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また木霊の声が途絶えた。
木霊は確かに脆弱な存在だ。
しかしそれは自然の摂理の上の話。
こう頻繁に途絶える事は本来あり得ないのだ。
明らかに何者かが意図的に木霊を狩っている。
森の住人や、草原の向こうに住む人間が、木霊を傷付けるとは思えない。
あり得るとするならば…
「マヤ!マナイア・トリガーの準備!」
「オーケー、ミヤ!誘導シて!」
討伐サイズのジュレとの遭遇に、ミヤとマヤが昨日クロリスから教わった戦術を用いて戦闘を開始する。
マヤが不可視の魔法機雷を設置し、ミヤが低威力の魔法を放ってそこへ誘導するのだ。
ジュレが機雷魔法「マナイア・トリガー」が設置された空間座標に触れると黒い光りに包まれる。
魔力に対して反作用を促す魔法マナイアの効果で、ジュレ自身が保有している魔力が暴走しダメージになる。
ジュレのような魔力依存の魔物には特に効果が期待出来るのである。
トリガー・トラップで効果範囲と発動時間を限定すると魔力消費を抑えられるので対魔物戦での使用も一般的だ。
黒い光の中ジュレが藻掻く。
しかし、ナメクジが塩に溶けるようにジュレの身体が萎み、身体から露出した核がパチンっと弾け…ジュレは消滅した。
「すっごっ!ミヤマヤ、凄いよ!」
魔法で倒しきれなかった時の為に待機していたルフナが飛び出し、ミヤとマヤに駆け寄る。
「…ちゃんとやれてるわね」クロリスも頷き、及第点を付けた。
「な…なぁ。前から思ってたけど、“あれ”人間にも効くよな?ジンが恐る恐る聞く。
「…もちろんよ。本来は、対魔法使い用の広範囲戦術級魔法。でも…魔法使いには反魔力で空間が歪んで見えるから、対魔物用トラップのような濃さだとバレバレで使えないのだけどね。」
予想以上の物騒さにジンは顔を青くする。
「事故とか起きないのか?」
「…仕掛けた後は下手に動かなければ大丈夫。…だから魔法で魔物を誘導するの。それに魔法使いには致命的だけど、魔力に依存しない戦士ならダメージは微々たるものね。」
クロリスの言葉にジンは苦笑いするしか無かった。
「むゥ…まだ発動の精度が甘イよ。」
「ぬゥ…まだ誘導も甘イよ。」
成果に喜ぶルフナに対してミヤとマヤは難しい顔をする。
「そーなの?…じゃあさっきのヤツ1回で倒しきれなかったら、私も攻撃するから大丈夫!」
どうにかなるでしょ!とモーニングスターを構えてみせるルフナ。
それを見たミヤマヤは顔を見合わせて、「「あリガとう、私達もモットがンバるね!」」とルフナに笑顔を見せる。
「まぁチームってそーゆーこった。お互いの出来ない事や苦手な事をカバーして上手くやっていく。」
「…それがチームを組む理由。一人より二人の方が生存率がグッと上がる。だから商工会に出される依頼は二人からというのものが多いの」
ジンとクロリスは頷きながら話す。
「ねえねぇっ!今度はあたしも混ざったやつやってみようよ!!」
キラキラした目でルフナが言う。
そのオモチャを与えられた子犬の様な表情は、もしも尻尾が生えていたらブンブンと振っていたに違いない。
「ほら、目的を忘れてる。」
楽しいのは解るけど、と前置きしつつやれやれ顔のジン。
「あっ!そうだっ、薬草集めだ!」
依頼を思い出したルフナがテヘっと舌を出し、それをみて皆が笑う。
良いチームは賑やかな雰囲気であることが多い。
「…ふふ…次は私達の手本を見せるわ。先に進みましょう」腕が鳴る。珍しくそんな光を目に宿らせたクロリスは、いつになく楽しそうだ。
マルへラの森の奥に進むにつれ、手付かずの良質な薬草が増える。
