表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/100

⑨ 聖女、だけど、普通の人間 【 第一部・完 】

 医師が自宅へ帰っていく、この日時、見送りの庭にて。

 アリアンロッドは約束した人材をわらわら連れて、医師の元へとやってきた。


「し、7人……」

 医師はおののく。


「全員年齢は10代、身分問わずいずれも高い志を持った者ばかりよ!」

 にこにこするアリアンロッド。


「ご存じのとおり、うちにはそれだけの人数を収容できる場がないぞ……」

「あの屋根裏をちゃんと片付けて、できるだけ詰め込んで、入りきらない分は(せんせい)の研究室で雑魚寝させてください。本人たち何でもすると言っているので!」

「考えてみよう……」


「それでね、この7人のうち、2人が女子です」

 医師はまじまじと彼らを見た。


「私、友人と約束したの。……約束は、できてなかったかも」

 医師の瞳に、アリアンロッドの話を真摯に聴こうとする心づもりが表れる。


「この国でも女性が男性と同じように、人に認められる、大きな仕事に携われるようにするって」

「ほう」

「私は、従来の女性の生き方も素敵だと思ってる。家を守り日々の暮らしを整える……夫と子どものために生きるって私には羨ましい。でも、もっと選択肢があってもいいじゃない。人をまとめたり、特別な技術で新しい何かを生みだしたり、多くの人に感謝されるような」


 アリアンロッドは医師の瞳を改めて見つめた。


(せんせい)みたいな女性よ。この国にもきっと必要なの。でもあの2人は、5人の男子と同じようには働けないこともあるでしょう。特別扱いをしろというのではないけど、そういう時にはどうか、然るべき差配をお願いします」


 ここで医師は存外、高揚感に満ちた頬のほころびようだ。この姫になら国政を任せてもいいか、といった、期待の表れだろう。

「あい分かった。しかしずいぶん途方もない目標だなそれは」

「友人にも言われたわ。でも百年単位で頑張るつもりよ」


「あなたの長寿を祈る。それにしても、7人の中にディオニソス殿下はいないのか。あの御方にこそ、私の持つすべての医術(ざいさん)を継いでほしかったのだが」


 医師は彼女を煽るように流し目で見る。冗談だと分かっているが、アリアンロッドにとって大人の女性は、押しなべて潜在的な恋敵(ライバル)だ。


「ディオ様は私のパートナーなので辞退します!」

「ははっ。まぁ彼は御歳22だそうで。けっこう歳がいってるからな。一からものを仕込むなら、やはり若いほうがいい」

「む?」

 アリアンロッドは、ディオ様だってまだわりと若いもん。と頬を膨らませた。



 医師を乗せた馬車の一行は城門を越え、その影は徐々に小さくなりゆく。

 ついに見えなくなったらアリアンロッドは振り返り、宮殿に戻ろうとした。

 その時。近くの塔の屋上にて、医師を見送っていたらしいディオニソスを見つけた。


「ディオ様!」

 軽やかに塔の螺旋階段を昇りつめたアリアンロッドだった。

「どうしてこちらに?」


「見送ろうと思ったが、君たちの邪魔をしてはな」

(せんせい)はともかく、修業に出る子たちに激励の言葉をかけてくれたら良かったのに」


 そろそろ太陽が高く上り、その場を照らす日差しも強くなる。ディオニソスはアリアンロッドを早く宮殿へ返さねばと、少々過保護なエスコートの手を差し伸べた。


「待って」

 しかしアリアンロッドはそれをしなやかな手で遠慮した。


「あなた、帰ったらなんでも我が儘を聞いてくれるって言ったわよね?」

「あ、ああ……」


 このアリアンロッドから放たれる強気な眼差しに、いったいどんな我が儘が繰り広げられるか、ディオニソスは固唾を呑んだ。


「よく聞いてね」

「ああ」


 たった今、日の光に照らされアリアンロッドの瞳が淡く、アメシストのように輝く。

「私を政治の駒のひとつではなくて、人として、対等なパートナーとみなして」

「……?」


 ディオニソスは、彼女が王宮にやってきたその日から、ただただ可愛く、生涯大事にしようと心を決めていた。それが妹のようであっても、愛猫のようなものであっても、たとえひとりの女の子、であっても。


