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人形のような女の子

【短編版】人形の私を一人の女の子にしてくれた男の子

作者: 春野美咲

『人形のような彼女は一人の女の子でした。』を読了済みの方から読んで頂けたら幸いです。


 幼い頃から、周囲の大人たちは私を見て「まるでお人形さんみたいね」と言っていた。両親も、私を見るたびに「お人形みたい」と何度も呟いていた。


 「キレイ」


 家が近所で、他に同じ年頃の子供もいないからか、彼はよく外を眺めているだけの私の手を引っ張って、外に連れ出してくれた。

 当時は、それに何も感じることなく、ただ彼に引かれるままついていった。

 そんな折、彼がそう一言言ったのだ。


 「コレ、似合う」


 そう言って、彼は私の髪に無造作に花を挿した。

 「キレイ」とは花を指していたのか。「似合う」とはこの花が私に似合うということか。

 彼の足りない言葉に、いくつかの疑問を感じた。

 そしてそれに対し、私は自分なりに足りない言葉を補おうとした。

 この時から、私は大人たちの言う「人形」ではなくなったのだと、後から思うようになる。


 彼の手はいつも温かかった。その温もりが不思議なほど心地よくて、彼に手を引かれるその時間は私にとって安らぎの時間となっていた。

 いつも、気がつけば彼に手を引かれ、どこかもわからないところをただ歩き回っていた。気がついた時には握られた手はすでに彼の体温に慣れていて、時々こちらを気遣うように彼が振り返ってくる。その仕草が少しばかり面白いように感じた。


 初めの頃は彼の歩くスピードが早くて、何度か躓きそうになっていた気がする。けれど、気がつけば彼は、私が転ばないかを気遣うようになっていた。

 強く引かれていた手も、いつの間にかふとした拍子に離れてしまうのではないかと思えるほど、弱いものになっていた。

 それが、彼の優しさなのだと気がつくのに、私はかなりの時間をかけた気がする。

 今思えば、弱まるその力に、もしこのまま離れてしまったらと不安に思うことが何度かあった気がする。このまま、置いていかれたらと。

 けれど、途中からはそんな考えを吹っ切ることが、それほど時間をかけずにできるようになっていた。

 彼が時々、強く握ってくれることに気がついたから。

 それがどういう時なのかは、よく分からなかったけれど、それでも、決して離さないという意思が、そこから伝わってくるような気がした。

 それが、不思議なほど嬉しかった。ずっと、こうでもいいのに。そう思えるほど。


 「近所を回る」


 いつの間にか、彼は手を引いてくれる時、必ず一度は声をかけてくれるようになった。だから、彼の声が聞こえた時は、彼が手を引いて連れていってくれるのだと分かるようになった。ますます嬉しかった。


 いつからか、彼に手を引かれる時間が短くなったように感じる。いつも、気がつけば彼の後ろ姿が見えていたのに、窓から外を眺める時間が長くなったように感じる。

 外を眺めて、彼の姿が見えた時、いつも彼の手の温もりを思い出した。きっとこの後、また気がつけば私の手を引いて、一歩先を歩く彼の背中が見れる。

 その時間が、私は楽しみだった。


 その日は、何かが違う気がした。

 けれど、何が違うのか、私には分からなかった。

 彼の声が聞こえなくなったのだと、長い時間をかけて私はようやく理解した。

 彼の手の温もりを感じることも、私の手を引くその背中を見ることも、その日は一度もなかった。

 どれほど外を眺めても、彼の姿が目に映ることもなく、気がつけば雨が降っていて、いつの間にか止んでいて、また気がつけば降っていた。


 とても、とても長い時間をかけて、私はようやく、彼の言葉を思い出した。いつもとは違った、けれどいつもと同じ短い言葉。


 「仕事の見習いが決まった」


 その言葉を思い出して、その言葉の意味を考えて、私はようやくその言葉を噛み砕けた。

 だから彼は来ないのだと。

 そう分かっても、二度と会えないとは不思議と考えなかった。

 彼の事情が終えたら、また私の手を引いて外に連れていってくれる。彼の背中を見ることができる。

 だから私は、気兼ねなく待つことにした。

 また彼が迎えにきてくれる時を。


 どれほどの時間が過ぎたのかは、あまり気にしていなかった。ただ、窓の外から彼の姿が見える時を待っていた。外が暗くなっても、雨が降り続いても、私はただ眺め続けた。

 ある時、彼の姿が窓から見えた。彼は何かを驚いているようで、すぐにその姿が見えなくなってしまった。その様子を不思議に思いながらも、私はようやく彼の姿が見れたことに嬉しさを感じていた。

