メラックとエダム
ナレーター視点です。
遡ること3日前――
ステルクに隣接する王立魔術研究所の一室。メラックがエダムに尋ねた。
「あの者はまだ戻らないのですか?」
「はい。足が付かないように帰還魔法陣を組んだのですが、未だ発動が無く……」
「そうですか。全く困ったものですね。ガキ1匹連れて来られないとは」
「申し訳ございません……」
子爵メラック・ヤーン――爵位こそ高くないが、長きに渡り宰相として、また筆頭宮廷魔術師として国王を支えてきた博学多才な国の要。その判断は常に適切で、『明鏡』という二つ名で呼ばれている。
「ところで、本当に発動していないんでしょうか?」
「え……?」
「ハァ……。まあ、いいでしょう。貴方に新たな指示を与えます」
穏やかな笑みを浮かべながらも魔力たぎる視線を向けてくるメラックに、エダムは後ずさりをする。温和な雰囲気に潜む強者の凄みに、エダムは目を合わせることが出来ない。
メラックは突如表情を一変させると、人差し指に指輪をはめた自身の右手を、エダムの額の辺りにかざした。
「レイン・ローネストを連れてこい。ローネスト家の四男坊だ。抵抗するようであれば、死なない程度に攻撃を加えても構わない。あの使えない男の方は……見つけ次第、殺れ。――さあ行け、『破壊王』」
コードネームを呼ばれたエダムは真っ直ぐ目を合わせてメラックの指示に頷いた。それを見たメラックはニヤリと笑う。
彼はエダムが部屋を出て行くのを見送ると、机に肘をついてあれこれ考えを巡らし始めた。
「エダムが嘘をつく事はまず有り得ないが……ステルクの帰還魔法陣からは微かに発動の痕跡を感じた……」
(レイン・ローネスト……彼はムユル公爵の命で動いているのか? アレはまだ幼いし、これまで中央に出てくる事が無かったから気に留めていなかったが、一昨日の騒ぎを解決に導いていたのは彼だった。闇魔法まで使って――)
◆ ◆
姿を隠して一部始終を見ていた鬼羅が、ハストが拘束されている部屋に戻ってくる。魔術研究所内の別室だ。
「鬼羅、お帰り。……ハセンの話してた?」
「まだ見つかってないみたいだ」
それを聞いたハストは胸を撫で下ろした。
「で、これからどうするよ?」
鬼羅が問うと、うつむいたハストが泣きそうな声で答える。
「一度はあの人達の指示に従ったけど、もう勘弁だ。一昨日はきっと沢山の被害が出たよね。おれ達のせいだ……」
「一応、手加減はしたけどな。魔界からは弱い奴らしか連れてこなかったし」
【魔界がゴタついてて無理だったってのが正直な所なんだケド……】
鬼羅は内心苦笑していたが、ハストに「おれの気持ちを汲んでくれてありがとう」と言われ、照れながら話を続ける。
「あっ、公爵家の事だけどよ、アレは確かにお前の血族だと思うぞ。血の匂いが似てんだ。あの女もそうだし、嘘は言ってねーと思う。まぁ……“悪意”に関してはまた別の話だろうが……」
「ずっとハセンと2人で生きてきたんだ。今更……実は跡取りだとか言われても困るし、現公爵家の人達を排除してまで地位なんて要らない。でもっ……ッ……」
自らの頭や髪を強く掴みながら、苦悶の涙を流して崩れ落ちるハスト。
鬼羅はそんなハストから思わず目を逸らしながら、今後の展開を憂う。
【あの3人を殺せなかったことで弟がどうなるか、ってことだよなぁ……】
「ハスト。公爵家の兄弟と一緒に居た子供だけどさ……あの時の強い決意の目。お前を追う事を諦めるとは思えない」
鬼羅の話を聞いて、ハストは心の中で呟いた――『いっそ……ここまで来てくれたら……』
「実はさ、メラックの奴! あの子を捕まえてくるよう、エダムに指示を出していたんだ」
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