 しかしいつの間にか彼女は自我のあるひとりの人間──大人になっていた。

 ただ権威の象徴として存在していて欲しい聖女には、自我など厄介なものかもしれないが。


「私はこの国の人のために生きたいの! きっと、そのために王宮(ここ)に来た……」


 そんな大きな(こと)を叫ぶようになっていた。

 彼女の表情は真剣そのもので、ただ少しだけ、感極まり泣いているようにも見える。


「私が王宮(ここ)にいる意味が欲しい。……私がこの聖痕を持って生まれた意味が欲しい!」


────たとえあなたと結ばれなくても────


「私は今まで王宮の奥にいて、知ることがなかった。私が漫然と過ごす宮殿の、城郭の向こうには、朝から晩まで日々を支えるために懸命に励んでいる人たちがいて、そんな彼らの顔を知らなかったの。そして、国、街、村……そういった枠の中で苦しんでいる人、困っている人がいることを現実のこととして想像することもなく──」


「うん」


「私は、始祖神より血を分け与えられた者として、この地に暮らす人の困難を癒す存在でありたい! だから」


 彼女は湖よりも流水よりも透きとおる声で、切なる思いを打ち明けるのだった。


「せめて、あなたは私をひとりの人として見て。私を理解(わか)って。私も、何かできることがないかって考えて、手探りして、自分で決定したい。達成することで充実感を得たい、本当はみんなと同じ、普通の人間なの」


「それにはそれだけの責任が付きまとうが」


「覚悟の上よ。聖女として大きな(もの)を抱えるのだから。そして今、この国は侵略の危機にさらされている」


 塔から見渡せる城下の街を抱くように、両手を広げた。


「明日にも民の平穏が脅かされるかもしれない。今まで以上に慎重な舵取りが求められる。いつか国が重大な局面を迎えたら」


 そして広げた手を己の胸元へ。不死鳥に誓うために。


「そのときは私のすべてを懸けるわ」


「…………」


 ディオニソスはこの瞬間、彼女の背中に手を回し、そっと胸に抱き寄せた。そして頬に頬を寄せ、耳元で同じく誓約を呟いた。


「私の隣にいるのは生涯、君だけだ。同じ未来をまっすぐに見据えるのも」


「……ええ」


 彼の心音は凪いだ海のように穏やかで、その鼓動に安心し、アリアンロッドは身を委ねた。


 このひと時だけは、隣よりもう少し、近くで────

 彼の腕の中で、自身の存在意義を甘くまろやかに噛みしめるのだった。



◇◇


「さぁ、まずはヴァルの機能回復訓練を手伝わなきゃ! そして“あの館での和議”が1年後に実現するように、週単位で計画を立てましょ。イナンナをその心ごと助け出して、この祖国で罪を償わせるわ」

「よし。旅のあいだに起こったことをすべて、細かく報告してくれ」

「ヴァルを交えて3人でね。私もちょっと分からないことが多くて」

「しかし、こちらから一方的に和議を求めるのでは、足元を見られかねないからな。ニフェウス国(向こう)の戦勝見込みをくじき、こちらが有利になるよう事を運ぶには──」


 ふたりは明日への希望に満ちていた。ふたり手を合わせ飛躍し、この地を柔らかな光の注ぐ幸福(しあわせ)の土壌に変えようと、大きな夢を抱き、日常へ帰っていった。



 しかし、覚醒したアリアンロッドの風変りな“予言の力”は、彼らの守りたい母国を、思わぬほうへ導いてしまう────


 この時のふたりはまだそれを、知る由もなかったのだった。



数多の作品の中から、こちらをお読みくださいましてありがとうございました。

ここまでが第一部となります。(全三部構成)


今後、毎回タイムスリップをして、必要なアイテム、人材、情報を手に入れながら、

主人公はヒーローたちとの絆を深めていきます。

続きもお楽しみいただけましたら幸いです。

(しばらく隔日で投稿予定です.:*・゜✽)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


『子爵令嬢ですが、おひとりさまの準備してます! ……お見合いですか?まぁ一度だけなら……』

 こちら商業作品公式ページへのリンクとなっております。↓ 


labelsite_bloom_shish.png

しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