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人と機械のネクスト・ワールド

 西暦2150年4月10日、民主国家フェンリルのメトロ大学講堂で、エリン・ステファノスキー博士による講義が行われています。講堂には300人を超える学生が集まり、立ち見も出るほどの盛況です。銀髪ロングヘアでスレンダー、黒のワンピースはレースと刺繍で飾られた26歳の若き天才博士がステージに登場する。学生たちは、彼女を女優か歌手に贈るかのような熱烈な拍手で迎えた。

「いや……諸君、今日も勉学に励んでいるかね……」と博士は両手を広げて拍手を制止した。「ありがとう!さて、本日の講義は、反重力素粒子を用いた物体浮遊チップについてだ。我が師であるラルース教授が、発見した反重力素粒子の反応を増幅して、地球の重力から反作用を得て物体を浮遊させるシステムです。諸君、これは魔法ではありません。相対性理論と標準理論の統合がもたらす驚異的な科学の技なのです」

博士は、身振り手振りを交えながら続けた。

「百年前の人類ならば、魔法だと驚いたかもしれないが、22世紀の現実世界には魔法などない。優秀な科学者たちが、その生涯を賭け、好奇心をエネルギーに理論と実験・観測によって生み出してきたものです、このチップは、先人たちの知力と努力を受け継ぎ、紡いできた成果である。そして、これをさらに受け継いでいくのは、諸君たちだ。」

博士がステージ脇に控える助手、レベッカを指さす。彼女はタブレットを操作してステージの大スクリーンの画面いっぱいに数千行の計算式とプログラムコードを表示させた。

「この数式とコードを明日までに理解できる者がいれば、大人気である、私のゼミに参加する権利を与えます」

博士は、手のひらを聴衆に突き出して、立体QRコードをホログラム投影させた。学生たちは一斉にそのコードを端末にコピーした、その中に黒縁眼鏡端末のフレーム軽くタッチして、コードをコピーする学生マニーがいた。

メトロ大学での講義が行われていると同時刻に、首都にあるコンチネンタルホテルでは、物体浮遊チップの記者発表が、TVカメラも含め多くの報道陣の前で行われていた、そこには、初老の物理学の権威ラルース教授が白衣姿で記者の質問に答えていた。

「……よって、この反重力素粒子の反応を増幅させることで物体を浮遊、質量移動をジャイロセンサーにてシグナルを送ることで、前後左右への空間移動を可能にしました」

「教授、あなたが半重力素粒子を発見してから、まだ1年も経過していませんが、物体を浮遊させるようなツールが、既に実現されたということですか?」記者が質問した。

「それは、私の優秀な教え子であるエリン博士が、その才能をいかんなく発揮した成果ですね、百聞は一見如かず、それでは、エリン博士による実演を観て頂こう……博士!」

 そこには、レプリと呼ばれるマネキン型の人工生体組織を持つロボットが、博士の影武者として登場してきた。博士にそっくりのホログラムデータをまとっており、黒いワンピースに小さいポーチを片手に持って登場した、教授以外は、誰一人、エリン博士の影武者に気づく者はいなかった。

「いや……諸君、早速ショータイムを始めよう」

レプリの博士は、徐にポーチから小さな電子手帳を取り出してキー操作を始めた、その小さな手帳は青白い光を発した。博士は、その手帳をポーチに投げ入れて、ポーチの巾着ひもを閉じた。

「それでは、みなさん、お立会い……」

博士の持っていたポーチが上昇を始め、博士の右腕を高く持ち上げた、続いて博士の体はポーチによって空中へと浮遊した、記者たちは歓声を上げながら、カメラを一斉に博士に向けた。その瞬間、ラルース教授が左耳のイヤホンに手を当てて大きな声を上げた。

「エリン、下着じゃ!」

TVカメラは、空中浮遊中のワンピース姿の博士を下から映し出していた。

同時刻、大学で講義中のエリン博士は、突然、目を閉じて親指と人差し指で閉じた瞼を軽く押した、博士が装着しているのは“BNI”ブレイン・ネット・インターフェイスと呼ばれるコンタクトレンズである。これはエリン博士が発明したもので、脳とネットを接続するツールとして機能する。博士の視覚情報にはタイムコードが付加され、記者会見場の様子が投影される。そのため、慌てたラルース教授の声が、講義中のエリン博士の耳にも届いた。

「ありゃ!」

エリン博士は、一言を発して後、黙ったまま、何度も瞬きを始める、学生たちは何が起きているのか理解できずに見つめていた。博士が瞬きするたびに、彼女の視覚映像には、記者会見場のレプリのコスチュームが切り替わる映像が投影されていた、ミニスカート、レオタード、水着、ジャンプスーツ

「ダメ、ダメ、これもダメ……これでよし!」

記者会見場では、空中浮遊中のエリン博士のレプリが着せ替えショーを演じてしまっていた。講義中のエリン博士の視覚映像に“登録プログラム再開”と表示された。ジャンプスーツを着たレプリのエリン博士は、何事もなかったかのように記者会見場の空中を、自在に浮遊移動して見せていた。

「このように体重移動で前後左右に空中を移動することができます、上下移動は、BMIを通して、反重力素子の出力を調整できます、これは究極の省エネ移動手段となるでしょう」

会場は、驚きと感嘆のため息に包まれた。

ラルース教授はひとり狼狽しながら、冷や汗をかきながら言い訳を始めていた。

「えっ……本日は、博士のスケジュール調整ができず、やむを得ずレプリでの対応をいたしまして準備不足で……」

その最中、大学の講堂、記者会見場の館内放送、およびすべてのメディアを通じて、国家緊急警報が大音量でアナウンスされる。

「国家緊急警報、隣国アルト共和国より弾道ミサイル3発が発射、即時迎撃を実施します、念のため迎撃確認まで安全な地下施設への非難を求めます」

 大学、記者会見場では、案内ロボットの誘導にて、整然と非難活動がはじまる。


近年、海を隔てた隣国、アルト人民共和国では、専制政治が破綻しつつあり、軍事的行動による威圧にて諸外国から食料、エネルギー、先端技術品の調達を図ろうとする暴挙が頻発していた。しかし、フェンリル国とアルト人民共和国では、圧倒的な科学技術力の差がある、アルト国からの攻撃は、100年以上前の武器が主力であり、フェンリル国は、迎撃に失敗することは全くなかった。フェンリル国政府は、民主国家への転換を条件に食料、平和的科学技術の提供を長年にわたり提案しているが、アルト国の独裁者チェン将軍は、強権を発動し続けているのであった。

 講演翌日、メトロ大学のラルース教授研究室は首都郊外にあり、広大な大学敷地の中に位置している。研究室のミーティングルームでは、エリン博士、ラルース教授、博士の助手レベッカが大型モニターでニュース映像を見ている。画面には、チェン将軍の写真とミサイル。

「昨日のアルト国から発射の弾道ミサイルは、国家防衛衛星MOSによって高度3万6000kmから高出力レーザーにて迎撃されました」ニュース映像が流れる。

「宇宙空間での迎撃ですから問題なさそうですが、1発は核弾頭を積んでいたそうです、SIDOが宇宙空間での放射能検知を情報収集しました」レベッカがつぶやく。 

「チェン将軍の行動は、いよいよ末期的な症状をみせておるな」ラルース教授が応える。

エリン博士は、暗い表情で

「アルト国の人口は約600万人だが、400万人の多くが飢餓に陥っているとの観測もある」

「それでも、先週は国内外に向けて軍事パレードの様子を公開していますよね、まさに国民を顧みない暴挙ですね、どうして内乱やクーデターがおきないのでしょうかね」

レベッカが不機嫌そうな顔で呟いた。

エリン博士は、さらに暗く真剣な顔つきで

「アルト国では生まれた時から、国があっての人民であり、国とは将軍様が人民のため作られたもので、国を守るとは将軍様を守ることであると洗脳教育され続けている、だから多くの人民はその考えに疑問さえ持たないから……ただそう教えられただけなのに……」そう告げると黙りこくってしまった。

エリン博士の頭の中で、幼い日の強烈な思い出が蘇っていた。博士の生まれはアルト国と地続き国家ガンジオで国境近くの村に住んでいた。父は農作業ロボットの技師をしており、母は自宅で農作業ロボットと綿花を作っていた。

《エリン博士、幼少期の回想》

100ヘクタールを超える一面の綿花畑で、人型ロボットが何百台も綿花を摘んでいる、その光景をみながら、小さな家の庭先でエリンの母が綿花から糸車を回しながら糸を紡いでいる、傍らでは幼き日(5歳)のエリンが、その手伝いをしている。

