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帰郷 その7

誤字報告ありがとうございます!

 暁は本能の警告を無視した事を、今更激しく後悔していた。


 金髪美女はメイスを掲げるように持ち直し、先程の化け物同様、いつでも頭を砕けるよう準備している。彼女が何を思ってそうしているのか分からないが、しかし殺されるような罪は犯していないはずだ。


 なまじ剣を齧っているから分かる。あれは相手取って、どうにか出来るような存在じゃない。

 あれを目撃したことが悪いと言うなら、忘れて誰も言わないと約束する。

 そのように説得すれば、この場を切り抜ける事は可能だろうか。


 空想は本当の意味で自分に牙を剥いたりしない。

 身に起こった不運を嘆く前に、どうにか逃げる手段を講じなければならない。一切の抵抗なく頭を砕かれるのは誰であっても御免だ。

 暁が逃げる機会を窺っていると、無機質にも感じられる声で制止が掛かった。


「殺しはナシだ。武器を仕舞え、こいつは無事に帰す」


 とりあえずの安全は保障されて、暁はホッと息を吐いた。

 魔女モドキの命令に金髪の戦士は異議を唱える事なく、素直に武器を腰に収める。しかし、収めた武器の柄から手を離さない辺り、完全に警戒を解いたわけでもないらしい。


「だが、帰す前に訊きたいことがある」


 そして素直に帰してくれる訳でもないと分かった。

 とりあえず従っておく方が賢明だろうが、即座に逃げ出したいという葛藤もあった。幾らかの逡巡の間に、魔女モドキは後ろに控えている誰かに声をかけた。


「――ユミル、あのまま死体の放置は出来ない。処理してきてくれ」

「はいはい」


 ひらひらと手を振って黒髪の女性が離れていくのを見守っていると、魔女モドキが向き直った。

 暁は思わず身体を強張らせるたが、次いで彼女の口から出てきた言葉は謝罪だった。


「こいつらは、こちらの常識について少々疎いところがある。気分を悪くさせたな、謝罪しよう」

「い、いえ……。それで、……その、こちらというのは? 外国からいらしたんですか?」

「そうだ――いや、私だけ日本出身だ」

「そうなんですね。でも皆さん、日本語が堪能なんですね?」


 魔女モドキは少し首を傾げた。


「何故そう思う」

「だって……日本語で指示してましたし」


 言われて動きがピタリと止まった。相変わらず帽子のツバで表情は隠れて見えないが、他の女性たちに目配せのような事をしているようだった。


「……うん、そうだな、堪能だ。ところで訊きたい。あの――」


 彼女は後ろで処理とやらを始めようとしている一帯を、親指で指し示した。


「変な奴らはこっちでよく見るのか?」

「まさか!」


 暁は慌てて首を横に振る。


「いるわけないじゃないですか! あんなの初めて見ましたよ!」

「そうだよな……」

「でも、いましたよね?」


 沈み込むような魔女モドキの声を遮るようにして、銀髪の妖精が口を挟んだ。


「実は貴男の、ご同族だったりします?」

「そんな訳ないだろ」

「ミレイさん、貴女の言う常識は、ちょっと疑わしい感じなので黙ってて下さいね?」


 言われてムッツリと押し黙ったのを皮切りに、暁は首をブンブンと横に振った。


「まさか! そんな筈ないでしょ! 違いますよ!」

「そうだろ? そうだよな? ――そうなんだよ」


 意気揚々と頷きながら、魔女モドキは妖精にこれでもかと顎を上に向けた。

 しかし納得のいかない様子の妖精は、負けじと言い返す。


「ですよね。あんなミドリ、いなかったに決まってます。撲殺された死体を見なかったことにすればですけど」


 またも押し黙ってしまった魔女モドキが視線を後ろへ向けると、丁度そちらでは処理が始まったようだった。

 黒髪の彼女の手から紫色の光が浮かび上がると、円を描きながら空へ向ける。倒れていた死体が浮かび上がり、その場に立とうと体を震わせ、しかしそのまま灰になって崩れてしまった。


