契約に関する考察
「ん……」
窓から降り注ぐ柔らかな日差しに薄目を開けた。
鳥がさえずる、いつもと変わらない朝。その眩さに俺は心からホッとした。
しかし身体が重い。さすがに昨日みたいな特殊魔術の連発は、この身体には堪えるみたいだ。
ぼんやりと天井を見つめた後、ようやく動かした左手を顔の前まで運ぶと、結ばれた包帯を眺めた。
敢えて回復魔法をかけなかったナイフの傷。自戒なんて大層なもんじゃないけど……。あの時ケレムが呼び戻してくれなかったらと考えるだけで、また傷が開くんじゃないかと思うくらいに全身が脈打つ。
ああ……やっぱり今の俺は、ただの10歳のガキだ。もちろん相応の代償を覚悟して魔術行使をしているけれど、悟りの境地に達しているはずの賢者の心には程遠い。
それでも――
子供だからこそ分かること、できることだってあるはずなんだ。
今はこの王都の子供達に寄り添いたい。
そんなことを考えながら、隣で眠るレオ兄を起こさないように俺は静かに部屋を出た。
下に降りると、朝の支度をする使用人達が俺に昨晩の感謝を述べて深々と頭を下げる。
何だかくすぐったい。
照れを隠しながら足早に外に出て、庭を散策していると、門の向こうに人影が見えた。
「ノア先生……?」
向こうも俺に気付き、手招きをしている。
何やってるんだ? ツリード領のノア・ロール様なんだから、名乗ればすぐに入れるだろ? 何だか面倒な事情がありそうだなぁ。
門番に気付かれないよう、姿を隠して門へ向かう。
「先生、何やってるんですか」
「いや……私だけならいいんだが、コイツら怪しいだろ?」
ノア先生の後ろに居るのは護衛かと思っていたが、彼らはフードの下に長い耳を隠していた。
えー、マジか……。とりあえず結界かな……。
――『隠蔽結界』!
「こんな有事に魔族を引き連れて、一体どういうおつもりですか?」
「コイツらはお前を探しているようなんだ」
「は?」
「申し遅れました。こちらは現モトワール王のテラ様にございます。私は側近のユルゴスと申します」
ユル……ゴス……?
その名前に反応した俺の微細な表情の変化を、彼は見逃さなかった。
「やはり、私のこと覚えておいでですね?」
「……随分と爺さんになったな。エルフと言えど、100年も経てば老いるんだな」
「齢は415ですから、もう老年期ですよ。貴方様は随分と可愛らしく……」
くっ……ユルゴス、てめぇ……! 俺は可愛いと言われた恥ずかしさを隠しながら話を続けた。
「転生したんだよっ! 今の俺はレイン・ローネスト10歳だ。ってか、わざわざ敵地に乗り込んでくるとはな」
「敵地だなんて……」
「敵地だよ! 国交もなくなって、モトワール王家のことも、エルフの歴史もみんな詳しく知らない。モトワールからの攻撃を受け続けている今、人間達の心にあるのは『魔王』への恐怖と、全ての魔族への敵対心だ。昨晩のことだって、モトワールの仕業だと思われてるぜ」
「「ん?」」
全員揃って首を傾げ、「違うのか?」とノア先生が尋ねた。
「昨日のあれは……人間の仕業だ。しかも、ただの闇魔法じゃない。そう、まるで魔王のように悪魔と契約している……」
「レイン……何を言っているんだ? そんなことあるわけないだろう……?」
ノア先生の顔が引きつっている。
「そうですよ! そんな契約、魔族だから成り立つんであって、人間では身体が持たぬはず」
ユルゴスの言うことは確かだ。昨日の血の契約ですら今もまだ疲労が取れないのに、悪魔との契約はそれより重い『魂』の契約だ。
あれは、単純な契約じゃない。何か裏がある。
「考えられるのは、悪魔の方からの意図的な接触だ。何らかのメリットがあって、通常ほどの対価を求めていない可能性……」
「悪魔にメリットなんて……」と、困惑する先生達。
「アイツが望んで喚んだんじゃないならば、俺は救ってやりたい。……けど、昨日の事態もこれから公爵家に起こることも全て、アイツ自身の望みだっていうんなら、俺はこの手でアイツをぶっ殺す」
「レイン……」
ノア先生が俺の手を取り心配していると、王様がようやく口を開いた。
「あっ、あのっ……」
「ん? 王様やっと喋ったな……。テラ様、だっけか?」
「は、はっ、はいっ!」
「あのさ、さっきから何でそんなビクビクしてんの?」
「うっ……あっ……あの、えっと……。あっ、あの! 何で……僕より少しお兄さんなだけなのに……何で貴方はそんなに……」
「俺は100年前も生きてた。だから中身はおっさんだ。それにな、今の俺はザラスって所の領主の息子だ。領民を、ひいてはこの国を守らなきゃっていう強い意志がある。……お前も一国の王なら、強くならないとな。強さっていうのは力だけじゃない。まずは心だ。気持ちで負けるな!」
「はわわわ……。れ、レイン兄さま!! 僕たちにも何かできませんかっ?」
「は? ……にっ、兄さま!?」