「ねえ、お母さん、この仕事もロボットにやってもらえばいいじゃない?」

「そうね、母さんはこれが好きなのよ、綿花を紡いで糸を作り、糸から生地を作り、生地から服をつくるのがね、糸を紡ぎながら、これまでの人生、これからの人生も紡いでいくことを想像することが好きなの」

「へぇ……人生も紡ぐの?」

「そうよ、エリン、紡ぐってわかる?」

「綿を集めて、ねじって、糸を……」

「そうね、毎日、たくさんの出来事や出会いが、積み重なって人生になるのよ、同じでしょ」

「どんな時代が来ても、それは変わらない」

突然、室内からブザー音が次々に聞こえてくる、母が確認すると畑で働いているロボットの制御盤から何十もの赤いランプが点灯して故障を知らせている。そこへ父が血相を変えて畑から走ってきた。

「すぐにここから逃げろ、アルト国の軍隊が攻めてきている」

畑からは、ロボットの爆発音とともに大きな炎が上がった。

「町まで行けば、ロボット警備兵がいる、さあ急いで」

トラックで町に着いた3人は、町の有様に唖然とした、町はすでにアルト国軍隊の襲撃がはじまっていた、ロボット警備兵が応戦していたが、アルト軍の兵隊はロボット警備兵1台に玉砕覚悟で数人が一度に襲い掛かっていた。その中には、手に斧を持った、幼い少年兵も戦闘に大勢参加していた。その少年兵の形相にエリンは、言葉を失い怯えるだけであった。

 父は、近くの空港に向けて着陸しようとする、フェンリル国の大型輸送機を見つける。

「何ということだ、布告もなく戦争を仕掛けてくるとは、この国の軍事能力は、皆無に等しいのに、壊滅されてしまうぞ、このまま空港に行く……」

泣きじゃくるエリンを母は、しっかりと抱きしめていた。

滑走路では、フェンリル国の輸送機が既に離陸体制に入っていた、管制塔ビルは、完全にアルト軍に占拠され、兵士たちは輸送機に迫ろうとしていた。輸送機のエンジン音、銃声、爆発音、逃げまとう人々の悲鳴、滑走路も混乱の極みであった。

父は、空港のフェンスをトラックで突き破り、滑走路に侵入、輸送機は、大勢の避難民で後方の搬入ハッチを絞められず開放したまま滑走路を離陸に向けて走行していた、父はトラックを輸送機に並走させながら大声で叫んだ。

「頼む、俺たちも乗せてくれ、このままでは殺されてしまう、お願いだ……」

輸送機の搬入ハッチ近くにしがみついている青年が泣きながら応える。

「見ての通りだ、この機は既に、極端な定員オーバーだ、飛べなくなってしまう、諦めてくれ」

搬入ハッチから何人もの人が、次から次へと滑走路へ転げ落ちていた。

「お願いだ、助けてくれ」

大粒の涙をながしたまま、何も答えない青年

「お願いだ……ならばせめて子供だけでも……」懇願する父

エリンが泣きながら叫ぶ「父さん、何を言っているの!」

父は、妻の顔を凝視した、うなずく妻、父親はトラックを無理やり輸送機のハッチに横付けした、母は立ち上げり、抱きしめていたエリンを青年の懐へ押し込んだ。

青年は、思わず、泣きじゃくるエリンを受け止めた。その時、大きな機体は、地面を離れ上昇し始める。

「いやだ、いやだ、父さん、母さん、いや……!」

「エリン……」母の叫びが響いた。

父親は、トラックを止めた、後方から大量のアルト軍兵士が彼らに襲いかかる。エリンは、涙の中、アルト軍兵士に飲み込まれる両親を上昇する機体から見ていた。

この時、幼いエリンを受け止めた青年は、フェンリル国からガンジオ国へ技術協力で派遣されていた若き日のラルース教授であった。


「次のニュースです、メトロ大学、エリン博士が世紀の発明、物体浮遊チップをエロチックな下着と共に発表しました」

アナウンサーの声に、我に戻るエリン博士

「はあっ~~、何だ、この報道!」

TVからは、昨日の記者会見の映像が流れて続けている。

ミーティングルームへマイクとキャシーが入ってくる。二人とも元はレンジャーであり、いまは大学の講師を表向きの職業としている。マイクは33歳、ブロンドの髪、大柄で屈強な体をしている、キャシーは、ブルネット、グラマラスで鍛えられた体つきである。マイクの足元で、彼の歩行に合わせて足にスラロームしながら、猫のアビーも部屋に入ってきた。アビーは、エジプト原産の猫、アビシニアンに似せて創られた人工生体と機械が合体した、アニマロイド猫である、アビシニアン・ブルーと呼ばれる灰青色した神秘的でスレンダーなボディーである。 

マイクが「博士、観ましたよ、昨日の記者会見、学生たちの話題をさらっていますよ、博士もレプリと同じ下着ですか?」

キャシー「私には、あの可愛い下着は、無理ですけど」

「もう、ふざけないで、世紀の発明の発表会が台無しだわ」

レベッカが、腕時計デバイスから、ホログラム・スクリーンを表示させた。

「そんなことないです、物体浮遊チップの問い合わせが、一晩で世界中から3万件以上来ていますよ、ウハウハですね」

「レベッカ、不謹慎ですよ」ラルース教授が窘める。

「すいません」

「それでは……みんな揃ったところで、ミーティングに入るとしよう」

エリン博士が、指を鳴らすと、窓が電磁作用で透明からすりガラスへ、ドアにロックがかかりサインボードが‘入室禁止’と表示される。

続いてレベッカが壁を、ノックすると2mほど白い壁が横にスライドした、中からマネキン型のレプリが出てくるラルース教授が、そのレプリとハイタッチすると、レプリは教授とそっくりのホロをまとって教授の席につく、次は博士、マイク、キャシー、レベッカと次々にマネキン型レプリはハイタッチでホロをまとい、それぞれの席につく。レプリの視覚映像に疑似人格プログラムおよび最新バックアップデータロード完了のメッセージが流れる。

「レプリの皆さん、準備OKですか?」

「OKで~ す」レプリのレベッカが明るく答える。

「私って、そんな話し方だっけ…… まあ、いいわ、では、よろしく!」

「了解しました」レプリ全員で

博士たち5人と1匹は、スライドした壁の中へ入って行く。


《ミーティングルームに残されたレプリたちの会話》

レプリ・レベッカ

「……私たちって彼らの専用レプリで体型まで同じですよね、キャシーみたいなグラマーなボディーが良かったな」

レプリ・キャシー

「私たちは、彼らの影武者だから、ホロで身体サイズを合わせるより、物理サイズで合わせた方が見分けが付きにくいってことね、私たち、人間の出す微弱な生体電磁波まで模倣してあるのだから、通常のレプリ識別機では判別されないわ」

「私たちって高級品なのですか」

「そうとも言えるわね、1体で億単位らしいわ」

「すんごいですね」

レプリ・マイク

「俺の場合は、特別だから、もっとコストが掛かっているらしい、マイク本人は、外人部隊に所属していた戦闘で両足と右腕を失くしているから、本人が装着している義足と義手と同等品が装着されているから、100メートルを5秒台、時速70キロ以上で走ることができる、君らより数倍の開発コストが必要だったらしい」

レプリ・レベッカ

「エリン博士は、世界でも有数の富豪ですよね、どのくらいお金持っているのですか?」

レプリ・エリン

「資産情報を見た記憶データはあるけど、金額にマスクがかかっていて思い出せないのよ、自分のレプリにも秘密ってことね、あのBNIだけでも3億個は売れている、それに、個人として保有している特許情報だけでも100以上はあるからね、それによる収入は……」

レプリ・ラルース

「エリンの金銭感覚は異次元というか、まったく……」

レプリ・エリン

「お金は、人類最大の発明品だと考えている、富への欲望が文明の発展を大きく後押ししているのだから、でも、その人類の欲望を暴走させるのもお金で、お金は保有するより、何に支出するかが大切だ、だから、首都の街中にあったメトロ大学を丸ごと買い取って、郊外に移転させ新しい社会システムの実験を開始した、ここでの生活においては、お金は意味をなさない」

レプリ・レベッカ

「だからって、大学も全寮制で生徒数1万人、すべての費用は無料って、それに職員も1000人以上で、みんな一戸建てに住んでいる、これも無償提供って、すんごくないですか」

