④ 少年の武勇伝
翌日から、ふたりはフレイヤの仕事を精力的に手伝った。
家の中でのことはもちろん、村人たちと協力して村の中心の畑で農作業をする。そしてみなで分け合った作物を持ち帰り倉庫にしまう、日々はその繰り返しだ。
家にいる時は、姉弟の母がアリアンロッドに寄ってきて、何かぶつぶつと語りだす。
手を握ったり撫でたり、まるで子どものようにちょっかいをかけてくるが、仕事中には邪魔をせず、傍らでニコニコと眺めているのである。
ここにきて7日が過ぎた。
川でアンヴァルが魚を獲り、その少し下流で女子ふたりが洗濯をしていた時のこと。フレイヤが心苦しそうにアリアンロッドに伝えるのだった。
「母がいつも困らせてしまってごめんなさいね」
「ううん。最初はびっくりしたけど、慣れたから。母君なんだか可愛いわ」
「母はあなたのことを精霊様だと思ってるみたい。まさか本当に精霊様を連れているの?」
「えぇ? 私が連れているのはあの、生身の男子だけだけど」
と、たった今つるりと滑って転んだアンヴァルのほうを指さした。
「昔の母はしっかりした人だったの。あの頃の私のうちは裕福だったけれど、母はそれでも毎日、作業に精を出して、贅沢をしない人で」
アリアンロッドはひと時それ以上聞くのをためらった。が、結局は切り出した。
「父君やきょうだいが亡くなって、母君は病んでしまったって言ってたわよね。それは……? 思い出したくないことだったらごめんなさい」
びしょ濡れのアンヴァルが、魚の入った網籠を持って来て、ここからは一緒に話を聞くつもりだ。
「いいえ。思い出したくないどころか、片時も忘れたことはないから」
「?」
「殺されたの。ならず者に」
アンヴァルがアリアンロッドの隣に座り込んだので、フレイヤは続けて話す。
彼女の一族はその地域でトップクラスの財産持ちだった。何代も前の一家長が水脈を掘り当てた故だ。
この地域はまだ国家が形成されていない。ただ明確に貧富の差が生まれていて、富める者が貧しいものを統率し使役する形式は国家とそう変わりない。
「それでも頭領だった私の父は、食料でもなんでも、一族の取り分以外をできるだけ地域の人々に分け与え、うまくやっていたと思う。私たちはとても幸せだった。あの日までは……」
ならず者の兄弟がやはりならず者の集団を使って、彼女の家を強奪するために襲ってきた。
家族親族はみな殺された。
母と彼女、末の弟のみ、命からがら逃げおおせた。
アンヴァルは王太子のお抱えになった7つ以前に、大きな盗賊団に所属していたので、この話を険しい顔で聞いていた。
「父が命をはって私たち3人を逃がしてくれて。母はあんな状態になってしまったけど、村の人々のおかげで、私たちはそれからなんとか暮らしてこれたの」
「あなたの家は、それから……?」
「あれから4年。そのならず者の長男が、強奪した館を陣取ったままよ。お屋敷に貯めてあった資産で私兵も雇い、誰にも手が付けられない。あいつらが暴れるのを見ないふりするだけ」
そこまで聞いて、何か言いたげなアリアンロッドだった。
アンヴァルは、「そんな奴らこの私がやっつけちゃいます!」とか言い出しかねないと、彼女を肘で突っついて睨みつけた。
それに対しアリアンロッドは、「そんな安易に首つっこんだりしませんよ」とイジけた視線を返す。
そこでアンヴァルはあえて空気を読まず、
「ユンって夜、いつも山に入っていくよな」
とフレイヤに話した。
本人も、あまりに唐突で話題変更が見え見えだったと自省する。
しかし、
「いつも、あの子を見てるの?」
と、彼女は事も無げに返した。
「ヴァルは毎晩、私が寝付く頃まで外に出てるの。寒いのに。ケンカ腰になりたくないんだって。別に私たちケンカしてないんだけどね」
「俺のことはいいよ。1日おきぐらいにあいつを見かけてる」
「あの子まだ小さいのに、夜に山へなんか出歩いて、大丈夫なの?」
「うん……山にあの子のおともだちが暮らしているの。同じ頃に生まれて、赤子の頃から触れ合ってきた、とても大切なおともだちなのよ」
フレイヤはそう笑顔で言うが、ふたりは違和感を拭えない。
「なんで日が沈んでから会いに行くの? まさかその友達って、怪物じゃ……。憑りつかれてない??」
「いやだ、生身よ」
彼女は笑う。
「あ、噂をすれば」
ユンが幾人かの山の民に囲まれ、川の向こうの森から出てきた。彼はこちらに気付き大きく手を振る。
「フレイヤ、みんなででっかいの獲ったんだ! 今から切り分けるぞ」
川の向こうで、山の民が降ろした獲物を分ける準備をしている。
「ユン、よくあの大柄な男たちと一緒にいるけど、彼らは?」
ふたりにとって、それも疑問のひとつだった。
「さっき言ってた山に暮らす友達は、あの人たちじゃないよね? 同じ年頃って話だし」
「うん。彼らはまた違うおともだち。山の部族よ。彼らが協力してくれて今のお家も建ったの」
じっと彼らを見つめていたアンヴァルは言う。
「友達っていうか、まるで主従関係のようだな。ここ何回か見かけて、いつもそうだ」
アンヴァルは自分も部下を多く抱えているので、そういった空気はよく分かる。
その会話に気付いたユンが、作業は山の男たちに任せてこちらに寄ってきた。
「あいつらは仲間だけど、手下みたいなものでもあるんだ。そういう約束だし」
「聞こえてたのか? 地獄耳だな」
「約束?」
関心がある様子のアリアンロッドに、ユンは語り始める。
3年前、狩った獲物3頭を運び、初めて山の部族に会いに行った。
そしてそこの男たちに「決闘をしてお前らが勝ったらこの獲物をくれてやるし、なんなら奴隷になってやる。もし俺が勝ったら俺の言うこと何でも聞け」と言い放った。
「ちょっと待って。3年前って7つくらいでしょ? ひとりで? 3頭の獲物??」
困惑中のアリアンロッドの質問を、頬をつねって止めアンヴァルが口を出す。
「7つでも狩りの達人ならいけなくはない。俺はいけてた」
「嘘だぁ」
「でもそれは獣相手ならな。人間が相手じゃそうもいかない」
「で、その決闘はどうなったの?」
威勢のいい子どもがやってきて、力自慢の山の男たちは面白がった。
しかもその子どもは剣を振り回し、一気に何人でもかかってこいと言うのだ。
「で、俺が勝ったから、それ以後、山の民はみんな俺の仲間だ。ずっと良くしてくれてる」
「えっ、ええ──? なんで? 本当に勝ったの??」
疑問符だらけのアリアンロッドをよそに、アンヴァルは少年をじっと見つめて黙りこくる。
「そりゃもうそこにいた男全員が、参りました──って頭下げてさ。その後は山の幸でもてなされたんだ。いやぁあれはほんとうまかった! 俺が持ってった獲物も悪くなかったが」
アリアンロッドにとっては信じられない話だが、確かにあの山の男たちは彼の仲間であり、部下のようでもある。
「さぁ、洗濯も終わったし、食料も確保したから帰りましょう」
フレイヤが立ち上がったので、3人もそそくさと帰り支度を始めた。