夢か現か幻か
長めです。
「泣いたと思ったら急にうとうと。馬車に揺られながらぐっすりとは……全く無防備な賢者様だ」
ああ、落ち着く……。頭を撫でてくれる大きな手と優しい声――
「まだまだこんな子供なのになぁ……」
ん? 頬がくすぐったい……何だか遊ばれている――?
「んぅぅ……」
「起きたか。もうすぐ着くよ」
俺の顔を覗き込みながら父上が言った。
ああ……父上の膝の上だ――
いつの間にか寝ていた……。寝ぼけ眼をこすりながら、ぼんやりと窓の向こうを眺める。
「もうパルム……?」
王都で色々起きた影響か、人々は外出を控えている様子で、ザラス領内も人影がまばらだ。テラ達には申し訳ないけど、モトワールよりもまずは自国の問題を片付けた……い……ふああ……
「……っ!?」
再び寝かけた俺の鼻をつまんで父上は言う。
「着いたらまずは、自分の部屋でしっかり休みなさい」
「……は、はひ」
すぐに疲れてしまう子供の身体には困ったものだ。ここは素直に父上に従って、まずは十分な休息を取ろう。そう思っていたのに――
「……何で居るんだよ」
屋敷に到着して馬車を降りると、目線の先には全力で手を振るレガード。馬留めに愛馬を繋いで、水を飲ませている。
「ん? そろそろお前が帰って来る気がしたからだ! オレには分かるんだよ」
レガードは得意げに鼻を膨らませた。
「そんなの分からなくていいよ……」
思い切り冷めた目で見てやったのに、レガードは全くもってお構いなしだ。
「ハッハッハッ! 遠慮するな! オレとお前の仲じゃないか!!」
「うるさいうるさい……。分かったから静かにしてくれ。俺は疲れが溜まってるんだ。話したいことはあるけど、今日じゃない。明日また呼ぶから……」
レガードのハイテンションに疲れが倍増。庭の花を眺めて現実逃避していると、先に着いていたユルゴスが話しかけてきた。
「レイン様、ご歓談中のところ申し訳ない」
……いや、むしろありがとう! 素晴らしいタイミングだ! 『誰?』という顔をしてレガードが静かになったのだから。
ユルゴスの話は、そろそろ一旦失礼しますという挨拶だった。
「あ〜そうか。次はこの家にもすぐ来られるしな!」
「仰る通りでございます」
今日一緒に訪ねた場所には、転移魔法で移動することが可能になった。モトワールの王城から俺の屋敷までは相当な距離があるが、魔族の魔力量なら何ということはない。
「また連絡するよ」
「了解ですっ! 兄さま!」
テラが右手を上げて元気よく答えると、レガードが目を見開いて騒いだ。
「……ににに、兄さま!? いつの間に弟!? マテオ様に隠し子!?」
「違うっ!! 父上は母上一筋だ!」
被せ気味に俺が全力否定したその時、背後から咳払いが聞こえた。振り向くと父上が赤面している。
「……で、レイン。彼らはどちら様なのかな? 慌ただしくて、ご挨拶もまだだったね」
「あー、えっと……」
俺のこと、すでに話してしまったんだ。だったらテラ達のことも正直に――?
どうしようか迷っていると、ユルゴスが先に口を開いた。
「あの……レイン様……。我々、本当のことを話させていただいても?」
それを聞いて、俺は頷きながら特殊結界を展開した。
――『隠蔽結界』
レガードはきっと大声で騒ぐから、申し訳ないけど眠ってもらった。
「彼らは、賢者の俺を訪ねてきてくれた客人です」
父上にそう伝えてからテラに目をやると、
「……あのっ……ごっ、ご挨拶をさせてください。僕はっ……現モトワール王のテラと申します! 彼らは僕の護衛達です!」
緊張しながらも、しっかりと挨拶をやり遂げたテラ。良くやった! えらいぞ!
「……モ、モトワールの王だと!? なっ……いや、しかし……どう見ても人間……!」
混乱している父上の前で――
「『解呪』」
幻術が解けた瞬間――テラ達の本来の姿を映した父上の瞳は、暫し瞬きを忘れて虚空を見つめた。
――テラ達魔族に、というよりは、俺に対する反応だろう。
「怖い……よね……父上、俺のこと……」
恐る恐る尋ねると、父上はため息混じりに答えた。
「まあ……このような術が実際に存在していたことに畏れを抱いてはいるが……お前が必要だと判断して、考えた上で行使したんだろう?」
静かに頷く俺に、父上は言ってくれた。
「ならば、私は信じるのみ。この先もね」
父上との間に生まれた新たな絆――前世の記憶を持つ“同志”だということ。俺には何でも話せて頼れる父親が二人もいるんだ。俺達に為すべき使命があるというのなら、イアンさんのことも父上に打ち明けたいと思う。
「マテオ殿。我々は100年前、ラストノフ様に助けていただき、その御恩を忘れたことはございません。そして、今再びの感謝感激有難き出逢い! このユルゴス、不肖ながら身命を賭してご子息をお守りいたします!!」
とんでもなく仰々しい宣言を残したユルゴスの号令で、モトワール王家の面々は国へ帰っていった。