レプリ・エリン

「それが、当たり前の世界がもうすぐやってくる、お金のための労働や勉学ではなく、人間本来の活動への対価としてのお金に変貌していく、問題は、お金が混乱を引き起こさない世界を作るために途方もないお金が必要ということだ」

レプリ・レベッカ

「何だか、よくわかりません!」


秘密通路を抜けて大型エレベータに5人と1匹は、乗り込んでいた。

ラルース教授が声を発すると

「作戦室へ」

エレベータは高速で降下を始めた、壁のモニターには地下深度100M,200M,300Mと表示されていく。

レベッカが

「うわぁ! いつもながら、このエレベータ、早すぎませんか、フリーフォール状態ですよね」

エリン博士は、微笑みながら

「それじゃ、楽しいでしょ! もっと降下速度上げたいけど、無重力状態になっちゃうからね」

エレベータの音声「地下1500メートル、ミッションコントロールルーム・作戦室です」

蹲るレベッカは「うぇ~~ きつい」

全員が作戦室に入室した。

作戦室には、縦5メートル、横25メートルの巨大スクリーンがあり‘SIDO’の文字が大きく表示されている、その前に操作卓が2列に10台ずつ並び、ロボットが席についている。

レベッカが、不思議顔で

「どうして学内のロボットは、オズの魔法使いに出てきそうなブリキ型なのですかね」

キャシー「単純労働が役割のロボットには、人間が感情移入しないように作られているのよ」

「なるほど、外見は、大事ですからね」

ラルース教授「早速だが、SIDO状況報告を頼む」

SIDO、超高度人工知能が、男性の低い声でスピーカーを通じて話し始める。

『昨日、アルト国より本国に向けて発射されたミサイルに核弾頭が搭載されていました。衛星により無事破壊されたものの、今後アルト国からの軍事的攻撃は、さらに増加すると予想されます』

「アルト国の内情は?」

SIDOは、偵察衛星映像をスクリーンに流しながら解説を続ける

『首都キジル付近では、市民の日常生活も散見されますが、映像から成人市民の平均体重は45キロ程度、BMIは15以下と推測されます、市場には十分な食料が供給されていないことも確認しています、農村部では、路上に遺体も確認されおり生活は破綻している模様です』

レベッカが小声で「悲惨ですね……」

「我が国における今後の脅威は?」

『人的軍隊を持たないフェンリル国ですが、6機の軍事静止軌道衛星からのレーザー迎撃の精度は99.9%、海岸線を警備する無人掃海艇250艇、同潜水艇10艇にて海岸線からの進撃にも防衛体制は整っているため、アルト国の物理攻撃による、フェンリル国への脅威は皆無と予想されます』」

「ではアルト国の今後は?」

SIDOは、想定映像とグラフデータをスクリーン表示しながら話し続ける。

『経済封鎖にて国内におけるミサイル製造能力は、消失したと想定されますが、今後数年間は、過去2世紀に製造された武器によって軍事行動による諸外国への圧力を続けることは可能、現在、ロボットの兵士化が大量かつ急速に進行中、兵士の武器は、斧、ナイフが装備、衛星画像から確認』

レベッカが、再び小声で

「いったい、いつの時代の兵士ですかね?」

『アルト国と国境を接するルクロア、グルタニアの両国は、その科学技術水準から、アルト軍を迎撃する能力は十分であり、交戦状態になれば。アルト軍は壊滅的被害を受け、国家そのものが崩壊するでしょう、国際社会は連盟機能を失っており、アルト国の崩壊まで援助する国は現れないと推測します』

「アルト国の人口の推移予測は?」

『……アルト国の人口推移ですが、現在の600万人から、200万人まで急速に減少すると想定されます。それには、チェン将軍の思考分析より、軍人以外の一般市民を虐殺してでも食料を確保するという暴挙が起きる可能性も含んでいます、これは、現実に20年前に強制併合した旧ガンジア国領土内では、すべて生産活動をロボットのみで行う計画が進行中です、この計画の最終段階では、多くの国民は、虐殺される可能性があります。』

レベッカが心配そうに

「教授、まさか、この問題に立ち向かおうとしているのですか、国家を相手に……」

マイクは、左手で右腕の力こぶを強くつかみながら

「俺は、別に構わないぜ、外国での戦闘行為の経験もあるから」

キャシーは、両手をひろげて、あきれ顔で

「22世紀に、まだこんな国家が存在するなんて許せない」

レベッカの膝の上で丸くなっていたアビーは

「私は、猫ですから、どこでも参りますわ」

「極端な食糧不足下では、犬猫も貴重な蛋白源ですから、気をつけてね」

キャシーが忠告すると、アビーの頭が突然持ち上がった。

「エリン博士、どう思います?」レベッカが尋ねた。

「国際社会から孤立、旧態依然の専制政治により国民から自由な思想と教育を奪い、結果、国民の生命の危機をもたらす、何と愚かなことか、それを防ぐ力は国内に存在しない、外的な力によって、成せるものが正すしかない……我々には、その義務はないが、私は……」

ラルース教授は

「私は、これから大統領公邸に出向く、安全保障技術顧問として、アルト国問題について助言を求められているので、フェンリルとしての対応を見極めてくる。SIDO、念のため、アルト国、民主化の戦略立案を頼む」

『了解』

マイクは心の中で(今の政治家に他国の人民を救済する気概などないと思いますがね)


ラルース教授研究室では、レプリたちがまだ雑談を続けていた。

《レプリたちの会話》

レプリ・レベッカ

「レプリに感情はないといいますけど、泣いて、笑って、怒って、私って感情表現が豊かだと思うのですが、それにいい男を見るとデートしたいかなと感じる、これって感情ですよね、生きているという実感がありますが」

レプリ・エリン

「それは、レベッカ本人の行動、感情データから、あなたのAIとエモーションチップが、状況に応じて瞬時に、レベッカ本人をシミュレーションできるようにしているだけよ」

「そうなのかな、レベッカであってレベッカではないと感じると言うか……我思う、故に我ありでしょ、私には個別意識の存在を感じる……」

「なるほど、レベッカ本人がレプリについて、相当に感情移入しているってことだね」

「はぁ!」

「レベッカ本人が、レプリは人と同じように個別の感情があって生きているように感じているってこと、だからレベッカの影武者レプリのあなたも、同様の発想をするってこと」

「う~~ん」

そこへ、研究室の受付ロボットから連絡が入る

「受付に学生のマニー・コバルスキーさんがエリン博士に面会したいとお越しです」

レプリ・エリン

「要件は?」

「昨日、発表された物体浮遊チップの数式とコードの件とのことです」

レプリ・エリンは、視覚情報に昨日の講義を投影していた。

「ほう、面白い、あの数式とコードを一晩で理解してきたということか、いいだろう応接室に通してくれ」

レプリ・エリン

「ちょっと、行ってくる」

レプリ・マイク

「マニー・コバルスキー? 聞いたことがあるな」

「モニター! 第一応接室表示」

音声命令でモニターが、ニュース映像から、応接室に切り替わる。

「こいつ、俺が監督しているパルクールチームで、身体強化ツールなしで高スコアを出せる、すごい奴だよ」

レプリ・キャシー

「へえ、この黒縁眼鏡君が……きゃしゃな体格なのにね」


レプリ・エリンが応接室へ入室してくる。

「マニー・コバルスキーです」

「ドクター・エリンだ」

「握手してもらえますか、博士は、世界的超有名人ですから」

「いいだろう……ところで、ここに来たということは、昨日の数式とコードを理解したのかね、君以外には誰も訪ねて来る者はいないのだが」

「はい、極小の反重力素粒子の反発力を使って、人間を浮遊させるまでに増幅させる原理の理解に少し時間がかかりました」

「それで……」

「はい、理解したと言うだけでは……と考えて博士のコードをもとに、複数の物体浮遊チップ使い、重量物を浮遊させるコントローラーを設計してみました、実物は機材とチップがないので作れませんが、物理回路図と博士のコードの改変版を持ってきました」

マニーはポケットから、指先ほどの小さなディスクカードを取り出してレプリ・エリンに渡した。

「ほお!」レプリ・エリンは、腕時計デバイスにカードを差し込み、マニーに背を向けてホロスクリーンを起動した。

(SIDO オーダー 仮想空間2万7000㎥用意、物体浮遊チップ10個、この回路設計図に基づきコントローラー物理モデルをシミュレート、制御コードをローディング、動作確認後、物体浮遊における限界質量を測定実験、性能評価を要請)

