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ガサ…ガサ…。
茂みからの物音に5人は陣形を組む。
「森に入る前に魔物避けの笛を使ってるが…」
「…そろそろ効果が切れてもおかしくない時間だし、結構深い場所まで来たわ。でも…なんだか変な気配ね」
クロリスは考え込んだ。
「なあ、ミヤマヤ。この森のヤバい魔物って何が居る?」
もちろんジン達は森の下調べを済ませていた。
だからこの確認は、ルフナ達新人チームが勉強してきたかどうかのテストでもあった。
「えっト…怒らせちゃイケナイのが【公爵木兎】で、」
「出会っタらすぐに逃げろ…ナのが【黒森熊】だよ」
ミヤマヤの解答。
それは模範解答。調べれば簡単に得られる教科書的な解答だ。
冒険者ならばそれでは足りない。
「よし、じゃあ…ルフナ。黒森熊からはどうやって逃げればいい?」
「黒森熊からはたぶん逃げられないよ?
だから、倒す!」
ルフナは当然と言うように言い切った。
その予想外の言葉にミヤマヤは目を丸くする。
ジンはニヤリと口元で笑う。
「理由は?」
「前ね、うちの商工会の古株のお爺さんから聞いたんだ。
初心者が森の手前で黒森熊に会っても、たいていは逃げ切れるんだって。
黒森熊は明るいところは苦手みたいだよ。
でも…中級者向けになると話が違って、森の奥にいくと黒森熊の遭遇率が高くなる。
しかも、冒険者が行方不明になる時期と目撃談が増える時期が重なるんだ、ってさ。
帰って来ない人から話を聞けないから解らないけど…。
でも、もし黒森熊に遭遇した人が帰って来れてないなら…。
やっぱり戦って倒すしかないよ」
ジンは舌を巻く。
さすがルフナ、ちゃんと情報を読み取ってるじゃないか。
いや、天性の危機管理能力なのか?
冒険者は常に危険と隣り合わせ。
実際、帰ってきた人間の話よりも帰って来ない人間の話の方が重要な場合も多々あるのだ。
ジンは中級者向けの依頼の失敗率とその理由と、行方不明者の人数から、ルフナと同じ結論に至っていた。
話を聞いた戦陣。
ミヤマヤは顔を真っ青にして杖を構え、
ジンは熾狼牙の魔石を起動し、
ルフナは強い魔物との遭遇の予感に挑戦的な笑みを深くし、その中でクロリスはただ1人冷静であった。
クロリスは目を瞑り周囲から聞こえる音をしばらく聞いてから、
何かを決心したかのように頷き戦陣から1人抜け出した。
「お…おい」
「…たぶん、大丈夫よ」
クロリスはジンの制止を振り切り、もちろん杖を持ち警戒しながらではあるが、茂みの近くまで歩みを進める。
ガサガサ音がしていた茂みから、コチラにも緊張が伝わる。
「…ごめんね、驚かせたわね」
クロリスが茂みに優しく声をかけると…
わちゃわちゃ!
大量のキノコの魔物が、森の奥の方向に飛び出して行った。
それは人間には無害な森の魔物、歩きキノコ【歩々茸】である。
太いもの、細いもの、長いもの、短いもの、傘の開いたもの、傘の狭いもの。
色々な歩々茸が群れを成し、駆け足で逃げていく。
ミヤマヤは驚き尻もちをつき、
ルフナは目を輝かせ、
ジンは驚きながらも美味しそうな固体がいないか品定めをした。
「…たぶん、さっきのジュレとの戦闘で怯えた子たちね。」
クロリスがしゃがんで歩々茸を見送る。
「かわいー」
方向音痴なのか群れの列から逸れた1体の歩々茸を、ルフナが抱き上げていた。
大きくなり過ぎたのか傘にひび割れのある歩々茸。
脚をワタワタ動かすその姿はぬいぐるみのようで、どことなく愛らしく見えなくもない。
しかし美的感覚と趣味嗜好はそれぞれのようで、ミヤマヤは終始怯えっぱなしだ。
歩々茸を抱き上げていたルフナが好奇心のままジンに確認する。
「ねえねえ、ジン君!
