ノアと不審者
別視点です。
「爺や……どうしよぉ……」
右隣に立つ老人に話しかける幼い少年。長い耳を震わせ瞳は潤み、今にも泣き出しそうだ。少年の手元にある水晶には、アリタルテ王国の王都が映し出されている。
「テラ坊ちゃま。貴方はこの国の王として、先代がなされた人間達との約束を守らなくてはなりません。我々にとって人間は、恩人なのですから」
「でもっ……僕の力じゃ……」
大きな瞳から涙がこぼれる。
「あの紋、100年前と同じなのです……」
「紋?」
「坊ちゃま、行ってみる価値はあります。いざ、隣国へ!」
「……ええっ!?」
◆ ◆
アリタルテ王国ツリード領ブンガ。ラウルの森近くを足早に歩くテラ達。
「ねえ、爺や……。本当にこれで大丈夫なの?」
「我々は耳が長い以外には、人間とそう変わりません。フードで耳を隠して、魔力隠蔽をして! これでバッチリですぞ!」
「でも怪しすぎない? この集団……」
後ろを見ながらテラが言う。2人の後ろには3人の護衛が続き、全員がフードを被っている。
「決して動じてはなりませぬ。堂々と歩くのです」
「でもぉ……」
「王都まで急がねばなりません。目立たない夜のうちに、出来るだけ進みましょ……ウッ……!?」
先頭を歩いていた”爺や”ことユルゴスは、突然現れた何かにぶつかり歩みを止めた。
「水壁……?」
「「何事っ!!」」
剣を構えた護衛達とユルゴスは、暗闇の中に若い女性の姿を確認した。
「これはこれはお嬢さん。何か御用でしょうか」
落ち着いて話すユルゴスに、女性は「見慣れぬ者達だな」と聞いた。
「我々は旅の者でして。しかし、人に向かっていきなり魔法を放つとは……これ如何に」
テラはぶるぶる震え、涙目でしゃがみ込んでいる。
「人……?」
そう言って女性は鋭い目を向けた。
テラは縮こまってフードを引っ張り、丸くうずくまった。
「おい、そこの子供。こんなに多くの者を従えて、それなりの立場のようだが? 従者に任せてないで、お前が説明しろ」
「えっ……あぅ……。ううぅ……ひっく……」
テラは嗚咽し、言葉にならない。
「この先はラウルの森の入り口だ。領民はもとより、アリタルテ国民はこんな所に近づかないんだよ! ここで何をしているのか答えてもらおうか」
ユルゴスは微かに表情を曇らせたが、慌てずに質問を返した。
「そういうお嬢さんはこちらで何を……?」
「王都が大変なことになっていると聞いてね。我が領地に異変はないか、見回りをしている所だ。私の名はノア・ロール。領主の娘だ」
「なるほど、ツリード領の。……レヴァ殿には大変お世話になった」
「レヴァ? ……曽じいちゃん?」
ユルゴスはフードを取り、その場に跪いた。
「なっ……!」
思わず後ずさりをしたノアは、一度深呼吸をしてから改めてユルゴスの容姿を確認した。
「尖った長い耳……エルフ? まさか、モトワールの王家……」
ユルゴスは、上着にくるまったままのテラの頭を撫でながら答えた。
「いかにも。こちらは現モトワール王のテラ様にございます。半年前、御父君の死に伴って、わずか6歳で王の座を継いだばかりです。私はテラ様の側近のユルゴスと申します」
「あ……その……一応聞くが……”魔族の王”は……『魔王』ではないんだよな……?」
ノアが震えながら尋ねる。
「おっしゃる通りで」
「今日や、これまでの侵攻は……そなた達の所業ではないということで良いんだよな……?」
「はい。我々は恩人である人間の皆様を攻撃することなど、決してございません!」
「僕がっ……僕の力が弱いからっ……!」
テラはフードから顔を出し、泣きながら言った。