レプリ・エリンは、無言でホロスクリーンに検証命令を表示させた。


 エレベータで5人と1匹が地上に向かっている

「戻りは、ゆっくりで安心できますよね」レベッカが笑顔でつぶやく

「そうだな、上昇Gは、面白くないからな……」その時、エリン博士の視覚情報にSIDOから、レプリ・エリンのオーダー承認依頼が表示される。

「ほお、これは面白い、SIDO オーダーVERSE433 アプルーブ」

「何かな、エリン」

「レプリ・エリンが、学生のアイデアをテストするらしい、面白そうだ、みんなも一緒に見学しては!」5人の視覚情報にSIDOが作る仮想空間が投影され始める。


応接室のレプリ・エリンにだけ、秘匿通信でSIDOからの声が届く

『オーダーVERSE433は、承認されました。仮想空間エリア確保完了』

レプリ・エリンの視覚情報が、真っ黒になり、格子状の線だけの縦横高さ、それぞれ30メートル空間が現れる。

『回路設計図によるコントローラー製造開始』

空間に大型スクリーンが現れて、電子回路図が表示、左から右にゆっくりと白い光の線が流れ始めて3往復して設計図のスキャンが完了する。

『コントローラー、プリント開始』

仮想空間に数10本のレーザー光線が出力され、ゲームコントローラーのようなものが物体化し始める。その空間に、5人と1匹がホロ映像として登場する。

エリン・レプリ(野次馬5人と1匹が登場か)

『コントローラー製造完了、改変プログラムロード完了、物体浮遊チップとの通信ネットワーク構築完了』

空中浮遊しているコントローラーの周りに、10個の物体浮遊チップが突然現れる。

『出力テスト開始』

コントローラーのUPボタンが赤く光ると。10個の物体浮遊チップが青白く光りながら直径5メートルほどの円を描きながら回って上昇を始める。

『コントローラーによる物体浮遊チップ制御の正常動作を確認、物体浮遊における質量限界テスト開始』

格子状の白い線だけの黒い壁を突き破るように、大型トレーラーが無人で走行してくる。

レベッカが思わず、驚いて尻もちをついてしまう。

「突然、壁から、こんなの現れると驚きですよね、やっぱ仮想空間はすんごいですね」

エリン博士が微笑みながら、手を差し伸べる、

「SIDOは、現実世界に物理的に存在しているものは、一瞬でホロデータ化するからね」

「SIDO! このトレーラーの質量は?」

『6トンです』

回転して浮遊していたチップ10個が、車体の下に等間隔をとりながら入っていく。すると10個のチップの青白い光が強く輝き始めて、トレーラーがゆっくりと空中へ上昇した。

「これは、素晴らしい、じゃが、残念だが私はもう出かける時間だ」

そう告げた、ラルース教授の体は、光の泡となって仮想空間から消滅した。

『設計上の最大浮遊可能質量20トン、テストを開始します』

着地したトレーラーの荷台に、14トンの鉄骨が空間に現れ積載される。コントローラーのUPボタンが点灯し、車体の底でチップが再度輝き始める、その光は眩しいほどの強さで輝きを放ち始める。

猛烈な光を放ちながら、トレーラーが上昇し始める、10メートルほどの高さで、突然チップが大爆発を起こす。

全員が身を伏せる中、エリン博士は、たじろぎもせずその様子を見つめている。みんなが顔を上げると仮想空間の時間が停止していた、爆発の炎、煙、爆風までもが、博士の数メートル手前で完全静止している。

「どうした、みんな、ここは仮想空間だぞ」エリン博士は、真っ直ぐに爆発を見つめながら淡々と告げた。

「SIDO、原因は?」

『コントローラーから、電磁増幅波の加速度的負荷がチップの耐久性を超えた模様』

「現時点における評価は?」

『当コントローラーによるチップ10個の安定物体浮遊質量の限界は15トンです』

「ありがとうSIDO、VERSE433、終了」

 4人と一匹は、秘密通路をミーティングルームに向かって歩いていた。

「あれは、使えそうですね、博士」

「ああ……、これを1晩で設計できる学生がいるとはね」


応接室では、レプリ・エレンがマニーに背を向けたまま、仮想空間でのテスト結果を見ていた。

マニーは、退屈そうな声で

「どうですか、検証、終わりました」

「ああ……」

「ところで、そろそろ本物のエリン博士に合わせてもらえますか?」

「何を言っている、私が、エリンだ」

「あなたは、レプリですよね、ひょっとして、記者会見場で浮遊していたレプリですかね、昨日は大変でしたね、あっ、レプリだからそんなことは関係ないか」

マニーは、黒縁眼鏡をタップした、視覚映像には、‘レプリ識別信号未検地’との表示がでていた

「あなたから、レプリの識別信号は出ていませんが、最初に握手したときに、皮膚表面に流れるホログラム波を検出しましたから……」

(マニー・コバルスキー、こいつは何者だ)

「本物に会わせてくださいよ」


ミーティングルームに4人と1匹が戻ってきた。

「お疲れ様」レベッカが、レプリの自分とハイタッチをすると、レプリは、ホロが消えてマネキン姿になり壁の中へ戻って行く。キャシー、マイクもレプリたちとハイタッチ、それぞれ壁の奥へ戻って行く。

レベッカは、足踏みしながら

「仮想空間に入ると、何か感覚がおかしくなりますよね、足が地についていないというか」

アビーが足踏みする足元でじゃれている。

「レプリが困っているようだ、マニー・コバルスキーに会ってくる」

エリン博士は、視覚映像で応接室の様子をモニターしていた。


応接室にエリン博士が入ってくる

「博士!」

「大丈夫、ここの様子はモニターしていた、交代しよう」

レプリは、エリン博士とハイタッチしてマネキン姿にホロが変化、部屋を出ていった。

「エリン博士、本物ですか、やっと会うことができました……それとも」

「心配はいらない、間違いなく本物だ」

「おまえが、マニー・コバルスキーか?」

「はい」

エリン博士は、腕時計の文字面をマニーに向けて上下させた。

「スキャンですか? いやだな、博士、僕は人間ですよ」

「そのようだな」博士の視覚映像には‘100%生体人類’との表示、さらにマニーの個人データも表示されていた。

「両親は、旧ユーロ圏、エスタニアからの難民、学校の成績は常に首席、運動競技会で多くの優勝歴か、明るい未来が待っているということか」

エリン博士の視覚映像には、さらにマニーの持ってきた、物理回路図と改変コードがローディングされ‘検証終了’ AIによる作成補助の航跡0%’と表示された。

(AIのサポートなしで、自力で全てを作成か……)

「なるほど、天才か」

「はい」

「ありがとうございます、僕、天才で運動神経もいいのです」

「しかし、性格に問題ありか!」

「はあ……」

「いいだろ、明日から、私のゼミに参加させてやろう」

「本当ですか、ありがとうございます、光栄です!」


 首都ギリルの大統領官邸の執務室には、ミシェル大統領、スーク国防長官、エドガ国務長官がラルース教授の到着を待っていた。

「これは、失敬、遅くなりました、総理」ラルース教授が総理秘書に案内されて入室してくる。

「お待ちしていました、ラルース教授」

「早速だが、国防長官、状況報告を」

「はい、大統領、昨日のアルト国のミサイルに核弾頭が搭載されていたことは確実です、しかし、わが国の防衛網は鉄壁であり、問題ありません、戦略防衛AI、MASKの予測では、今後も脅威となる攻撃は想定されていません、MASKの推奨戦略は、アルト国は、国際社会から孤立しており、先端技術の導入はできず、軍備の増強は不可能との判断、これまで通り、専守防衛を貫いてアルト国の弱体化を待つことが最善としています」

「国務長官は、どう考えますか」

「はい大統領、我が国にとってアルト国の軍事力は確かに、取る足りないものと考えます、しかし、旧ガンジア領には、少数ながらレジスタンス活動を続ける民主主義者が存在していることを確認しています」

「それは、先週も我が国に飛来してきた気球のメッセージのことを言われているのか、そのようなメッセージは当てになりませんな」

「何を言われる国防長官、現に先週もアルト国では、反政府分子の公開処刑が行われているのですよ」

「アルト国の発信する映像など全く証拠にはなりませんな、国民と国際社会に恐怖を見せる疑似映像かもしれませんよ」

「検証もせずに、憶測を言わないでいただきたい」

「そもそも、あの国は、外部とのネットワークを完全にクローズドしており、正確な内情を把握はできません、仮に、レジスタンスの存在が事実であるとして、国務大臣はどう対処されたいのか」

