封印の書 1
ミュウまで力を貸してくれるとは思わなかった。正直、かなり嬉しいな。
そんなことを思いながら、アシュに支えてもらって何とか身体を起こそうとしていると、ミュウが近付いてくる足音が聞こえた。
気配や息遣いからは、敵意は無さそうに感じるけど……
――って、まさか……咥えているのは……!!
ミュウは俺の前まで来ると、アシュのことをチラッと見ながら、口を開けてそれを放した。
“やってみろ”――って?
俺の傍らに裏返って落ちた本。それは、あの日ルカが詠んだ『封印の書』――
古びた青い表紙。端は黒ずみ、破れている所もある。表紙に使われている紙自体は無地で地味なものだが、型押しの加工が施されている。紙の凹凸だけで草花の模様が表現されていて、実に見事な技術だ。芸術的価値も高い。父上やスコットさんが見たら大興奮しそうだ。
この本の文章は縦書きで、ページの右上から左下に向かって読み進める。「スタートは右上なんだよ〜」って、ルカがニコニコ教えてくれた。縦に読む言語があるなんて!と、あの時は驚いたもんだ。最初のページにはメッセージが記されていて、冒頭の一文の意味は『この書を手にした者へ』――らしい。
「ルカ……今度一緒にニレンズに帰ろう」
師匠の工房がまだあるらしくてさ。そこで供養してもらわないか、俺達の身体。……だって、お前の魂も今はもう、どこかで元気にやってるんだろう?
――少し感傷に浸ってしまったが……要するにこの本は右開きでページをめくっていくんだ。右側の4つの穴に糸を通して綴じてあり、手作りみたいだがしっかりした作りだ。
表紙の左上に貼られていたタイトルラベルは大半が剥がれてしまっていて、正式な書名は分からないと言っていた。裏表紙には紋章のようなものが描かれていて、とても素晴らしいデザインだ。表のタイトルは剥がれているし、はっきり言って普通は裏側を表紙だと思う。この国の人間だったら――
「アシュ。この本が『封印の書』だよ」
「……!?」
驚いたアシュが声を詰まらせながら俺に訊く。
「えっ……な……何で……それを俺に……」
「さっきテンが言ってた通りだ。彼らは勇者を護るための存在で、喚んだのはお前。……それに、俺も感じているんだ。アシュから溢れる、勇者ルカに似た力を」
「……お、俺が勇者だって言うの?」
俺は震えるアシュの手を包んで答えた。
「その可能性が高い。……だから、開いてみてほしいんだ。この本を」
アシュは息を呑んでうつむき、しばらく無言で考え込むと顔を上げ、恐る恐る手を伸ばした。
『封印の書』にアシュの手が触れる。
彼は……その本を一度開いて、すぐに裏返した――




