承継
腹部の筋繊維が凍結したことで、羽ばたきにも困難が生じた七色虫。飛べなくなって落ちてくるところを、翅を傷付けないように捕縛魔法で優しく捕らえた。
「わあっ……。本で見たことはあったけど、まさか本物を見られるなんて。七色、綺麗だね」
ジーナは感動しているが、俺的には気持ち悪すぎて言葉に詰まる。こんなデカくて内臓が透けて見える虫、何でジーナは平気なんだ!? 回復薬の材料として興味あるのは分かるけど……。
「うえっ……」
思わず吐き気がして顔を背けた俺に、レガードが尋ねる。
「つーか、アルティマなんて創れる錬金術師、ザラスには居ねーだろ? 王都か?」
「いや、ニレンズに……」
「ニレンズ?」
「前世の故郷なんだ。ラストノフの弟弟子だったセヌイって奴が継いだ、師匠の錬金術工房が今も続いているらしいんだ」
俺の前世の師匠は、賢者であり錬金術師でもあった。俺はこの手の魔物が苦手すぎたから、錬金術はそこそこにして魔術の方を極めた。5歳下の弟弟子・セヌイは錬金術のセンスを認められていたから、師匠の工房を継ぐ流れだった。彼が実際に継いだのは俺の死後だから、詳しいことは知らないけど。
「セヌイのさらに弟子の弟子の弟子?くらいなのかな、よく分かんねーけど……まだその工房があるって、イアンさんに聞いたんだ」
「イアンさん? あの弓使いの?」
俺はレガードの質問に「うん」と答えながら、さっきからずっとうつむいているアシュの前に立った。
「お前はどこまで弓術に本気だ?」
俺の問いに、アシュは無言のままだ。
「弓矢メインでやりたいなら、あんなデカい虫の腹ぐらい狙えて当然だ。いや、アシュなら出来るはずだ! ……なのに何でさっき!!」
「……っ!」
アシュが唇を噛んで憤りの表情を見せる。
俺だって……憧れてた人にこんなこと言いたくねぇよ……。
「アシュ。お前さっき……『レインが自分でやればいいだろ』……とか、そんなこと思ったんだろ?」
「……ああ、その通りだよ」
「冗談じゃねえッ! 俺はお前のこと、信頼してんだよ!! お前ならいけると思ったから頼んだんだよ! 自分で撃った矢に、自分で魔法付与とか……こんな惨めなことがあるかよ……パーティーなのに……」
半泣きになって膝をついた俺に謝るアシュと、静かに寄り添ってくれるジーナ。
「俺も、弓矢の実力を隠してたのは悪かった……」
しばらく親父の名前を見つめた後、森を見上げた。ザワザワと木々が揺れる――
この森で、さっきからずっと感じていることがある。いや、感じるというか……森にそう言われているような……
「アシュは俺が責任を持って鍛える」
「え? いや、それは有難いけど……」
「この前の王都での戦いの時に偶然分かったんだ。イアンさんは……俺の前世の父親だったんだ」
「は? 何だって? レインの周辺、ややこしすぎ……」
アシュは頭に両手を当てながら、目を回して考え込んでしまった。レガード達も呆然として、頭上にハテナが浮かんでいそうだ。その横で「レイン様、俺は知っていますよ!」とラスタがドヤり、ケレムが苦笑している。
「えっと……だから……イアンさんが使ってる弓術は、俺も教えられるというか……」
「!? そっ、それって……えっ!?」
驚きながらもアシュは喜んでくれているようだ。
「……なあ、継いでくれないか? 100年前の俺が継ぎたかった親父の流派――『クワイヤ流弓術』を」
俺は弓に刻まれた親父の名前を見せながら言った。
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