「当然、同じ主義、信念を持つ人々の救助を検討すべきです」

「何を言われるか、我が国が、専守防衛を宣言して、人的軍隊を廃止してから、もう50年が経過するのですよ、特殊部隊と言ってもレプリが100体のみ……」

「しかし人命は……」

「それでは、国民投票にかけるかね? わが国には、もう議会も存在していないのですよ、防衛関連はこの私が、対外事象は、あなた、未来ビジョンは大統領、すべて、それぞれが、ネット国民投票で認められ運営を任されている、常に一人一人の意見をネット投票で反映する、完全民主主義国家ですからな」

「う……」

「平和な社会に慣れ切った国民の意見は、確認せずとも明らかではないか」

ラルース教授が、割って入る。

「まあまあ、ここは冷静に……大統領は、如何にお考えですかな?」

「そうですね、自国民の利益が最優先、それは確かです、しかし……」

「人は守るべきものの範囲が狭い、感情移入できるのは、ほとんど目に見え、触れられる範囲に限られる

家族、友人、知人程度まで、それ以外の出来事は他人事ですからな」

「ラルース教授は、流石、分かっておられる」

「しかし、その無関心と傍観が、人類の未来にとって良いことかは別問題ですが」

「では、せめて国民の意を確かめるだけでも」

防衛長官は、眉をひそめた。

「大統領、国民投票の内容と結果は広く世界に報道されますぞ、レジスタンスの救助は事実上、アルト国への宣戦布告となります、憲法違反を成されるおつもりか!」

大統領は、目を伏せながら

「わかりました、この件は、様子を見ることにしましょう、今日はこれまで」

笑みを浮かべる防衛長官とは、対照的に国務長官はこぶしを握ったまま退出して行った。

「ラルース教授、少しいいですか」

「何でしょう、大統領」

「エリンは、元気にしていますか?」

「はい、元気すぎるほどです」

「そのようで、昨日の記者会見でも……」

「お恥ずかしい、ご覧になられましたか、あれはレプリですが、本人も同じようなものです」

「そういえば、大統領とエリン、学生時代の同級生でしたな」

「ええ、あの頃がとても懐かしいです、エリンとはよく将来について語っていました」

「中央集権の政治体制が崩壊、完全直接民主主義への移行、その若さで大統領は、ご苦労も多いでしょう」

「人気投票と揶揄されて……それでも、私は」

「あまりご自分を責めないように、ご自愛ください……エリンには、よろしく伝えておきます」

立ち去ろうとするラルース教授に大統領が

「あの、確かエリンは、ガンジアの……」

「お気遣いいりません、では……」


午後10時、エリンは自宅の浴槽でゆったりと瞼をとじて入浴している。視覚映像には、マニー・コバルスキーのプロフィールが投影されている。

(エスタニアからの難民、おかしいな、あの国は政治的にも経済的にも安定しているはずだが……)

(マイクへ通信)

「遅くに悪いな、マイク」

「どうしたのですか?」

「マニーって学生、パルクールのチームで教えているって言っていたな、両親は、エスタニアからの難民だそうだが、そのあたりの事情については何か?」

「奴について大学のデータバンク以上のことは、まったく知らない、とにかく運動神経だけは抜群なのだよ」

「わかった、明日、マニーを私のゼミに呼んでいる、マイクも来てくれ、以上だ」

「おいおい、あの小屋に行くのかよ」

(SIDOへ通信)

『こんばんは、エリン博士』

「アルト国、シミュレーション・プランの進捗は?」

『現地へのネット接続不可能のため、極端な情報不足ですが、衛星からの情報をもとにベースプランは完了、これより仮想空間の構築、検証に入ります』

「了解……SIDO、別件だが、学生マニー・コバルスキーの身元徹底調査を、特に両親のエスタニアから難民となった理由が知りたい」

『了解』


翌朝、マニーが、黒縁眼鏡に投影されたルート図に基づいて、草原の舗装されていない小路をエリン博士のゼミ会場へ向かっている。

「本当に、こんなところでゼミをしているのかな?」


100ヘクタール以上の広大な農場で、ブリキ型農業ロボット数十台と学生たち20人ほどが農作業に励んでいる。大型トラクターを格納した農機具倉庫の前で、エリン博士とマイクが農作業を見つめている。

「博士、マニーに何か問題ありですか?」

「ああ! SIDOに調べさせた、詳しくは、本人から直接に聞かせてもらおう」

「パルクールでの奴はどうだ?」

「これを見てください」マイクは、腕時計デバイスから、ホロスクリーンを投影して、パルクール大会の映像を見せた。そこには、次々と障害物を宙返りしながら飛越するマニーの姿があった。

「人間離れした運動能力だな」

「博士も、そう思うでしょ、なので奴の生態データをスキャンしたのですが、間違いなく人間でした」

「ああ、私も昨日、別の意図で同じくスキャンしたけど」

そこに「おはようございます」マニーが遅れてやってきた。

「何ですか、マイク先生もゼミの仲間ですか?」マニーが言い終わる間もなく、マイクが突然、一本背負いでマニーを空中へ投げ飛ばした。

「何するのですか~~先生」、マニーは、叫びながら、宙返りして受け身も取らずに‘サッ’と着地した。

「ほらね、博士、こいつの身体能力は、」

「ほう…… マイク、右腕のフルパワーでもう一度、奴を投げ飛ばしてみろ!」

「博士、それはまずい、俺の右腕パーツは、強力で……」

「知っている、大丈夫だ、私を信用してやれ!」

「二人とも、何を言っているのですか……」

「博士が、そう言うなら、知りませんよ」

マイクは右腕で、マニーの腕を掴むと野球のボール投げるようにマニーを空中へ投げた。マニーの体は、放物線を描きながら20メートルほど舞い上がった。

「何するのですか~~ 死んじゃいますよ、助けて~~ 」

上空からマニーの声が響き渡る。

「博士まずくない、あの高さでは、あいつ……」

「大丈夫だ、ほっておけ」

 マニーは、何事もなかったように無事着地した。

「まったく、いきなり乱暴はやめて下さい」

「マニー、お前は何者だ、お前の両親は、エスタニアにもこの国にも存在していない、エスタニアの分子生物研究所からの脱走者か」

「何ですかそれ?」マイクは状況が全く掴めないでいた。

「何んだ、もう、ご存知でしたか、おっしゃる通り、僕は、エスタニアの研究所でつくられた戦闘用人造人間です」

「人造人間って、おまえ!」マイクは、口が開いたまま。

「格好よく言うと、戦闘用ヒューマノイドです、本来、戦闘用のヒューマノイドは、まったく感情を持たず、知能も低く、戦闘行為に必要な身体能力だけが突出した存在なのですが、僕は、どうやら突然変異体らしく、通常人間は、1個の脳神経細胞にシナプスが1万個ほどですが、僕は10万個以上あるらしく、いわゆる天才なのですが……」

「そのヒューマノイドの天才がどうしてここにいる」

「やっぱり、博士に天才といわれると照れますね、エヘッ……、ある日、エスタニアの研究員が僕を解剖して変異の原因を突き止めるって話しているのを聞いて、脱走したのですが、行き場がなくてフェンリル国の大使館に逃げ込んだのです、そこでエドガさんに助けられて、今は国務長官のエドガさんです、」

「国務長官だと」

「その時は、エドガ大使でしたけど、この国に来てからは、大統領にも会わせていただきました、その大統領のお勧めでこの大学に……」

「そういうことか、ミッシェル大統領、わざと私のところへ……理解した」

「ところで、僕は、博士のゼミに参加したくて」

「ここで農作業することが、わたしのゼミの主たる活動だ」

「はいっ! 農作業がゼミの活動! この大学には毎日1万人以上に食事を提供している、巨大な食品工場があるじゃないですか」

「本物の野菜、果実、卵の味を知らないのか、フードレプリケーターでは味わうことのできない旨さだ」

「本物のステーキ、ハンバーグも?」

「それはない、この国では、動物を殺して食べる食文化は100年以上前に消えた」

「残念! おいしい食事ができるのはわかりますが、これだけ農業ロボットが稼働しているのに、わざわざ人間が働かないでも」

「何を言っている、労働の対価として本物の食材は提供される、‘価値’の源泉は唯一、労働によってもたらされるのだ」

「はあ」

「この22世紀、どんなに便利な時代が来ても、人間、ヒューマノイド、アンドロイド、レプリ、ロボット、合成生命体、デジタル生命、エトセトラ、皆、すべてその活動によって……」

