも考えなしなのか、と。

 アリアンロッドは小さな声で「だって犬だけだと思ったから……」と言い訳したが、聞いてもらえるわけもなかった。


 そこでユンがふたりのやり取りの説明を求める。

 アリアンロッドは、匂いで動物に人の居場所を気付かせる効果の蜜について打ち明けた。


「ってことは、お前のせいじゃないか!」


 ユンも怒った。しかしその非難をよく聞くと、いかにフレイヤが可愛くてよくできた女かということを復唱しているところもあり、恥ずかしくなったフレイヤ本人に止められた。


「アリーは助けてくれたんだから、落ち着いて」

「原因作った張本人なんだから当然だ! それも万一遅れてたらどうなってたよ!」


 さんざん怒ったユンは一応落ち着いたのか、少し何かを考え始めた。


「獣ならなんでも呼び寄せるのか?」

「鼻の利く犬がそれを食べた人間を探し当てる、と聞いていた代物だが、人より嗅覚の鋭い獣ならなんでも呼び寄せてしまいそうだな。こいつは携帯食として使いたがってるんだが」

 たくさん怒られてしょぼくれているアリアンロッドに代わり、アンヴァルが説明した。


「あのとき持ってた瓶の中身だな。それ、まだ残ってるのか?」

「ん? 今日持ってきたのは一部だから、まだけっこうあるけど」


 どうやらユンは興味を持ったらしい。

「残り全部よこせ。そしたらフレイヤを危ない目に合わせたことは水に流してやる」


 なんでそんなに偉そうなの、とアリアンロッドは悔しく思うが、文句の言える立場では決してないので。


「分かりました……」

 大人しく従うことにした。




 その夕暮れ時、ユンが倉庫在住のふたりの元に、蜜を回収しにやってきた。


「ここに置いてもらってる限りは食事にありつけるから構わないけど、いったい何に使うつもり?」


 戸口で瓶を受け取ったユンはニヤリとする。

「俺は決めた。敵討ちを決行する」

「え?」

「次の満月の晩だ」


 アンヴァルも聞き耳を立てている。


「えっと、あと5日?」

 アリアンロッドは固唾(かたず)を呑んだ。


「そうだ。奴らの根城を襲撃する」

「敵陣に乗り込むの?」

「元俺んちだ。勝手知ったる俺の家」

「なら私も行く。女装して不意打ちするのでしょ? 私は本物の女だもの」


 ユンはその言葉にまったく驚きを見せない。勝気な笑みを浮かべたままでいる。

 アンヴァルももはや焦りはしないが、一度は止めなくてはならない。ふたりのところに割りこんで宣言するのだった。


「お前の出番は俺がぶんどる」

「ヴァル?」

「俺のが使えるからな」


「……そうか。今日は特に疲れただろ? お前もいちいち外に出てないで、仲良く寝ろよ」

 そう茶化すとユンは瓶を彼の倉庫に運ぶため、行ってしまった。


「本当に10くらいの子とは思えないわね」

「本当に生意気だよな」

 戸を開けたままで肌寒く、すぐにアンヴァルはアリアンロッドを中へと促した。


 その日から彼は夜、外に出て行かなくなった。




 その後日、晴れた朝、アリアンロッドとアンヴァルは野外でユンの計画を聞いている。


「満月の夜はならず者兄弟が屋敷で宴を開く。そこに踊り子の恰好で酒を持って突入する」

 ユンの敵は五兄弟の長男次男だという。そのふたりが家族殺しの主犯だ。

「そいつらは俺の手で殺す。残りの3人は邪魔だからお前たちが捕えてくれ。全員へべれけになればお前たちでもいけるだろ」

 ユンは地面に5つの丸を書き、左からふたつにバツをうった。

「まぁ三男四男も相当のクズだ。兄の名を笠に着て村人から食料を脅し取る。遠慮はいらない」


「五男は?」

 アリアンロッドが5つめの丸を指さし聞いた。


「そいつの情報はほとんどない。お前たちとそう歳も変わらないだろうな」

 この情報源は村人や、山の民が協力してくれている。


 ならず者が強奪した一族の館は、敷地の半分が小さな丘の上だ。

 丘のふもとには元親族の住居が何軒も点在し、ユン家族の屋敷は丘を上った、敷地内ではいちばん高いところにあった。

「奴らはテラスで月を見ながら酒盛りをする。普段は女を村で調達するが、山の皆に先手を打ってもらっておく。奴らに男だけのむさ苦しい宴をやらせておくんだ」

 次は館内の地図を書き表した。

「どうやって進入するかだが、館の周りは柵で囲ってある。門兵はいつも二人という話だ。そこでまず娼婦のふりした俺が門兵のひとりに連れられ中に入る。時間差で同じく娼婦のふりしたアンヴァルがもうひとりに連れられ入る。その後アリーが悠々と入っていけばいい」


「娼婦??」

 おかしな顔をしたアリアンロッドが隣のアンヴァルを指さす。アンヴァルももちろん同じような顔になっている。

「狙いを弱らせるには財宝か女が定石だろ。宝は無理だが、女は用意が簡単だ」

 用意できる女は実際男ですが? とアリアンロッドは口を挟みたかったが、まだ彼の説明は続いている。


「俺とアンヴァルがそうやって宴会場に入る。アリーはその外で待ち伏せてろ。酔って出てきた奴を仕留める簡単な仕事だ。ああ、長男次男以外な」

「私、本物の女だけど、娼婦にならないの?」

「お前、酔った男たちに絡まれても平気なのか?」

「ああ俺がやるよ! やればいいんだろ!」

 アンヴァルが快諾した。


「でもヴァル、脚がまだ本調子じゃ……」

「酔っぱらった奴らを捕らえればいいんだろ。通常業務の中でも軽いほうだ」

 アリアンロッドは心配をすべては拭えないが、とりあえず頷く。


「ユンは本当にひとりで二人を相手取るの? しかもその二人は、殺すつもりなのよね?」

「俺はやれる」

 彼は揺るぎなかった。


「ねぇ、本当に今なの? 敵と体格が同じになるまで、あと3年くらいでしょう? もちろん()く気持ちも分かるのだけど……」

「俺はこの復讐をやり遂げたら、外の世に出たい」


 アリアンロッドは強い意志を映し出す、彼の瞳を見つめた。


「この世のならず者を一掃するんだ。でも人間をならず者たらしめる事件が起きてからじゃ結局遅い。それなら、はなからそれの生まれない世にすればいい。二度と俺たちのような家族を生み出さないように」


「……そんなの無理よ。途方もないわ」

 これでもアリアンロッドはそう口にするのを、一時ためらった。


「俺の残りの人生はあとどれくらいだろうな」

 ユンの強気な表情は、とても十歳の少年のものとは思えぬそれだが、その遠い空を眺める瞳は、まさしく十歳の少年の憧憬に満ちた輝きを放っている。

「1年でも無駄にはできない。俺は外の世をまだ知らないけど、とてつもなく広いんだろう?」

「…………」


────私にもあるわ。千年かけてでも果たしたい目標が。


 それは己の人生のみではどうにもならないと知っている。しかしそれを自分が今始めれば、意志を継ぐ他者が現れ、繋いでいかれるかもしれない。


「そういうことでしょう?」

「ん?」

「じゃあまず、無事に帰ってこなくちゃね」

「ああ、まずは3日後の襲撃だ」


 そしてユンはまた、やってきた山の民とつるんで行ってしまった。


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『子爵令嬢ですが、おひとりさまの準備してます! ……お見合いですか?まぁ一度だけなら……』

 こちら商業作品公式ページへのリンクとなっております。↓ 


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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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