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③ 神の力に目覚める時

 月明りを頼りにふたりは夜道を駆けた。そこはすでに辺鄙(へんぴ)な農村だ。川沿いを走り続けると道に傾斜が出てくる。


「山のふもとだな」

「もう、走れない……」

「今夜はここまでか」

 ポラリスを頼りに方角を見ていたアンヴァルも足を止めた。


「どこに向かっているの? 行く当てなんて……」

 戸惑う彼女は、アンヴァルの顔を不安げに見た。

「あら? 怪我してる」

 月明りに照らされて、ようやくそれに気付いた。彼の頬に切り傷が刻まれ、血が滲んでいる。


「ああ、馬を走らせていた時、伸びた(こずえ)に引っかかって」

「手当てしなきゃ」

「いいよ、そのうち治る」

「だめよ。跡になってしまうわ!」


 彼の頬は戦場に立つ男の持つものとは思えぬ、白磁さながらの滑らかな肌だ。本人はそんな扱いされたくないだろうが──、

 アリアンロッドはこの頬に傷を残しては大変だと焦った。


 周囲に草木の茂る原っぱも見える。一度目を閉じて、草の香りを嗅いでみると。

「ヨモギの香りが流れてる」

「おいっ」

 彼女は間髪を入れず走り出した。


「うん。これこれ」

 香りをアテにヨモギを摘み、近くの清い湧き水で洗ったら、それを彼の頬に当てた。

 月明りで彼女の安心した顔を目に入れたアンヴァルは、己の頬に血が集うのを感じ、思わず彼女の手当てする手首を握った。


「……?」

「もう殺菌効果、出たから大丈夫だ。今夜はここで野宿するぞ」

「野宿っ?」

 アリアンロッドはたじろいだが、確かにクタクタなので町まで歩ける気がしない。大人しく彼に指示に従うことにした。


 アンヴァルが薪と葉を集め火を熾す間、アリアは自分の着衣の隙間に摘んだヨモギをせっせと忍ばせていた。

「何やってるんだ?」

「ヨモギは便利だから、できるだけ持ち運ぶわ」


 ふたりはとりあえず腰を落ち着け暖を取る。アンヴァルの口ぶりでは、今は仮眠を取り、夜が明けたら近くの町を訪問するとのことだ。


 彼の落ち着いた声音のおかげで、アリアンロッドも少しずつだが、思考がクリアになっていく。

「ねえ、どうしてあなたがここに? あなたはディオ様の近衛なのに」

 アリアンロッドはアンヴァルに経緯を尋ねた。


 アリアンロッドよりひとつ年上のこのアンヴァルは、子どもの頃、業務の一つとして彼女の護身術の指南役をしていた。しかし最近では彼も兵隊をまとめる任務に忙しく、アリアンロッドの暇つぶし相手にはなれずにいた。


 その彼がこの緊急事態に、彼女の前に姿を現した。彼は目線をわずかに逸らし、頬を一本指で掻きながら言葉を返す。

「たまたま仕事に出る途中で、通りすがりに……」


 長い付き合いでアリアンロッドには分かってしまう。アンヴァルの泳ぐ目線は、隠し事へのうしろめたさだということを。


「たまたまなんてあるわけないじゃない! やっぱりディオ様が……」


 言葉にするのも恐ろしくて、その声は先細りしたが、耐えきれず零してしまった。


「私を消そうとして、賊を雇ったのよね?」

「は?」

「あなたも実は私に差し向けられた刺客なんでしょ!?」

「はぁ!?」


 彼の顔に困惑と多少の憤りが浮かぶ。

 しかし今の彼女は不信感の塊で、彼の表情を推し量ることもかなわない。


「あなたは知ってたんでしょう? それで確認しに来たんでしょ。私がちゃんと亡き者にされているか」

「殿下はそんな方じゃないだろ! お前がいちばん分かってるはずだ」


 彼は苦悶混じりの顔を背け、呟いた。

「本当に何も聞かされていないのか……」


 ただそんな一言は、アリアンロッドの耳に届かなかった。


「力に目覚めない聖女なんて国にとってなんの価値もない、そんなことずっと前から分かってる! でもディオ様は私を聖女ではなく、ただひとりの……人として、親愛の情を注いでくれていた……そう信じてた」