 突然、地面が揺れる。

「おおっ、これって地震ですか、エスタニアでは地震が起きなくて、新鮮な体験と言うか」

「違う! SIDO、やりすぎだぞ」

「あの…… SIDOさんって」

「そろそろですね」

「ああ、マイク」

「マニー、お前も一緒に来い」

「博士!」

「問題ない」

「えっ、どこへ、ゼミは……」

「いいから、来い!」


地下の作戦室では、ラルース教授、レベッカ&アビー、キャシーが既に到着している、そこへ、エリン博士とマイクがマニーを伴って入ってくる。

「エリン、彼は……」

「学生のマニー、ヒューマノイドだ」

レベッカが「ヒューマノイドって、何ですか、人間じゃないといこと?」

「この時代に、人間かどうかは問題ではない、マニーは性格に難はあるものの、悪い奴ではないことは確かだ、ミシェルが送り込んで来たようだしな……それより教授、始めましょう」

「いいだろう、がその前に、SIDO、地面が揺れるほどの仮想空間におけるエネルギー放出について説明を」

マニーが「何がなんだかですが、SIDOさんが地震の原因……」

『本作戦最終段階でチェン将軍が、自暴自棄にて核爆弾による自決を図ることを想定、さらに、すべての核弾頭搭載ミサイルを低軌道で発射、これを大気圏内で迎撃するシミュレーションを実施、この際にしきい値を超える過度のエネルギーが仮想空間で放出、現実世界に若干の影響を及ぼしました、このシミュレーションは被害想定に必須であり実施しました』

「シミュレーション結果は?」

『結果は、北半球すべての国が偏西風に乗った放射能で汚染されます、地球全体でも、人類の生存可能な陸地は12%となる』

(人類の未来がかかっているということか)

「わかった、ではアルト国、国民救済プランに移ろう」

『ケース1 潜入によるチェン将軍暗殺、洗脳教育を受けてきた住民は、指導者をうしない混乱に陥る、民主政治が芽吹く可能性はなく、結果、国際的な援助も望めず、食糧不足の中、国民は貧困に死するでしょう』

巨大スクリーンに仮想空間で作り出した映像を流しながら、SIDOの報告が続く

「SIDO、最善のプランは」

『ケース9 アルト国、住民救助作戦、外部ネットワークが完全遮断されたアルト国への介入は、現地への潜入活動によってのみ実現します。アルト国、旧ガンジア領と国境を接するルクロア共和国の協力により潜入経路は確保されます、その後、内部ネットワークにてロボット破壊プログラムを実行、チェン将軍、公邸に潜入、将軍を拉致確保、将軍のレプリによる専制国家から民主国家への移行を図ります、日頃、将軍は、暗殺を恐れて人間を遠ざけ、周辺をロボットによって守らせているようです、人間との接点が少ないことは、レプリの将軍を稼働させる助けになると推測、計画の成功率を向上させます。アルト国民にとって、将軍は神のような存在であり、彼の言葉によってのみ、国家体制の変貌が可能』

「SIDO、詳細を続けて」

『広大な農耕地帯を進むと小さな町ロキアがあり、そこにロボット製造、管理施設があります、施設潜入前にロボット1台を解析用に確保、私にデータに送信してください。この施設に潜入、ローカルネットを通じて、兵士化したロボットを破壊するプログラムを実行できます』

スクリーンには、斧とナイフで襲ってくるロボットを、マイクが取り押さえる映像が映し出されている。

『このような施設は、アルト国内全域で10か所確認されています、施設は、ローカルネットで連動していると想定され、1ケ所の破壊で拠点すべての破壊が可能です、この作業は、マイクとアビーの担当です、キャシーとエリン博士は、先行して将軍官邸へ向かい、警備、内部状況の確認、マイク、アビーと合流後、将軍を拉致、民主国家設立プランをロードしたレプリの将軍を起動、拉致した将軍はルクロア共和国の刑務所で拘留、さらに核兵器は、体制の民主化後、ルクロア政府によって解体廃棄が可能』

レベッカが、少し楽しそうに「SIDOの映像と解説、映画みたいで簡単にできそうに思ってしまいますね」

「人類の未来が掛かっているかも知れないのだぞ」ラルース教授が窘める。

「ごめんなさい」

『兵士化したロボットからの攻撃が最大の障害と予測、よって事前にエリン博士、マイク、キャシー、アビーによる仮想空間でロボット兵との戦闘シミュレーションを推奨します』

「了解SIDO、そのシミュレーション、1名追加」

ハッとするマニー

「その通りだ、マニー、お前も参加してみろ」

「そんな、博士、僕は、ただ、バラ色の学生生活がしたくて、この大学に……」


仮想空間に広大な農地が広がり、ブリキ型10体のロボットが農作業をしている。

『ロボットの駆動制御チップは、頭部にあり、これは破壊すれば停止します。レーザーで一撃すれば完了しますが、ここでは、肉弾戦を実施していただきます、武器は警棒のみです』

戦闘服の4人と1匹が身構えるが、ロボット兵は反応を示さない。

マニー「まったく、襲ってきませんね」、キャシーが「ごめんなさいよっ!」と、1体のロボットを蹴倒すと、ロボット兵の目が赤く光り、ビープ音を発しながら、斧とナイフを手にキャシーに襲い掛かる、それを見た残り9体も目が赤く光り、全員に襲い掛かってくる。

「それほど機敏な動きではないですね‘ビービー’と煩いだけで」マニーが冷静な声で軽々とロボットの攻撃をかわしていた。

作戦室のモニターを見ながら、レベッカ「中々、やりますね」、「ああ、」教授が頷く。

マイクは、ロボット兵を押し倒し、右手で頭部を引きちぎった、「マニー避けているだけじゃ、倒せないぞ」

「そうですね、っと」

マニーは回し蹴りをロボット兵の頭部にあてた。

エリン博士は、攻撃をかわしながら、警棒をロボット頭部に突き刺した。キャシーもその腕力で警棒を使いロボット兵、頭部に強力な打撃を与えた。

エリン博士が「アビー、お前はやられないようにだけ気を付けて動け」

「猫だってできることは、ありますわ」アビーは、‘ひらり’とロボットの肩に飛び乗り、右前足の先を電動ドライバに変形させ、頭部のカバーを開けて回路をショートさせた。

「やりますね、猫さん」

「アビーと呼んでください」

4人と1匹は、次から次にロボットを倒した。

『続いて、街中での戦闘をシミュレーションします、警棒にレーザーガンも付与されます、アルト国では、20時以降、夜間外出禁止令が出ています。すぐに襲ってくるので注意を』

闇夜の町、通りをジープに乗ったロボットが2体、すでに目の色は赤く光っているその後ろを、トラックが1台ついてくる。ジープの前方に、泡状の光と共に4人と1匹が実体化する。

キャシー「レーザーガンがあるなら、問題なしね、敵は斧とナイフでは」

ジープは、加速して突っ込んでくる、キャシーがレーザーガンを構えて、2体のロボットの頭部を確実に打ち抜いた、ジープは、横転して出火した。後方に停止していたトラックから20体のロボット兵が斧とナイフを持ち。赤い目とビープ音と共に群れをなして襲ってくる。

「全員しっかり狙って打て、アビーは建物の屋根に退避!」

アビーは、2階建て住居の1階部分の屋根に素早く登って行った。

マニー「これの使い方はと……」

マイク「安全装置を外して、引き金をひく」

「シンプルですね、了解です」

「撃て!」

全員がそれぞれ5発を連射、1発も外すことなく、20体のロボット兵を倒した。

「戦闘ゲームみたい、このチームなら楽勝ですね」

「遊びじゃないぞ」

マニーを窘めるエリン博士

通りの前方、後方から金属のぶつかり合う音が大量に聞こえてくる、暗闇に何百ものロボット兵の赤い目の光が前後からやってくる。アビーの退避していた家からも、2階の窓開き10体以上のロボット兵が通りに落ちてくる。