 また、あの温かい手で私の手を引いてくれるのだと思ったから。

 けれど、いきなり大きな音が部屋に響いて、私はとても驚いてしまった。何の音だろうと扉の方を振り返れば、そこには彼がいた。

 ……いつもと、違う。

 なんだか、彼が大きい気がする。私の待っていた彼と、少し違う気がした。

 肩が大きく上下しており、その目は細くなっていた。


 「何してんだっ、このバカ!!」


 急に目が大きくなったと思ったら、彼はそう叫んでいた。

 彼の言葉を噛み砕こうとした時に、彼は長くなったその足でこちらに足速く近づき、私の腕を掴んで立ち上がらせた。

 そのまま、よく分からないまま外に連れ出された。ずっと待っていたはずの彼の手は、記憶よりも大きくて、熱かった。

 それでも、それは私の知らない手ではなかった。


 ずっと彼の後ろを歩いてた。彼に手を引かれるまま、足を動かした。彼が私の手を引く力は、不思議なほどに強かった。

 何度か躓きそうになった頃、彼がこちらを振り向いた。

 それが、とても懐かしく感じた。


 それから何度か彼に手を離されたけれど、彼は何度も私の手を引き直してくれた。私はそのことに一切何も気にしていなかった。

 ただ、彼の手の温もりを感じて、彼の背中が見れることが嬉しかった。

 けれど、私は彼の声が聴きたくなった。前にかけられた声が何であったか、もう気にしていなかった。

 私はただ、彼の声が聴きたかった。

 「どこに行くの?」

 その問いかけに、深い意味は持っていなかった。

 けれど、不思議と気になったのだ。そう、彼が私の手を引く時、行き先を告げるようになったことは、私にとってはもう当たり前のことだった。

 私の問いかけに、彼は驚いたようにこちらを振り向いた。

 その瞳は強く揺れて、私を見つめていた。

 「どうか、したの?」

 それが何故か、私はすごく気になった。

 すると、それを聞いた彼はゆっくりまなじりを下げ、その顔は、どこか嬉しそうだった。


 「…っ、やっと、聞いてくれたな」


 その言葉の意味を、私はゆっくりと噛み砕いた。

 彼は、聞いて欲しかったのだろうか。ただどこに向かっているのかを聞いただけの言葉なのに。

 ……いつから?

 けれど、その言葉と同時に見せた笑顔が、私の胸にきしりと音を立てさせた。

 色々なことが気になった。たくさんの疑問があった。でも、どれもこれも考えるのには時間は足りなくて、私はただ彼を見つめることしかできなかった。

 けれど、見つめている間の彼は、見たことない顔で笑ってた。そういえば、彼の笑った顔を見たことは、これまでになかった気がする。

 ……ずっと、見ていたい。そう思った。


 彼がひとしきり笑って落ち着いてきた頃、一言で彼は言った。


 「遠くに行く。ここよりも、もっと遠いとこ」


 彼は、少しばかり言葉が足りない。けれど、私はその足りない中にあるものが、さして重要だとは思わなかった。

 ただ、私の手を変わらず引いてくれる。それだけで嬉しかった。

 彼の言葉を少しずつ噛み砕き、それが理解できて、私は嬉しくてたまらなかった。

 「……見習いの、仕事はもういいの?」

 それでも、気になったのは、前に彼が言っていたこと。また彼が私の手を引かなくなるのではないか。また、長い時間彼を待たなくてはいけないのか。

 それが、どうしても気になった。

 そして、聞かなくてはいけない気がした。

 いや、きっと私は聞きたいと思ったのだ。聞いたら、彼はまた同じ表情をして応えてくれるのかと。

 また、あの表情が見たかった。

 彼は、私の言葉に嬉しそうに頷いた。


 「うん。新しいとこは探さないとだけど」


 その表情が、今まで見た中で一番輝いて見えた。


最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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