12
《木霊!なぜ、人間といる!》
冒険者一行の脳内に響いた声は、公爵木兎の魔法によるものだった。
本来なら、人間ごときに声を届ける必要などない。
言葉を交わすことすら、魔物としての矜持に反する行為のはずだ。
にもかかわらず、公爵木兎はわざわざその手間を取っている。
理由は解らない。
だが、そこに意志があることだけは確かだった。
一方、ルフナは顔を真っ青にして武器を握りしめ、ミヤとマヤは擬角で感じた公爵木兎の魔力に恐れ慄いていた。
ジンとクロリスは彼らを手で制し、下手に動かないよう目配せをする。
視線をピリィとポポムに移すと、その2体は、跳ね、くるりと回りながら、公爵木兎に向かって何かを伝えようとしていた。
無秩序に見えるその動きの中に、ジンは“対話”の意志を読み取る。
そして、公爵木兎は――それを、黙って見守っている。
これまで何体もの魔物と対峙してきた。
だがこの状況は、明らかに“いつもの魔物”ではない。
ピリィとポポムのダンスが終わると、公爵木兎は人間達に視線を向けた。
人間のものとは違う、意思を読み取る事さえ出来ない大きなレンズのような瞳に射抜かれた5人に緊張が走る。
《人間!なぜ、来た!》
魔法念話による公爵木兎の声は、警戒と苛立ちを隠していなかった。
極度の緊張状態に陥ったルフナは、その声に「やらないと、やられる…」と呟きながら武器を構え直す。
好意的な反応は期待していなかったが、しかし交渉の余地を期待していたジンは、ルフナの状態と公爵木兎の態度に冷や汗が止まらない。
実際問題、低空飛行と咆哮による威嚇がありながら対話への配慮があるという時点で奇跡と言って良いだろう。
あるいは、何か人間から聞き出したいのか…。
ジンは意を決し素直に伝える。
動物は真実を見抜く。
人間らしい欺瞞があっては決してならない。
「森で薬草を探していたが、迷ってしまった。ピリィとポポムにはその途中に出会った。今夜の寝床に困っていたら、ピリィとポポムに案内され、ここまで来た。」
ジンの言葉を受けて、公爵木兎の周囲に再び風が渦を巻いた。
それは怒りの兆しか、それとも思考を巡らせるうちに滲み出た副作用なのか――
ジンたちには、判断がつかなかった。
《人間、愚か!わかるか!?》
《木霊!茸!昔、人間、暮らした場所、案内した!知れ!》
苦虫を噛み潰したような念話の声と共に、公爵木兎の巨大な眼がわずかに動いた。
その視線の先には、手を加え、使えるように整えた崩れかけの井戸。
掘り起こされ、火が焚かれた竈門。
そして、崩れた建物の土台に荷を広げた、一行の仮の拠点。
「…そっか」
クロリスが、小さく呟いた。
ピリィとポポムにとって、それは“人間がいた場所”という印だったのだろう。
時代も意味もわからず、けれど人間の痕跡がある――だから導いた。
それは、ただただ無垢な善意。
けれど、公爵木兎の目にはそれが――
過去と現在、森と人の境を軽々と越えた、“許されざる越境”に映っているのかもしれない。
「ああ、認めよう」
ジンが一歩前に出る。
「俺たちは愚かな人間だ」
その言葉にルフナとミヤとマヤが目を丸くするが、ジンは手で制し、クロリスも彼女たちを庇うように前に出た。
「弱く、愚かだからこそ、夜の森で魔物に襲われにくい開けた場所を探す。
夜目も効かず、鼻も利かない。
少しの油断が命取りだ。
だから生き延びるために、せめて一晩だけでもここで休ませてほしい。」
それを聞いた公爵木兎の身体がふわりと膨らみ、肩の羽毛が小刻みに震える。低く吐き出す息に合わせ、胸の羽もわずかに震動する。眼光は鋭く、ジンたちを射抜くように見据えていた。
《…人間、勝手。やはり愚か。》
すると、肩の羽を一層逆立て、尾羽を軽くバサバサと動かす。頭をゆっくり左右に傾け、低くハーッと息を吐きながら、冷たい光が瞳に宿る。その瞳には、かつての苛立ちが嘲笑へと変わったかのような微かな揺らぎが生まれる。
まるで、怒りを抑えつつ、手前勝手な人間の言動を小馬鹿にするかのような態度――それが、冒険者全員に圧として伝わった。
ひとしきり嘲笑すると、公爵木兎はその大きな瞳でじっとこちら冷ややかな視線を向ける。
公爵木兎を中心に森の空気がざわめき、辺りの木々が揺れる。
《昔、人間、森と共に、生きた》
《人間、森を去る。今、野山を焼く》
《一晩のみ。信用出来ない!》
公爵木兎の瞳が鋭く光り、周囲の風が一層激しくなる。
《人間の安全、我々の安全、違う!》
新人冒険者達はその言葉に衝撃を受けた。
それは立場の違い。
住む世界の違い。
だがルフナは思わず武器の柄を握り直す。
小さな呟きが漏れる――
「…じゃあ、どうすればよかったの…?」
だが、その声は公爵木兎の巻き起こす風にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
《木霊、最近数多く、消えた!》
《人間、何をした!?》
…え??
冒険者達は公爵木兎の唐突な言葉に、反応が遅れた。
《我も、消すつもりか!?消すつもりかっ!?》
《させぬ!させぬっ!!》
要約すると、謎の失踪を遂げるピリィ。それを攫っているのは人間であり、人間は公爵木兎自身を襲う為に森の深部までたどり着いた、と疑っているのだ。
興奮していく公爵木兎の念話に、ルフナの胸の奥から怒りがわき上がった。
自分が木霊と歩々茸を案内させて、ここまで来てしまった責任は受け入れる。
それは理にかなった叱責だ。
しかし、木霊の不自然な消失を、自分のせいにされる筋合いはない。
ルフナの瞳が鋭く光る。
巨大な瞳に射抜かれ、全身を巻き上げる風に押されながらも、理性で押しとどめる。
勝てるはずがない。
頭では理解している。
だが、理不尽に責められ、過剰に警戒され、威嚇される状況は、学舎での屈辱を思い出させる。
あのときも、何もしていないのに叱責された。理不尽に耐えた。
それと同じ感覚が、胸の奥で怒りに変わる。
ルフナは小さく息を吐く。
振り払いたい。
手はまだ武器にかかっている。
指先に力が入る。
心の奥底で、理性と本能がぶつかり合う。
ミヤとマヤは、ルフナの目の色が変わった事に気がつく。
「ルーちゃんっ!ダメだヨっ!」
「落ちてイて!ルーちゃんっ!」
しかし、我慢の限界を超えたルフナに幼なじみ2人の静止の言葉は届かなかった。
焦燥に駆られたルフナが叫んだ。
ルフナを庇うように立っていたジンの表情が曇る。
ルフナの精神的弱点は理解していたが、それは限界を超えてしまったようだ。
ルフナは武器を構え、突撃の一歩を踏み出してしまったのだった。
皆さんにトラウマはありますか?
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