ウバからの依頼はルフナ達の冒険者としての補助と評価ではあるが、商工会としてはジン達中級者とルフナ達初心者の共同チームによる通常依頼業務となる。
これにより初心者チームは中級依頼に触れる事が可能になり、森やダンジョンの立ち入れる範囲も増えるのだ。
ジンとクロリスは収穫者の二つ名に恥じない速さで自分達の依頼達成に必要な薬草を集めて行く。
ルフナ達も見真似で自分達の依頼に合わせた薬草を集めるが、すかさずジンとクロリスの指導が入る。
収集の依頼の場合はただ集めるだけではダメなのだ。
依頼主の求めに合わせて、品質が良いものを、依頼主が望むカタチに、採取する事。
それが冒険者として直接の指名依頼を多く受けるコツであり、収穫者が低品質になりがちな初心者向け薬草採取の依頼を総取りして恐れられる所以であった。
ミヤとマヤは二人から教わったコツを掴んで上手に収穫していく。一方でルフナは警護にまわる。
彼女が薬草を綺麗に採取出来なかったのもあるのだが、採取収穫時の背後はどうしても無防備になる為に警護者を付けるのが一般的である。
そして、それは正解であった。
奥の茂みからジュレの群れが現れたのだ。
警戒していたルフナが大声を上げる。
大きめのジュレにモーニングスターの鉄球を投げ当て牽制をかける。
「この森、なんかジュレが多いよなぁ~」
「…自然が豊かな証拠よ」
ミヤがマヤが体制を立て直す前に、ジンとクロリスが駆け寄り戦闘態勢を取る。
ジンはそのまま烈風のように駆け抜けながら、彼が背中に固定している大小2丁のフライパン「熾狼牙」を刀のように抜きジュレの群れに向かっていく。
「…カッコつけちゃって…。-フィオリトゥーラ -」
クロリスはジンの様子に苦笑いしながら髪飾りを杖へ変え構え、ミヤマヤを庇う位置に立ち止まる。
杖の装飾である何らかの結晶で作られた花が開き、魔法を放つ準備が整う。
ジンはジュレの群れに飛び込むと、小ぶりなフライパンで小さなジュレを左右に、大きなフライパンで大きなジュレを頭上に、掬い飛ばしていく。
「ほいほいっと♪」
その早業により、小さな10体程のジュレは茂みの向こうに消え、大きな3体のジュレは空中で身動きが取れず落下を待つ状態に陥っている。
「クロリス!」「…-ゲイル-」
クロリスが魔法を発動させると、自然界ではあり得ない速度の風が空中のジュレを直撃。
多数の不可視の風の刃に細断されジュレは消滅した。
風の刃はそれでも威力を失わず、マルヘラの森の木々を揺らし空へ駆け抜けて行った。
それはあっという間の出来事だった。
「ふぅ…いつ見てもその魔法すげぇよな」
「…そうかしら?普通の風の魔法よ」
威力も然ることだが、必要な魔法を必要なタイミングで発動させるクロリスの腕前は、やはり天賦の才であるとジンは感心した。
「クロリスちゃんすごい!風がビューンっ!でズバっ!で!」
興奮して語彙力を失ったルフナが、見たままの事を擬音で表現する。
「す…すごイ…」
「トラップ無し…風ノ魔法…」
桁外れな威力と魔法の練度に、ミヤマヤが尊敬の眼差しをクロリスに向ける。
クロリスが魔法の威力を底上げする為に行った微調整の美しさは、それを魔法使いにしか理解出来ないであろう。
「…大丈夫。あなた達もできるようになるわよ、普通の風魔法だし」
確かに風魔法としては一般的に使用される魔法なのだが…
「「“ぜったい普通じゃない”」」とおもうミヤマヤであった。
ガサ…ガサ…。
クロリスが魔法を飛ばした方角の茂みから、突然音がする。
5人は顔を見合わせ、今度は陣形を組んだ。
ついにジン君の武器がフライパンと判明!
嫁氏との共同制作です
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