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⑰ ふしぎな旅の幕引き

────『上から順に、左から5、7、5、7、番目の鍵穴よ』


 それを聞いて兵は、(あるじ)の面前に戻っていった。鍵を持つ侍女は早速、指示通りの錠前に鍵を差す。

「カチッと音がしました!」

 4つの錠を外して侍女は、扉を開けずに一礼をして下がった。


「始祖神ヴィグリーズの涙とも伝わる宝、不死鳥の指輪か。どれほどの輝きなのだろうな」


 希少な美術品を手中にする、その期待を胸に男は、金庫の扉をその手で開いた。が、


「ん? なんだ。……うぉわぁぁ!?」

 不測の事態が起こったか、妙に情けない声を発した。いくらか後ずさりもしている。

 どうも、“そこにはぽつんと指輪を内包する宝石箱がある”と思い込んでいたのに、思いもよらない物がきっちり詰まっていたようなのだ。


「……?」

 それを持っていた兵も、なんだろう? と抱えている金庫を脇に寄せ、その中身を覗く。が。

「ううぇぁぁ!」


 別に怪しげなものではなく、ただ彼らにとって、思いもしないものであった。

 それは植物の類だったのだから。

 兵は、バッタが顔にぴょーんと飛びついたのに驚いて、金庫を放り投げてしまった。そのせいで、中身がわさぁっと遠慮なく噴き出した。


「また……ヨモギ!?」

 そこから男のくしゃみと嗚咽の再来だ。

「ぶわぁぁっくっしょいぃ!」


(やっぱりこれのせいだったんだ……)

 答え合わせができた。なぜこうなるのかは知る由もない。


「一度ならず……二度までもおぉぉ」

 主は目が痛いのか痒いのか、とにかくこすり続け余計に涙が出る悪循環。

 堪忍袋の緒が切れた彼は、とうとう侍女の持つ鎌を手にしてしまった。すぐさま、がむしゃらにその場で鎌を振り回す。


「ああ……」

 アリアンロッドは振り回されるその鎌に、再び得体のしれない気配を感じた。


 侍女らは恐怖で部屋の隅へと逃げ惑う。イナンナを捕らえていた兵も、彼女を放って逃げてしまった。


「イナンナっ……」

 自力で逃げることのできない彼女にアリアンロッドは慌ててかけ寄り、彼女を引きずって入り口付近へ避難した。


「大丈夫?」

 このまま逃げたいが、誰の協力もなく意識混濁の彼女を抱き上げ走る体力は残っていない。


 アリアンロッドは欄間の方を見上げた。アンヴァルに助けを求めたかった。

 しかし彼は自身の役目を果たすまで、よほどのことがない限り出てこないだろう。実際アンヴァルが矢を放つ直前だった。この騒ぎになったのは。

 矢は一本しかないので男が狂ったように動き回るうちは無理だ。


「やっぱり武器の呪いは本当なんだ……」


 アリアンロッドは実感する。暴力で他者や物事を意のままに操ろうなんて人間の末路は、血を求め彷徨う怪物に取り憑かれるものなのだと。私欲のため人を殺すことに代償のないわけがない。


 どうにかしてこの場を早く切り抜けたいが、アリアンロッドにできることはもうない。


 囮として飛び込んで、特に働きもせずこの結果だ。もしかして金庫は開けないほうが良かったのだろうかと、無力感に苛まれる。


 あとはイナンナを危険にさらさないよう注意を払いつつ、計画通りアンヴァルが矢で男の動きを制するのを待つだけだ。


「今は、耐えるのよ」


 たが、その時。アリアンロッドの背後から、ギィ…と物々しい音が地を這った。


 鎌を一心不乱に振り回す男の暴挙に身震いしながら、鳴りを潜めていたアリアンロッドがおもむろに振り返ると、正面扉から日の光が差し込んできた。


 扉を開けた入室者は逆光で、この一瞬はまだ、その容貌を知覚できない。


「お探しのものが見つかりましたわ、ご主人様」


 そこに現れたのは、位のある女性の衣服を着用した黒髪の女だった。


「……イナンナの他にも女官が?」

(でも、こんな目立つ人、いなかったわよ)


 暴れる男はようやく立ち止まり、薄目でその配下らしき人物を見る。


「う、うーん……?」

 アリアンロッドは“なんだか見覚えのある人……”と目を擦った。


 いま入室したばかりの美しい女官は、足元のおぼつかない彼女の主に歩み寄る。その彼女が、アリアンロッドの横を通り過ぎる瞬間、アリアンロッドに何かを、その流し目で訴えたのだった。


 その不敵な表情に、ん? あれっ?? と、アリアンロッドは違和感に追い立てられた。


 アリアンロッドを守るように、前に立ちつくす彼女。


 彼女は……彼“女”にしては大きい、のだ。


 その、職務のためきっちり結われた黒髪も、滅多にお目にかかれないほどに麗しい、漆黒の────


「あっ、あああ!」


 見覚えのありすぎる、不遜な微笑み。


(何がどうしてどうなったらこうなってるの??)


