ある疑念
「ゲホッ……」
「大丈夫ですか、ワーツ様。……というかこの方達は?」
魔法陣を抜けると、一人の男が眼鏡男をワーツ様と呼んで出迎えた。かなり若いし……部下か?
顔色が青紫になってきたワーツを横目に、俺は馬鹿デカい部屋を見渡していた。
おいおい……嘘だろ……。勘弁してくれ……。
許可された者しか入れない特別な施設だ。こんな子供がこの部屋を知っているはずがない。知らないふりをしなければ……。
さすがに動転して冷や汗が出る。皆に聞こえるんじゃないかって思うほど早まる鼓動に、思わず胸を押さえて服を掴んだ。
これ以上勝手に探るのは危険だし、皆を巻き込むわけにはいかない。
――『消去』
部下らしき男は気を失ってその場に倒れた。
「彼に何を……」
「この数分間の記憶を消しただけだ。……いいか、おっさん。あんたはここには戻らず、そのまま消息を絶った」
「……!? やっ……やめてくれ……」
固く瞑った目から涙を流すワーツ。その呼吸が一瞬止まる。
「……ッ」
「殺されるとでも思ったか?」
彼はビクッと身体を震わせた後、恐る恐る目を開けて周りを見た。
「牢屋に転移しただけだ。手足の封印具を見りゃ分かるだろうが、魔力は封じたから」
頭を抱えながら深いため息をつくワーツに向かって、必死に平静を装いながら俺は言った。
「ま、ここに居た方が安全だと思うぞ。仲間が口封じに来ることもない」
……というか、俺があの場から逃れたかった。
本当はこんな風に強気で話していられないほどに背筋が寒い。
あの部屋は……アリタルテ王国最大の魔術訓練場『ステルク』。どれだけ強い魔術衝撃にも耐えられるから、魔王討伐に行く前の肩慣らしで何度か使わせてもらった。
ステルクは、王都の外れにある宮廷直轄の特別な施設だ。
宮廷……絡み……?
身体が震える。恐怖と疲れで力が入らない……。
「ユ、ユルゴス……魔力を……」
「レイン様、お顔が真っ青ですぞ。こんなに消耗して……どれほどの距離を転移なさったのです? ここは一体どちらで?」
「ザラス……」
「えっ、60kmくらい!? す、すごすぎる……レイン・ローネスト。……ハッ! マテオ様の絵画が壁にっ!! マテオ様の絵の具の匂い〜」
「気持ち悪いよ、エミリア……」
ここはザラス領の北端にあるウキル刑務所。宮廷から離れたここに、わざわざ連れてきた。
「『解呪』」
「……!?」
「蜘蛛を解呪した。アンタは重要な参考人なんだ。吐く前に死なれちゃ困るんだよ」
聞きたいことは山ほどある。願わくは俺の思い過ごしであってほしい……。