「アリア……」


 彼女の膝に、ぽたりぽたりと涙がこぼれ落ちる。アンヴァルはそれをぬぐいたくて、しかし王太子ではない他の男の手ではいけないのだと、手をひっこめた。


「現実はディオ様にとっても私なんて、国家運営の駒の一つに過ぎなかった。予言のひとつもできない聖女で、今後目覚めるあてもない。それなら殺してしまえば、この胸の刻印が浮かび上がる少女がまた現れる。その新たな少女に賭けたほうがいくらか心休まるのでしょう」


「お前、本当に殿下のことを、そんなふうに思っているのか?」


 アンヴァルの瞳が心底失望して見えるのは、アリアンロッドもまだ信じているからだろうか。


「だいたいあなただって、彼の(めい)でここまで来たんでしょ? なんで私を助けたの!? もしかして、この人気(ひとけ)の全くないこの場でっ……」


「俺は……」

 今の興奮状態の彼女に何を言っても伝わらない、そう思い直したアンヴァルは、

「これからお前に付き従う」

 簡潔に今後のことだけを話そうと決めた。


「え?」

「さっきのはおそらく隣国の間者に雇われた輩だ。王宮から出てくる馬車を無差別に襲い、内部の混乱を狙っているんだろう」


 そこでやっとアリアンロッドは王太子が隣国との関係について、危惧する物言いをしていたことを思い出した。しかし不測の事態というなら、王太子近衛の彼が主君のそばを離れるのも釈然としない。


「あなたはディオ様の意中を、何か知っているの?」


 その問いに、アンヴァルは形のいい唇を固く結び、真摯な目線だけを返した。


(そう。口の軽い近衛兵なんて王家の信頼は得られないわよね)


「王城に戻りたいか?」

「!」


 アリアンロッドは目を見開いた。その目でじっと彼の眼を見つめると、髪色と揃いの漆黒の瞳に、蒼い炎が揺れる。


「何を言ってるの……」

「戻りたいか?」


 戻ったところで居場所なんて、もう。と言いたかった。それでも。


「戻りたい!!」


 たとえ受け入れられることはなくても傍にいたいと、温かい思いを寄せてきた人の、真実の心にもういちど触れたくて、力いっぱい声を張り上げた。


「私は次期大聖女だもの! そのためにずっと勉学、武術、歌の技術に王族の作法まで、鍛錬を積んできた。このままじゃ納得いかない。必ず帰るわ!」


 その叫びの瞬間、アリアンロッドの心臓が、ドクンッ!と高ぶった。


「どうした?」


 固まってしまった彼女の表情を訝しみ、アンヴァルは彼女の顔をのぞき込んだ。しかし彼女は彼の心配すら受け取る余裕なく、己の中の違和感と向き合っている。


「……? 声が聴こえる……」

 アリアンロッドがバッと、自分の身体を両腕で抱きしめた。それはおぼつかなげな形相で。


「どうしたんだよ!?」

「ヴァル……、風が……なんだか私、吸い込まれそう……」

「は?」

「手を握って」

 そう震える手をそっと差し出した。


「手?」

 訳も分からずアンヴァルは、言われるまま両手を握る。


「だめ……だんだん強くなる……!!」


 この訴えと同時に慌ててその手を振りほどき、彼の胸に飛び込んだ。


(このままでは……!)


 しかし為す術もなく、心の中でこう悲鳴を上げていた。


────私、飛んでいっちゃう!!



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『子爵令嬢ですが、おひとりさまの準備してます! ……お見合いですか?まぁ一度だけなら……』

 こちら商業作品公式ページへのリンクとなっております。↓ 


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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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