ラウルの森
転移完了して目を開くと、視界いっぱいに険しい森が広がった。肌に感じるものは冷たく濃密で、通常の空気とも瘴気とも違う。まるで氷の棘のようにひやりと突き刺さって息苦しく、肺までやられそうになる。
ザワザワ……サワサワ……
風に揺れる葉の音さえ薄気味悪く、神聖さと仄暗さが混ざり合った異様な気配は、外界を拒絶しているようだ。
「クゥ〜」
皆が息を呑む中、緊張を解く柔らかな鳴き声がした。
ペルル!!
「お待ちしておりました」とツリード辺境伯ルヌラも俺達を出迎えてくれた。
ペルルが9本の尻尾を俺に絡めて無邪気に遊ぶ。
「く、くすぐったいよー!」
この森がどんな気配をまとっていようと、聖獣であるペルルには全く関係ないようだ。
――『千里眼』
入り口付近からおびただしい魔物の数……。こんなにも混沌とした気配の森だ。種種雑多な魔物が棲みついているだろう。
“あの地点”まで、ただ歩くだけでも3日は掛かる。
「皆、先は長い。少しでも楽に進めるように強化魔法をかけるよ。……『強化』!」
「うおおー! 仲間に魔法で支援してもらうとか、パーティーって感じだなー!! 何だか身体が軽いぜっ!」
「ああ……!!」
冒険好きのレガードとアシュが感動している。森の雰囲気に気圧され気味だったから、喜んでもらえて良かった。
動きやすくなった身体で飛び跳ねたり素振りをする2人を見てホッとしていると、
「実は私もねっ! お弁当に遅効性の回復薬を混ぜておいたの」とジーナがまさかの発表をした。
「「ええええーっ!!」」
「いつの間にか色々作れるようになって……凄いなぁ、ジーナは」
「そんなことないよー。でもレインくんに褒められて嬉しい……」
……なっ!? えっ? ……こっ、こんなに冷えた空気なのに身体が熱い!!
「ヒューヒュー! お熱いことで」
耳まで赤くなっていることは俺達自身も分かっているのに、すかさずからかってくるノア先生。この人はホント……
「酷い教師だな……。一体、誰に似たんだ? 嫁の貰い手なんて、とうに諦めているけど……せめてもう少しおしとやかになってくれ……」
ルヌラも娘に呆れている。……ってか諦めてるんだ……うわぁ、大変だな……。
「……じゃ、じゃあ、まあ……身体も温まったところで、そろそろ中に入るか!」
父親から目をそらしながらノア先生が言った。
「「おーー!!」」
皆で武器を突き上げ、入り口に向かって歩を進める。
あの日、閉ざされた道を逆から進む。過去を克服して、今に繋げるため――
100年振りのラウルの森に今、足を踏み入れる。