「なんですか、あれ……」

「死霊術を応用して、死体を灰にするとか見たことないんですか?」

「知りませんよ! 何をさも当然みたいな言い方してるんですか! あんなのが普通なら、とんでもないことになりますよ!」


 魔女モドキがピシャリと言った。


「じゃあ、見なかった事にしろ」

「えぇ……」

「――とりあえず、頷いておきなさいな。撲殺されたくなければ」


 処理を終えたらしい黒髪の女性が、先程の位置まで戻ってきながら物騒な事を言ってきた。黙っていろと言われれば、勿論そうする。約束するだけで生きて帰れるというなら否はない。

 しかし一々言う事が物騒で、これ以上関わり合いになるのは危険な気がした。

 害する気はないというのなら、もうこれは本能に従って逃げてしまうべきだ。


「さよなら!」


 暁は脱兎のごとく逃げ出した。

 壁があって逃げられないという事実は、頭の中から消えていた。走り出し、三歩進んだ時点で思い出し、どこに逃げるか、その前に壁にぶつかるかと思ったところで地面を蹴る感触がなくなり、足が二度、三度と空を切る。


 振り返ってみると魔女モドキの手が薄っすらと光っている。そのままチョイチョイと指先を雑に動かす手招きで、音もなく滑るように元の位置に戻された。

 居たたまれない気持ちのまま、暁は素直に謝罪した。


「はい、すみません……」

「逃げたくなる気持ちも分かる」

「じゃあ、逃して下さいよ……」

「訊きたい事が終われば帰す。それは約束する」

「ホントですか……? ホントに帰してくれるなら、もう何でもいいです」


 そのように言えば、身体を拘束する力は消え、身体が地面に降りる。

 一瞬、再び逃げ出しそうになる身体を意思の力で捩じ込んだ。ちらりと魔女モドキを見れば、暁の意図を察しているかのように、帽子の下の口元が弧を描いている。

 逃げだしていたら、即座に同じやり取りをする事になっていたのかもしれない。


「えぇと、聞きたいっていうなら勿論、答えられる事なら何でも話します。でも、あの……」


 暁は四者四様の姿を見ながら言い淀んだ。


「先に見えない壁を消してほしいと言いますか。閉じ込められた状態じゃ、安心できないといいますか……」

「何だそれは。――壁? 何のことだ」


 魔女モドキが首を傾げた時だった。

 空には罅が入ったかと思うと、ガラスのひび割れが広がるように亀裂を増していって、遂には割れる。それで外の喧騒が耳に入り、音まで遮断されていたと知った。


「これのことか?」

「はい、ありがとうございます……」

「何の礼だ。これは私達がやったことじゃない」


 魔女モドキが肩越しに他の面々を見ると、誰もが表情を険しくしている。まるで何も知らなかったというような態度だった。

 難しく押し黙ってしまったのを見て、アキラはとりあえずの提案を試みてみた。


「あの、ちょっとお願いと言いますか、そういう感じのがあるんですけど! えーと、その格好って結構、目立つと思うんですよ」

「……そうだな、自覚はある」

「ですよね!」暁はしきりに頷く。「だから何ていうか、奇抜なのがマズイ訳じゃないんですけど! ここ、結構友人なんかも通りかかるんで、一緒のところを見られると、かなり……」

「……何が言いたい?」


 魔女モドキの言葉に険が含まれ始めたのを感じて、暁は慌てて手を横に振る。

 格好がまともなら、ファミレスでも行って話を続けたかった。しかしそれでは結局知人に知られるリスクは発生するし、この厄介事に巻き込んでしまう事にもなり得る。

 最小限のリスクに留めるには、暁が用意できる提案は一つしかなかった。


「つまりですね、場所を変えて貰えないかと。変な噂が立つと面倒ですし、家はすぐ近所ですから……!」

「ふぅん……?」


 ちらりとアキラに視線を向け、そらから後ろを振り返る。女性たち三人を順に見て行き、それぞれから頷きが返ってくると顔を元に戻した。


「いいだろう、案内しろ」

「ええ、はい。……あの、一人暮らしですし、狭いですけど」

「……苦労してるのか?」


 先導しながら歩き始めた暁に、そのような声をかけてくる。

 それに曖昧な返事を返しながら、今まさに苦労してるんです、などと返せず、眉を垂れ下げてガックリと首を落とした。

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