夢の崩壊
筆頭宮廷画家を務めている父・マテオを深く尊敬し、自身も宮廷画家になることを夢見て絵を描き続けてきたレイン。
しかし、周囲の者達は思っていた。
(決して下手ではないんだけど、何て言うか『普通』……)
宮廷画家になるには程遠いレベルだ。
真実を伝えるべきか、応援するべきか――。
侍女のアローナはこれまで、レインの作品の9割を見てきたと言っても過言ではない。可愛いお坊ちゃまのお絵描きタイムに長年付き合ってきたが、最近は限界を感じている。
何よりも、レインは街で指折りの強さだ。
頻繁に魔物退治に駆り出される彼を間近で見てきたレガードは、あれほど強いのになぜ騎士や冒険者を選ばないのか疑問で仕方がない。
周りが気遣って今後の対応を考えあぐねる中、レインの夢は突如として崩壊することになる。
◆ ◆
翌朝、レイン達が通う『グライフ総合学園』の第一学年棟。廊下の壁に並ぶ生徒達の絵を、乙女色の髪をふんわり下ろした少女が眺めている。
彼女はA組のレインの絵に足を止めて呟いた。
「ヘタ……クソ……」
ちょうど登校してきたレインは後ろでフリーズし、それを見ていたレガードが慌てて駆け寄った。
レインとレガードの存在に気付いた少女はエミリアと名乗り、自己紹介代わりにマテオ・ローネスト作品への熱い想いを語った。
「わ、私……今日から、と、となりのクラス……。まっ、マテオ様の作品は何度か見たことがあるッ……。宮廷画家としての伝統と風格を守りながらも生命力たぎる独特の筆致。マテオ様にしか出せない神秘的な光と色。私はずっとあの方の絵画に、こっ、恋……してるの……」
「……恋!?」
エミリアの最初の一言で既に崩壊しかけているレインに代わり、レガードが話し相手になっていた。
「この学校に編入が決まって、ここにあの方のご子息がいるって知って……意識しなかったかと言えば嘘になる。そっ、それなのに……それなのに、こんな……」
レガードは思わず、壁を強く殴った。
「お前、いきなり何なんだよ!! 失礼だろ!」
「あっ、あなただって……本当は思っているのでは……? だ、黙っていることは優しさなの?」
「なっ……」
レガードは思わず言葉を失った。
死んだ目で午前中を過ごし、お昼には好物のランチスープも進まないレイン。魂が抜けてしまったような彼を見て、幼なじみの子爵令嬢 ジーナ・トワリフも心配しきりだ。
「今日はおかわりしないんだね……」