この子って食べれるの?」
「お?基本的には食べられるし、美味しいのもいるぞ」
毒のある歩々茸は群れを成さないので、大丈夫な筈である。
固体によってはとても良い香りがして、高級食材として扱われる事もある。
《!?!?》
人間の言葉を解さないはずの歩々茸が、ルフナとジンの会話から本能的に命の危機を感じ取り、慌てたように身をよじる。
歩々茸ルフナの腕からスタコラと逃走した。
「あーっ!」
「晩飯の…兎角肉のソテーの付け合わせが…」
「…残念だったわね」
「本気デ食べルつもりダったの?!」
「食べタらわたし、お腹壊したカモ…」
さてさて…。
長い長い歩々茸の群れの最後尾。
そこには腐葉土の上をふわふわと飛ぶ、30cmほどの小さな妖精がしれっと1体混じっていた。
それは小枝と若葉をまとったような姿。
「…あレ?いま、なんか居タよ?」
「ワタシも見えタ…チョコチョコって」
妖精は双子の声に立ち止まって振り返り、ふたりをじっと見つめた。
妖精は興味を惹かれたのか、歩々茸の列から外れ、双子にふわふわと近づいてきたのだった。
「「エっ?」」
「♪♪♪」
双子の周りをクルクルと飛び回る小さな妖精。
「わぁ!ピリィだ〜!」
歩々茸を取り逃がしたルフナが感嘆の声をあげる。
「…木霊ね。わたしの住んでいた所ではヴィリアと呼んでいたわ」
「ふむ?昔に親父に見せられた東方大陸の子供向けの絵語書の木霊とは随分違うもんだな」
顔を見合わせるクロリスとジン。
因みにジンが絵語書で見た木霊は、東方大陸で人気を博した人形劇でデザインされた木霊であり、穴の空いた白い陶器の仮面を付けた小人なのであった。
「あたし、小さい頃に街に迷い込んだ子を見た事があるよっ」
小さな妖精に目を輝かせるルフナを見るに、森が近いポットの街ではかなり身近な存在のようだ。
「…昔、【民話の語り手】から聞いたヴィリアは、人間を魅了してしまう小悪魔だったのだけどね」
「まあ、そんな雰囲気ではない気がするが」
ミヤマヤから離れ、今度は自分たちの周りを飛び始めたピリィに、クロリスとジンは冷静な反応をする。
「いいなぁ〜…」
何故かピリィが近づいて来ないルフナは不満顔だ。
「ルーちゃんは乱暴だカラねー」
「仕方ナいよねー」
そんなルフナをミヤマヤは少し意地悪な笑顔で誂うのだった。
冒険者チームは薬草の採取を再開した。
そしてこの迷いピリィは、コチラの意図を理解したのか、ミヤマヤを成長した薬草まで案内する事もあり、作業効率が上がったのだった。
中央大陸の東部。
マルヘラの森はその深さも相まって日暮れが速い。
昼の祈りと日暮れの祈り、ちょうどその間の時間。
森の中を流れるクラーラ川の支流から水を汲んだ一行は、今日のキャンプ地について話し合っていた。
「さあ、どうする?」
ジンはニヤリと笑いながらルフナ達に考えさせる。
今日は冒険者としてのテストを兼ねている為、ルフナ達に考えさせているのだ。
しかし…
「今はこの辺…だよね…?」
「そうダね。でも川の近くは増水するト危ないシ…」
「茂みの中ダと黒森熊が来ルかもだシ…」
古参冒険者からの入れ知恵はあっても、方向音痴気味のルフナ。
教科書通りで、慎重派のミヤマヤ。
薄暗い森の中、ピリィの放つ仄かな明かりで地図とにらめっこするこの三人は、どこか決定力に欠けていた。
「…薬草集めに夢中になってたからね」
「開けた場所は何か所かあったんだがなぁ」
クロリスとジンは三人の様子を苦笑いして見守る。
実のところ、これは初級冒険者が初めて中級依頼に挑む際に、もっとも陥りやすい典型的な落とし穴だった。
中級では、より希少な素材が手に入る分、夢中になりやすく、つい周囲への注意が散漫になる。
森の奥へと入り込むにつれ、距離感や時間感覚も狂ってくる。