 そこでその女官は胸元から小箱を取り出した。蓋が開いた途端、放たれるのは奥ゆかしい宝石の煌めき。


 薄目を開けた男は、

「おお……指輪を……ぶぁあああっくしょいっ! ……手に……入れたのだな……でかしたああ!」

と息も絶え絶えに、鎌を手にしたまま、のそりと女官に歩み寄る。


「え、えええ……?」


 あなたにそんな部下はいないでしょう!? あなたの腹心はイナンナでしょう!? そんな都合よく目当ての宝が手に入るわけないのよ、その頭はどこまでおめでたいの! と、この展開に冷静さを失ったアリアンロッドは、その間、膝元のイナンナへ意識が向いていなかった。


 ただしばらく朦朧としていたイナンナが、欄間の向こうから主に向けられている矢に、目を留めた。

 彼女のその行動は反射かもしれない。「好きな人を守らなくては」、その気迫だけで身体を動かしていた。


「あっ、イナンナ!?」


 彼女は両腕と片足だけで身体を持ち上げ、這いだした。アリアンロッドを突きとばすことで勢いにして。

 そして、女官の手にある偽の指輪にかぶりつかんとする主の真横に、力いっぱい飛び込んだのだった。


「……あ……」

「イナンナ!!」


 書斎からの、アンヴァルの射た矢は、迷いなくイナンナの脚を射た。

 真っ青になったアリアンロッドは声を上げながら彼女に駆け寄る。

「イナンナ! しっかりして!!」


 彼女はまだ微かに意識があった。地に伏す彼女をアリアンロッドは抱き上げようとしたところ、

「なんだ貴様らはァ……」

すぐ横の気配に気付いた男が、鎌を振り上げる。


「え……」


 その瞬息の間、女官が男の懐に潜り込み、隠し持っていた短剣で腹をひと思いに刺したのだった。


 アリアンロッドの瞳には、その一連の動きが風雅な水の流れのようにゆっくりと映った。


 男は何が起こったのか不明であっただろう、剣が抜かれた後そのまま倒れ、ついには意識を失った。

 ぬるりと真っ赤な血が海を作る。


「…………」

 アリアンロッドは微動だに出来なかった。

 そんな彼女に、女官が声をかける。


「生け捕りにできなくて悪いな。アリア」

「……ヴァル……」


 怖い、悔しい、様々な気持ちが溢れ出すのに、いずれも言葉にならない。

 女官衣装をまとい、ずいぶん濃い化粧を施したアンヴァルに、脇目も振らずしがみ付きたくなった。


 しかし直ちに己を戒め、自分の元でうめくイナンナに思いを起こす。


「聞けアリア。イナンナは助かるかどうか分からない。もし可能性に賭けるなら、門前の屋舎に医師がいる。兵もまとめて、今すぐ走って連れてくるんだ」


「でも……」

「俺が見てるから。応急処置を施す。さぁ早く。ためらってる時間はない」


 アリアンロッドは頷いた。


「あ、あの。書斎(あっち)の、ウチのヴァルは……」

「ああ、待ってろ」


 この1年後のアンヴァルは知っている。あの時どんなに扉を押しても無理だった。

 なぜか錠が掛かっていたのだ。それを覚えていたので、懐にしのばせておいた鍵を取り出しながら書斎の扉に向かう。

 試行回数3回でその錠は外れた。


「アリア!!」

「あっ……」


 扉が開くとなったら、中のアンヴァルは全力で扉を突き出し、錠を外したアンヴァルはそれに顔面殴打された。


「~~~~~~!」


 アリアンロッドはアンヴァルの代わりにアンヴァルに謝りたかったが、そんな暇はない。


「ヴァル、医師を呼びに行くわよ!」

「どこへ?」

「下の屋舎!」

「分かった」


 イナンナに、一刻も早く連れてくるから、と心で伝え、そこを発った。




「はぁ……はぁっ……あっ……」

 気持ちは全力疾走していたはずだ。しかしアリアンロッドはもうつくろえないほど、体力の限界だった。


「大丈夫か?」

 そこは玄関を出たところ。あと少し行けば目的の場だ。

「負ぶるか?」


 少し前を走っていたアンヴァルが振り返り、アリアンロッドの手を取った。

 まだ走れる、と彼女は言いたかったが、口先だけではどうしようもない。


「えっと……あなたが、先に……」


 その時だった。


「ひゃっ……」

「どうした?」

「あの……感じ……。ここに来た時の……」

「え? まさか」


────風が、強風が来る!!


 こうしてふたりはまた、急速に時空を飛び越えた。




全編でいちばん長い第一章を、お読みくださいましてありがとうございました。

この章で暗躍していた1年後のアリアンロッドとアンヴァルの活動は、

“その時間”がやってくる第六章でお送りいたします。


続けてお読みいただけましたら幸いです。:.゜ஐ


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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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