アイドル
時間をちょっとだけ遡る。
満が目覚める数年前の話。
イレブンコートの接種が進んだ背景に一世を風靡したアイドルの存在がある。
19*0年代のトップアイドル松下さやかがどこから聞きつけたのか、知ったのか、はたまたアイドル当時のファンが厚生省に入省し時を経て事務次官まで上り詰め、製薬会社と手を組み治験情報の収集を進める為に広告塔に仕立て上げたとかうわさが絶えない。
彼女のイメージ戦略と美の渇望は本物で齢80を超えても追い求めずにいられなかった。彼女は秘密裏に治験の後発グループに参加した。
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接種前インタビューが映し出されアナウンサーとのやり取りが流れる。
半世紀前に活躍したアイドルがカメラに姿をみせる。
TV離れが加速しネットが視聴の中心となった時勢に
大御所とはいえ、それほど視聴率を稼げる放送内容とは誰も思わなかった。
さやかさんと局アナ安芸アナウンサーとの接種前インタビューの録画映像が淡々と流れる。
「CMを挟んで、2か月が経過した現在のお姿をお見せします。30秒CM入りまーす」
30秒の間アマダ製薬の帯と往時のさやかの歌が流れる。
最近のアイドルと比べても格段に上手い。曲に乗っている声も詩の意味まではっきりと伝わってくる。
曲に合わせて歌詞を読んでる現代アイドルには物足りなさを感じる。
そんなことを考えているうちにCMが終わった。
スタジオ映像に切り替わると安芸アナウンサーだけしか映されていない。
安芸アナは、それでは生出演していただき一曲歌っていただきます。
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闇夜の中1機のドローンがパーンするカメラ映像に映し出され、今度はズームアウトすると国立競技場の上空でホバリングをしている。
孫にあたる、由奈のライブが行われている会場が映し出される。
由奈は透き通る高音域と色のある歌声に抑揚のきいた歌声のアーティスト。演劇、吹替、海外での活動、アニメ作品、洋邦問わず精力的にこなし現代の歌姫の名を欲しいままにしている彼女も何かと祖母のさやかと比較される。
はっきり言って彼女の歌も容姿も祖母を超えてるが、先輩後輩の厳しい世界では、だれも親の七光りとしか扱ってくれない。そんな不満を彼女は抱いていた。
だからと言って祖母を否定することはない。周りの評価に捕らわれることなく祖母に絶大な信頼を寄せ良好な関係にある。
ステージの幕が上がる前に突然割り込まれたスケジュールはライブのトリに祖母とセッションすることとなった。
由奈は「私が尊敬するスペシャルゲストに来てもらってます。もう少しお付き合いしてねっ」
会場を熱狂の渦と大歓声で包み込む中ドローンはゆっくりと高度を下げステージ上空20m程度まで降下しホバリングする中、1本のロープと人影がゆっくりと降下してくる。
ステージ上に影が降下する。
そのステージを、3Dの巨大なホログラム映像で映し出し、それを迎える由奈のホログラムに会場からどよめきが生まれる。
生まれたどよめきはすぐに小さくなり、疑問の声なのか真実なのか、騒めきが徐々に大きくなる。
由奈は事前に祖母のさやかとのセッションと聞いていたけれど写真や映像でしか見たことのない若い頃の姿に戸惑いながらもワイヤレスマイクを通して「みなさーん。誰だかわかりますかー?ソックリさんではありませーん」ザワメキが一段と大きくなる中
「こんばんわ、松下さやかです。今日は私の可愛い由奈のために温かい応援たくさんありがとう。」若く張りのある声で感謝を述べる。
大きな歓声に迎えられる中、彼女は右手の人差し指を口元に寄せ、ゆっくりと右手を前方に伸ばし客席を指さす。
一瞬にしてシーンと静まり返る。客席を指す指先を今度はゆっくりと頭上に伸ばすと映し出されたホログラムの姿はシルエットに変り「私からも一曲いいかな?」
再び巻き起こる歓声と地響きの中それに応える様にドラムがギターが音を重ね始める。
現役のアイドルとしてステージに立ちアップテンポの軽快なメロディに合わせてステップを踏む。
「生まれたばかりの翼♪~」歌詞を奏で由奈とセッションを始めると観客は魅了されたかのように静かに佇む。
ライブを中継するカメラにはイレブンコード接種を行った松下さやかさん ※生映像です。映像と音声に一切の加工は行っておりません(テロップの帯が入る)
往時の姿とダンス、そして重ねた年月により得た色艶のある声と歌唱技術、当時以上のアイドルとして再誕した姿をメディアに公開した。
彼女の歌声はまさに魔性で人を魅了し、歌声に酔わせ、泣かせ、失神するものまで現れる。
倒れても誰も気に留めない。魂を抜かれたかのように。
当の由奈も涙ぐみ陶酔し「まだ超えられないなぁ」とつぶやいていた。
由奈は当時のさやかを映像でしか知らない。超えないまでも追いつけたと思っていたがまた背中を見せられた。