本来なら、野営地はまだ明るいうちに、安全と全員分のスペースを考慮して確保しておくべきなのだ。
ルフナも、その“罠”については知っていたはずだった。
古参冒険者の昔話で、
「中級は甘くない」
「拠点の遅れは命取り」
と、何度も聞かされていた。
けれど実際に森を歩き、薬草に集中し、ピリィの姿に気を取られているうちに、頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
さらに言えば、今まで彼女たちが探していたのは【自分たち三人が休める場所】であったため、見守るジンとクロリス、その二人の存在を、計算に入れていなかったのだ。
そして、慎重すぎるミヤマヤと判断を譲り合ううちに、野営地の決定は、ずるずると先延ばしになってしまっていたのだった。
こうなると、安全な場所を探して進むか、最初の拠点に戻るかの2択なのだが…。
かさ…かさ…。
本日三度目の茂みからの物音に、五人は自然と陣形を組んでいた。
水辺では動物型の魔物と鉢合わせることも多く、油断は禁物である。
だが、今回は様子が違った。
ピリィが、警戒するでもなく、むしろ嬉しそうに音のする茂みへと近づいていく。
そして、ヒョコッと姿を見せたのはーあの、歩々茸だった。
頭にひび割れの入った傘。
明らかに、昼間ルフナが抱き上げた歩々茸と同じ種類――いや、恐らく同じ個体である。
それを証明するかのように、歩々茸はピリィにトコトコと近づいた後、ルフナとジンを見るや否や、ぷいっと傘をそらした。
「あの時の子かな?」
「"食べたら美味しい"とか言ったからだな」
「…自業自得ね」
「ピリィと何か話してルみたいダね?」
「お迎えに来タのかナ?」
ミヤマヤの言う通り、足をばたつかせ飛び跳ねるポポムに返答するように、ピリィは円を描くように飛翔し、仄かに明滅を繰り返していた。
そのやり取りの後、ピリィがポポムの頭の上にすとんと乗る。
ミヤマヤの前で跳ねながら何かを訴えるポポムと、その頭上でほのかに光を灯すピリィ。
「ひょっとシて…?」
「案内シてくれルの…?」
「─ちょっと待って」
ルフナが手を出して2人を制し、ジンとクロリスの方を振り返る。
だが先輩冒険者の2人は、沈黙のまま一歩も動かない。
「ミー、マー、会議」
ルフナが真面目な声で言うと、ミヤとマヤはポポムとピリィに「ちょっと待ってネ」と言って顔を寄せ合った。
「いーい? これは“テスト”なんだよ。ジン君じゃなくても、ただ付いてったら減点対象になると思うし、何より安全かどうかはまだ分かんない」
「確カに…。クロリスちゃんが言ってタ、魅了しチゃう木霊の話…」
「デも、ココに留まり続けルのも、多分減点だヨ?」
「進んでも迷ってもマイナス、ってやつだね…。
でも、“何も選ばない”は、それ以上のマイナスだよ」
ルフナの言葉に、ミヤとマヤが目を見交わす。
「付いていってミる?」
「一応、初級だケどワタシ反魅了の魔法は使えルよ」
「マヤ、ナイス!」
「ジゃあ、ついていって、ダメそうだったら引き返す。
「途中でキャンプできそうなトコがあレば、ソコでもイいし」
ルフナがふっと微笑んで頷いた。
「じゃあ決まり♪行こう!
─でも“自分たちで選んだ”ってこと、忘れないようにね。
だって、あたし達は冒険者なんだから。」
ファンタジーではあまり疑問にされませんが、モンスターに限らず妖精とか精霊とか、その誘いを本当に信用して良いのでしょうか?
そんな緊迫の一コマ。
嫁氏との共同制作です
noteとpixivにも公開中
コチラは嫁氏の手描き挿絵が付いています
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