「仕方ない、撃ちまくれ!」

「了解!」

4人は、レーザーガンで次々にロボットを倒すが、倒れたロボットの残骸を乗り越えて、さらに多くのロボット兵が襲撃してくる、あまりの数に肉弾戦に巻き込まれていく。

格闘しながら警棒とレーザーガンで100体以上のロボットを倒し切ったが、4人は完全に疲労困憊状態であった。

「SIDO、これが先に、肉弾戦をシミュレーションした理由か?」

エリン博士は、疲れ切った声でつぶやいた。

『そうです、アルト国のロボット保有台数は、100万体を超えていると想定されます、先端の戦闘兵器はないものの、その数が脅威であり、メンバーに、生命の危険が及ぶ可能性があります』


地上に戻るエレベータにて

「ところで教授、大統領公邸での話は?」エリン博士が尋ねた。

「この国が、他国に干渉するだけの気概は無いようだ……」

「やはり、そうですか」

「それから、ミシェル大統領が、エリンによろしくといっておったぞ」

「何がよろしくだか」

「皆さん、大統領ともお知り合いなのですか?」

「まあな、それより、アルト国では、ロボットの兵士化が急速に進んでいる、隣国ではとても通用するような武装ではない、あれは、国内の住民に向けられた武装だ、準備完了次第、一刻も早く作戦を実行する。

「マニー、私たちの仲間となって作戦に参加する気はあるか?……我々の行動は“ノー・ワンズ・オーダー“つまり、誰からも命令されない、個々の自由意志に基づいている、拒否することも自由だ」

「もう既に、参加しているのかと思っていました、それに僕は基本、戦闘用ヒューマノイドですから」

レベッカが驚いた顔つきで「戦闘用って」

「はい、僕は、天才で、且つ戦士です!」


 グルタニアとアルト国の国境、高さ15メール柱が30メートルの等間隔で並び、それらはオレンジ色の無数の光線がバリアーとして繋がっていた。グルタニアの役人が、柱に手を当てるホロスクリーンが投影される、‘解除’のボタンにタッチすると1区間だけ光線が消えた。

「これで侵入できます、私は、ここまでです、ご活躍をお祈りします」

「ありがとうございます」エリン博士が応える。

 そこには、黒の防弾戦闘服を着た、エリン博士、マイク、キャシー、マニー、アビーがジープ2台の前にいた。1台は棺桶ほどのレプリケースを空中でけん引したていた。エリン博士、キャシー、マニーが先行、マイクとアビーがそれに続いてアルト国へ侵入して行く。

「こちらエリン、教授、応答願います」博士の視覚映像に‘衛星秘匿通信ON’の表示、

「こちら、ラルース、通信状況良好」

「アルト国へ侵入した」

「了解、まずは順調だな」


「ライトを点けずに暗視モード走行する、各自、BMI視覚モードの変更、コミュニケーターの言語にアルト国を追加」

「了解」

「前方に小さく見える明かりが、ロキアの町ですかね」マニーがつぶやく

キャシーが瞬きして、視覚映像をズームして確認する

「あれは、違う、博士、バイクに乗ったロボット兵が、1.5キロ前方から迫ってくる」

「それは、お誂え向きだ、確保してデータをSIDOに送信する、 マイク、車を50メートル前方、物置小屋を死角に隠せ」

「了解」

「アビー、奴に飛びついてバイクを倒せ、マイクとキャシーで確保する」

「猫使いの荒い博士ですわね、了解」アビーの視覚映像に、バイクとの距離、飛びかかるアプローチ曲線がリアルタイムで変化している。

「距離100、80、60、40、20、よし、今ですわ!」道路脇から、アビーが華麗にジャンプして、バイクに襲いかかる。

「貰いましたわ! あれ〜〜、 すいませ〜〜 ん」アビーの爪が、ブリキ型ロボットのボディーに掛からず、空振りに終わる。

「何してんだ、アビー! 俺に任せろ!」マイクが走りだす、とどんどん加速してバイクを追う、遂には追いつきバイクを倒した。

「マイク先生のサイボーグ性能、すごいですね」

「どんなもんよ!」

ロボットを羽交い絞めにして捉えて戻ってくると、暴れるロボットを、うつ伏せに地面に押さえ込んだ。

「アビー出番だ」

「了解」

アビーが、左前脚の先をプラグ型に変形させ、ロボット兵の腰のあたりにある、コネクタに接続した、暴れていたロボット兵が大人しくなり、赤い目のランプが緑色にかわった。

「SIDO、ロボット兵からデータ収集完了、送信」

『了解』

「博士、ロボットのデータから、製造管理施設を15キロ東方に確認しました、マイクと向かいますわ」

「了解した、ロボットシステムの破壊完了後、直ちに我々に合流を……こちらは、チェン将軍の公邸に向かう」


ロボット製造、管理施設に到着したマイクとアビー

「随分と大きな施設ですわね」

「いったい、どれだけのロボットがいるのだ」

 施設の内外にロボット兵が溢れていた、アビーの視覚映像に表示が出る‘1万8580’「見えているだけでも、ざっと2万体はいますわ、私の出番ですわね、猫には関心を示さないでしょうから」

「アビー、慎重に頼む、この数に畳み込まれたら、流石にヤバイ」

アビーが、施設の中へ入っていく。

(ここは、ロボットの製造ラインですわね)

5本の製造ラインに数千体ずつ製造中のロボットが流れている、ラインで作業しているのもロボットである。

(何の為に、こんなに沢山のロボット……)

ロボットは、アビーに全く関心を示していない。

(コントロールルームは、どこかしら)

施設内を探索するアビー


 エリン博士、キャシー、マニーは首都キジルに到達、住宅街の狭い路地に身を潜めていた。

「博士、しかし、人の気配がありませんね」

「ああ、夜間外出禁止令が発令されているからだろう」

「何をしているマニー、そこを開けると物体浮遊チップの光が漏れるぞ」

「すぐに終わりますから」マニーは、腕時計デバイスから、ホロスクリーンとキーボードを表示、物体浮遊チップのプログラム編集を始める。

「これでよし、このレプリの入ったケースは、常に僕の後方2メートルの間隔を保って追尾してきます、さらに、周りの状況と同化するホロ映像で梱包もしました、ほとんど透明になりますから気を付けてくださいね」

「流石だな、マニー」

「いや~~、それほどうも、天才ですから」

「静かに!」

「ニャー、ニャー」

子猫が通りを鳴いて翔けている、それを少女が追いかけて来る。

「待って、猫さん、夜は外に出たらダメなのだから」

「ソニアが居たわ、こっちよ、あなた、早く」

両親らしき男女が、必死の形相で子供の後方を追いかけて来る。

民家の屋根から、斧とナイフを持ったロボットが2体、突然に両親に襲い掛かる、ロボットの視覚映像には“外出禁止令違反”“将軍様への反逆行為”“排除命令”が投影されている。ロボット兵の斧が、男の首に、ナイフが女の心臓に、二人は一瞬で殺害されてしまう。ロボット兵は、続いて子供へと向っていく。

「お母さん、お父さん……」

少女は、呆然と立ち尽くし、涙が零れ落ちている。

「助けるぞ!」

エリン博士とキャシーが子供のところへ走り寄りながら、レーザーガンで2体のロボット兵を打ち抜いた。火花と煙を上げ倒れる2体のロボット兵。

「見るんじゃない」エリン博士は、両親の遺体を見つめる子供の目を手で隠し、抱き上げえて路地に連れ戻る。

マニーは頭を掻きながら

「すいません、出遅れました……でも、どうするのですかこの子?」

「こちらレベッカ、博士、緊急事態です、そちらに大量のロボット襲撃しようとしています」

メトロ大学地下作戦室の大スクリーンに博士たちに向かう大量のロボット兵が、赤い光で地図上に表示されていた、それを心配そうにラルース教授が見つめている。

 エリン博士、キャシー、マニーの視覚映像にロボット兵の進軍状況が表示される。

エリン博士は、子供を路地の奥に連れていき行く

「名前は?」

「ソニア」

「いいかソニア、ここで朝までじっとしているのだ、いいな」

ジープからシートを取り出し、ソニアを覆った。

「ここで、マイク達との合流を待つことはできない、囮になり迫ってくるロボットを引き付ける、このまま将軍の公邸に向かうぞ」


ロキア郊外、ロボット製造管理施設では、アビーがコントロールルームを見つけられずに探索を続けていた。

(SIDO、私の視覚映像見えているかしら)

『確認できている、多くの配管、ケーブルが床につながっている、地下にフロアがある模様』

(了解、地下がありますのね)

「アビー、もう20分になるぞ、まだ見つからないのか」

「慌てないでマイク、地下階層を発見、侵入しますわ」

(この数のロボットに交戦になることは避けたい)

マイクは、施設に入っていく数百台のロボット兵士を近くの茂みから監視していた。

(さてと、侵入経路はあそこね!)

