カジノテーブルに潜む悪魔
彼はその後も、トラブル続きだったが、富裕層のマダム達の人気ディーラーとなり、3日前にハイクラスのテーブルに昇進したばかりだったのだ。ローズとしては、マダム達に隠れた嫉妬を思いつつ、自分の思いを隠し続けていた。
今、彼女を悩ませているのは、今朝の悪夢だった。夢で悪魔が出てきて、彼女にこう語ったのだ。
「今日、ブラックジャックのテーブルでディールをしないと、全てを失い死ぬ」と。
暗黒の悪魔は、ローズを心の底から震え上がらせた。そして、さらに恐怖を募らせたのは、亡き父の3つ下の親友であり、大学の後輩でもある、ホールマネージャを任せていたキャンドルも、ローズに「大変馬鹿げた話なのですが」と切り出したのが同じ夢の話だった。
キャンドルにはローズも自分も同じ夢を見たことを話さなかったが、ちょうどジャックのシフトに欠番が出たところである。先生の馬鹿げた夢の話に付き合うわ、と総支配人になる前にディーラーの基本を教えてくれたキャンドルを揶揄うふりをして、強引にディーラーのシフトの代理を務めたのだった。彼女はこの夢を本気に信じてしまったのだ。
ローズは、基本的なカジノの業務は父が成功する前から習ったため、全て修得している。そして、若いころはブラックジャックのディーラーをしていた。そう、ジャックと同じ23歳のときにデビューした。そして、3年と3か月、続けてマネージャになった。
そして、総支配人兼オーナーがテーブルでディールをして、ゼネラルマネージャーのキャンドルが急きょ、休暇を取りプレイヤーとして左端のテーブルに座るという、奇妙なテーブルが出来上がった。キャンドルは「夢には続きがあった」として、これから隣に悪魔から待ち人が来るから、それまでミニマムベット(最低の掛け金を賭ける)を続けろといわれたという、またしてもマナー違反の方法でゲームを開始した。
ローズもいよいよ、夢を信じる気になってしまった。視界不良で少し頭痛がするし、めまいもしてきた。だが、ディーラーについたからには、職務を放棄するようなことはしない。
父と築いたカジノ「カイザー・フェニックス」は、今や彼女の全てだった。そして、夢の通り、彼女は悪魔を見た、黒い影がテーブルに訪れた。彼女は必至に身震いと不安になる気持ちを抑え、人生を賭けたディール(カードを配る・取引ともいう)を開始した。