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⑨ その瞳すらコレクションに

「さて、と……」

 アリアンロッドはこれからどうするかを考えた。


 アンヴァルを探しに行くのが最優先である、と分かってはいる。

 ただ、心は違うところへ向かう。

 昨晩、意識が遠のく中で──意識が遠のいたからこそ、余計にはっきりと聴こえたのかもしれない。


(彼女は私のことを“大嫌い”と言った)


 それは怒りというより、物悲しさを思わせる声だった。

 幼いころ自分たちの間で何かあったのだろうか。


(でも私は彼女のことを本当に知らなかったのよ)


 本音を言えば、彼女に会うのは怖くて、できることなら逃げ出したい。

 こちらも騙され殺されかけた怒りを、どこへ持っていけばいいのか分からない。


「もう一度、話がしたい!」

 このまま死んだふりをして逃げたらきっと後悔するから。


 アリアンロッドは着ている侍女服のゆとりある裾をナイフで裂き、動きやすいように結び合わせた。

 そして長めの棒を護身用に持ち出し、その部屋の扉を開けた。




「イナンナはきっと離れにいる。向かうべきは橋の向こう!」


 前進しながらイナンナと崖でやり合った時のことを思い返した。

 彼女は言ったのだ、主を愛してしまったと。それは嘘ではないのだろう。


 もし自分が彼女なら、一仕事終え、それも上手くいったら必ず嬉々として上役である男に報告に行く。


「それで男は言うのでしょ……“よくやった。こちらへおいで……”とかって!」


 そこから繰り広げられる閨事に関して、アリアンロッドはまったく教育されていないので想像不可であった。しかしともかく、イナンナの主が滞在していると聞いた、離れにある寝室が、向かう先として正解だということには自信がある。



 4階の扉をくぐり、橋へ出た。

「うっ……。高い……下は川……」

 恐怖心に襲われるので、橋の上では薄目で渡り切った。


 橋を抜けたら小走りで玄関まで寄り、扉をおずおずと押してみる。

「あれ、手応えがある。鍵はかかってないのね?」


 よく考えてみれば崖の上に建つ奥の間へ、4階に架かる橋を経て盗みに来るような物好きはいない。施錠など不要なのだ。

 アリアンロッドは左右を見回し、周囲に人がいないことを確認し、注意深く扉を開けた。すると──


「えっ、……ええ?」

 広間の右壁側、その扉の前に早速、この外交相手の主がいた。


 侍女と会話を交わしていた彼は、アリアンロッドの来訪に気付き、出迎える態度を見せた。その直前に、侍女に何かを命じたようだった。


「貴様は昨日の侵入者か?」

 ねとりとした視線でアリアンロッドを絡め取ろうとする。


「私は本物の使者よ。イナンナに会わせてください」

 その視線に負けないよう、アリアンロッドは彼を頑として睨みつけた。


「それはおかしい。あやつは隣国の聖女を始末したと報告してきたが」

「しくじったみたいね」

「まったく詰めの甘い女だ。……あやつならこの扉の奥で失神しているが」

「失神? 彼女に何をしたの!?」

「さきほどまで絶えず悦ばせてやっていただけだぞ」

「……!」


 せせら笑う男に、言いようのない嫌悪感が走る。


「あなたはイナンナがヴィグリーズの密偵だと知っているのね?」


 冷静を努め問いただすアリアンロッドを前に、彼は舐めるような笑みを浮かべたままでいた。


「ああ、寝所ではどんなことでも吐くからな。使える女だが、スパイとしては最低のランクだ」

「あなたに絆されたからでしょう!?」

 まるで自分が蔑まれているような気分に陥いるアリアンロッドだった。


「そこをどいて。イナンナに会わせて!」

「そんなことより敵国の姫よ。指輪はどこかね?」


 そう男が口にした時、下がっていた侍女が武器を手にし戻ってきた。


「……大鎌?」

 それは、男の背丈と同様の長さの柄に、刃は細く歪んだ型の大層な鎌だった。


 アリアンロッドはそこはかとない禍々しさを感じて怯む。


「あなたは指輪が欲しいの?」

 和睦の証として宝を交換するのではなく、一方的に奪い取るつもりかと問うた。


「私は世界の宝を私のこの手元に収集したいのだ」

「つまり、骨董品として欲しいだけ?」


 すると男は、政にはさほど興味がなく、ユング王に差し出す気もないと答えた。


「この大陸では名高いヴィグリーズの国宝、不死鳥の指輪だからな」

「イナンナは王に渡すつもりでしょう? あなたの更なる出世のために」


 あのとき彼女は、この男の出世さえ自らが国の密偵として任務を遂行しやすいようにと話していたが、結局はすべてこの男のためだった。


「そんなもの。あやつは我の言いなりだ。王陛下には死んだ貴様が持ち出し、とうとう見つからなかったと言えばいい。和睦は不成立に終わるのだからな」


「ふざけないで!!」


 アリアンロッドは声を張り上げ、棒を、槍を構えるように持ち、地を蹴ってこの男に突き出した。


 しかし、やはりそれはただの棒。槍とは使い勝手が違う上に、相手もそれなりの手練れだった。

 何度突き出しても、振りかぶって打ち込もうとしても、鎌の柄で軽くいなされてしまう。

 下手に踏み込むと刃の餌食になる。護身術は続けていたが実戦経験はろくになく、こういう時にどう対策すればいいのか分からない。

 ともすれば失意に流されそうになるところを奮い立たせ、アリアンロッドは何度振り飛ばされても向かっていった。


「あっ……」

 そしてついに棒を手から放してしまった。慌ててそれを拾おうとしたが、更に遠くへと蹴り転がされてしまう。


 男はゆっくり迫りくる。恐怖を煽るように。


「やめっ……嫌!!」


 彼が胸ぐらを掴もうとする挙動から、腕を振り回して必死に抵抗するアリアンロッド。しかし腕を捕まれ、どうにもならなくなった彼女の両頬すらも、彼は片手で掴んだ。


「やはり聖女というものは伊達でないな。その紫の瞳、夕焼けと夜空の隙間に見せる蒼穹のように美しい。これは私のコレクションに加えてやってもいい」


「っ……」

 男の力で抑えつけられても首を振って抵抗を示す。


 ちょうどその頃、隣の寝室ではイナンナが目を覚ましていた。




 アリアンロッドはなおも一心に抵抗する。


 男は、腕を捕まえようとすれば、足蹴にして抵抗する彼女をうっとうしく思い、脅かすためその衣服を胸ぐらから破った。


 アリアンロッドは声を失い、衣服を振り捨てて逃げようと身体を跳び起こした。


 その時だった。


 ふたりの間に緑色の何かが、ふわっ…と散らばる。


「……?」

 その出所はアリアンロッドの、ニ重に着ていた上衣の隙間だった。


「これは……ヨモギ?」


 確かにヨモギを採ったとき籠に収まらない分を衣服の中に忍ばせた。しかしもさもさした感覚が当たり前になっていて、その存在をすっかり忘れていた。


 なかなかの量のヨモギ──葉というよりは小さな花が、はらはらと舞い落ちる。


「うっ、うう……」


 すると、何がどうしてこうなったのか、男が嗚咽を漏らし始め──。


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『子爵令嬢ですが、おひとりさまの準備してます! ……お見合いですか?まぁ一度だけなら……』

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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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