建国の歴史
別視点が続きます。
「力……?」
ノアの疑問に、テラが小さな声で答えた。
「僕には国を守る力がないんだ……」
涙するテラの頭を撫でながら、ユルゴスが話し始める。
「モトワールは元々、エルフの集落でした。太古の昔には、このツリード領辺りからモトワールの西端まで続く、広大な森に住んでいました。そこへ人間達がやってきて、エルフは森の東側に追いやられたんです」
「そもそも最初に侵略したのは、人間側だっ……た……? 分かれた森の西側が、ラウルの森?」
「それでも……人間達とは仲良くやっていたんです。森より東のエリアは未開拓だったので、土地には困りませんでしたし、我々はそこにエルフの国・モトワールを建国したんです。人間達は西にアリタルテ王国を興し、東西の大国はお互いに貿易などで交流していました」
「に……人間に……恨みはないのか……?」
ノアは恐る恐る尋ねた。
「当然最初はいさかいもあったようですが……2000年ほど前の話です。今のエルフ族は何も思っていません。むしろ我々にとっては、皆さんは恩人で……」
「魔王討伐か……」
ユルゴスはノアの言葉に頷きながら、静かに語った。
「モトワールには様々な種族が集まるようになって、エルフの国から『魔族の国』へと発展を遂げました。多種族をまとめるのは大変で、何度か内乱の兆しもありましたが、強大な王の力でこれを治めてきました。
……しかし長い歴史の中で、反乱軍を抑えられないことも幾度かありました。100年前も王がお亡くなりになり、先代がお継ぎになったばかりで……。御力が不安定で反乱軍を抑えられず……」
「うわーん! ぐすっ……ぐすっ……」
ユルゴスの話にテラが大泣きをする。
「テラ坊ちゃま……。貴方は一国の王なのですぞ。人前でそんな風に泣いてはいけません……」
そう言って窘めながらも、ユルゴスはテラを強く抱きしめ、自らも一筋の涙を流した。
「つまり……その反乱軍を指揮する者が『魔王』なのか!? 魔王とは一体何なんだ!?」
「そ……それは……」
激昂気味なノアの問いに顔をしかめて頭を抱えたユルゴスは、しばしの苦悶の後に口を開いた。
「……魔族が、”悪魔”と契約することで生まれる怪物――それが『魔王』と呼ばれる者だ……」
「あ……悪魔と契約……怪物……?」
ノアは思わず寒気を催して小刻みに震え、膝から崩れ落ちた。
「長い歳月の中で得た魔王に関する研究結果をもとに、我が国は王の御力による特殊な結界を張っています。結界の目的は、悪しき心を持つ者が悪魔と繋がりを持たぬよう、魔界との交信を遮断すること……」
ノアはため息をつきながらテラを見つめた。
「幼き王の力ではその結界を維持できなかった、ということか……」
「はい。そして、我々は……お会いしたいのです。100年前を知っているかもしれない人間に!」
「……何を言うか。人間の寿命は短いんだぞ?」
「分かっております。私はまだこうして生きているのに……レヴァ殿はもういらっしゃらないのでしょう? 人間とは儚いものだと、重々承知しております。ですが! 我々は今から数時間前、周辺探査の水晶で見てしまったのです! 100年前と同じ紋を持つ者が……このアリタルテ王国の王都に!!」
「紋……?」
「少年でした。右手の甲に星形の紋……。あんな小さいのに……とても強くて……我々も信じられませんが……。100年前のあの日、私の目の前で魔王を倒してくれた賢者、ラストノフ様の手にも同じ紋様が光っていました。はっきりと覚えています」
「……ラストノフねぇ。ハァ……」
ノアは空を仰いで少し考えた後、一度ユルゴスを睨み付けた。
「申し訳ないが、私はまだ、領地に侵入してきた魔族を心から信用した訳ではない。だから、これより先は共に行く」
首をかしげるエルフ達にノアは言った。
「その少年に心当たりがある。着く頃にはそいつは王都に居ないかもしれんぞ。魔族の膨大な魔力を貸してくれ。さっさと王都まで転移しよう」