アビーは、通路の天井に点検口を見つける。

(いきますわよ!)

アビーは飛び跳ねて点検口の縁に左前脚の詰めをひっかけた、宙づりのまま、右前足の先をドライバに変更して点検口を開けて天井裏に侵入した。

「エリンから、マイクへ 現在、数千体以上のロボット兵に追われている、至急。ロボットシステムの破壊工作の実施を……」

「こちらマイク、現在アビーが施設内に侵入中、あと少し、何とか凌いでください」

「とにかく、急げ」

ジープの後部座席から、マニーとキャシーがレーザーガンで、迫りくる大量のロボット兵に応戦している。

「マニー、前方からもやって来る」

「了解」

「右に曲がるぞ、二人とも落ちるなよ」

「了解」

「見えたぞ、チェン将軍の公邸だ」前方に石造りの大きな建物が見えてくる、

「博士、それはいいですが、止まると追いつかれますよ」

「わかっている、アビーが、今、対処中だ、信じて待て」

「いや~、でも、あれを……」

大量のロボットが、チェン将軍の公邸からも出てくる。

エリン博士がジープを止めた、3人は、ロボット兵に前後を塞がれた。

「二人とも、腹を括れ」

「そんなあ……」

「つべこべ言わない、やれるとこまでやる」キャシーがマニーに気合を入れるが、前後から数えきれないほどロボット兵が、ビープ音と赤い目で向かってくる。


 屋根裏を探索するアビーは、換気口から内部を確認して回っている。

(ここは一体、何を行っている)巨大なタービンが回転している脇で、口径5メートルほどの粉砕機にロボットが人間の遺体を次々と投げ込んでいる。

「アビー、博士たちが危ない、急げ」

「わかっていますわ、でも……」アビーは、屋根裏を走り回ってコントロールルームを発見、換気口を開けて侵入する。5体のロボットが操作卓についているが、猫のアビーのことは全く無視している。

(ネットワークコネクタは?…… 発見!)

「アビー、まずい、こちらもピンチだ」茂みに伏せていたマイクの背後に、斧とナイフも持った数十台のロボット兵がの赤い目で立っていた。

アビーは、右前足をケーブルに変形させ、コネクタに繋げた。

(SIDO、ローカルネットに接続完了、急いでいただけるかしら)5体のロボットがコネクタ接続同時に、目の色が赤く変化、ビープ音を発して、一斉にアビーを見つめている。

『了解、ロボット制御システム破壊プログラム送信』


 チェン将軍の公邸前で、ロボット兵に囲まれた3人、レーザーガンで次々と倒すが、押し寄せるようにロボット兵が増えて囲まれてしまう。

「マニー、レプリケースの物体浮遊装置を!」

「ナイス、アイデア…… ああ、でもパワーがほとんど残っていません」

「いいから、とにかくやれ」

「それでは、2人とも僕につかまってください」

3人は、5メートルほどの高さまで浮遊した、彼らの下には、何百ものロボット兵が、上に向かって斧とナイフを振り回し、大きなビープ音を発している。

「パワーが……持ちません!」

マニーの視覚映像に、チップのパワーメモリーが1%と表示、ゆっくりと荒ぶるロボット兵の上に降下し始める、レーザーガンを撃ち続ける3人、倒したロボット兵を踏み台に、次々とロボット兵が上へと迫ってくる。

「ここまでですか……僕の学園生活が……」

突然、すべてのロボットの目のLEDランプが消え、倒れて停止する、その上に3人が着地した。

『SIDOより、作戦メンバーへ、ロボットシステム破壊プログラム正常起動、ロボットは、すべて無力化されました』

「いあや~~、間一髪でしたね、SIDOさん、ありがとう」

「よし、公邸へ侵入、チェン将軍を確保するぞ」

「了解」


 ロボット管理施設の前では、数十台の倒れたロボット兵士にもたれて座るマイクがいる、そこへアビーが戻ってくる。

「助かったぜ、アビー、物量攻撃にはかなわない」

「どういたしましてですわ」


チェン将軍の公邸内にも多くのロボット兵が倒れている、そこには人間の兵士らしき者も多く含まれている。

「これって……」

「倒れているということは、人間ではない、人間の兵士の姿をしたロボットということだ」

「博士、あの部屋」豪華な装飾のついた扉の前で、人間型兵士が倒れている。

「あそこだな、行くぞ」

「了解」マニーが勢いよく扉をけ破った。大きな机に、大きな椅子、そこには、巨漢のチェン将軍が座っていた。

「貴様たち何者だ、どこの国の回し者だ!」

「我々は、何物でもない、チェン将軍、あなたを拘束してグルタニア国へ引き渡す」

「何を言っている、この侵略者どもが」

「はいはい、もうあなたを守ってくれるロボットはいませんよ、ちょっと失礼しますよ」マニーは、ポケットから手錠を出して将軍の右手にかけようとすると、将軍は、立ち上がりマニーを突き飛ばし、机の引き出しを開ける、その中には、大きな赤いボタンがあった。

「そのボタンを押させるな」博士が叫ぶ。

キャシーが体当たりで、将軍を跳ねのけた、巨漢の将軍は、後ろの壁を突き破って倒れた。

マニーの視覚映像に、“レプリ波検知・MODEL203 フェンリル製”の表示が出ていた。

「気をつけて、こいつ将軍ではありません、自立強化型レプリです」

倒れた将軍は、立ち上がり巨体を揺すりながら、キャシーに突進、突き飛ばした。

「この人間どもが……」

キャシーの体は、壁にたたきつけられた、将軍は、続けて博士に襲い掛かり、両手で博士の体を締め上げた、身動きの取れない博士の体が床から離れる。

「ううっ、こいつのAIを撃て!」

首を絞められながら、博士が叫んだ、

倒れたままのキャシーがレーザーガンで将軍の頭を撃ちぬいた‘ドスン’巨体が音を立てて博士と共に倒れた、頭からは、回路がショートして火花が散った。

「博士!」

「ああ、大丈夫だ」

博士は、喉を摩りながら立ち上がった。

「何でしょうね、将軍までレプリだなんて」

キャシーが、壁に空いた大きな穴から隣の部屋をのぞいている。

「見てください、博士」

そこには、人間の将軍が干からびたミイラになって、ベッドに横たわっていた。

「これは! 何年も前に将軍は……その後は、レプリが疑似人格を頼りに、国を治めるための自立行動を……レプリが‘ノー・ワンズ・オーダー’だと」

「国民が飢餓に苦しむ中、あの巨体ですから、罰が当たって、何か病気になってんですかね…… 博士、将軍の影武者レプリを起動します」

マニーは透明化していたレプリケースを可視化して開き、チェン将軍の影武者である巨漢のレプリのプログラムを起動させた。

「私はチェン将軍、この国に民主主義を構築します」

「よろしくね」マニーが将軍の肩を軽く。

「何と失礼な、私はチェン将軍である」

「口調も態度も大丈夫ですね…… 疲れましたね、大学へ帰りましょう」


数日後、よく晴れた穏やかな朝、大学構内、アビーが窓辺で日向ぼっこしている。

アビーからSIDOへ秘匿通信

『何ですか、アビー、あなたと私で人間の言語通信する必要はないでしょ』

アビーとSIDOは、ビープ音だけで会話を始める。

“ピィ〜ガ”(そうですわね……ところで、アルト国の地下施設)、

“びぃ~”(あれは、人間の遺体を燃料とするバイオ発電施設と推測、情報映像は既に削除)

“ガ〜ジ〜”(あの後すぐ、発電機がオーバーロード、10か所すべての施設が、爆発炎上しましたね…… 隠ぺいするおつもり?)

“ジ〜ピィ”(あの情報は、人間の機械への憎悪を煽ります、人間と機械の紛争回避行動)

“ピィ”(そうですわね……それにしても、将軍の死後、あのレプリ、自立思考のみで活動したのよね、ロボットの国でも作ろうとしていたのかしら、今度のレプリ将軍は……)

「ニャー」アルト国にいた子猫が、アビーにじゃれている。


エリン博士の自宅、「早く起きなさい、一緒に学校に行くのよ」

「おはよう、エリン」

ソニアが、眠そうな目を擦りながら起きて来る。

朝食を用意するエリン。

「人口の激減が伝えられるアルト国から、チェン将軍が、民主国家への移行を発表……」

TVニュースが流れる。


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